2年生5月:捜索(3)
ファンは1時間毎に休憩をとるよう指示を出し、自分も遅い朝食のためにテントへ戻った。
今日はダリア学園高等部だけでなく、中等部、小学部、大学部からも職員を動員して80名ほどが参加している。
受け入れのために朝から走り回り、10時を回ってようやく少し休憩をとることができたのだ。
学園長の命令とはいえ、誰よりも若い自分が指揮をとることに違和感を覚える。
(疲れる‥。)
珍しく弱音を吐きたくなるが、声に出すことはしない。
学園長の面子を潰すようなことになると、アリスの捜索に支障が出るかもしれない。
アリスが生きていることを、ファンは疑わない。
(『聖女の騎士』って‥。)
このステータスがなんなのか、アリスに聞いておけばよかった。
学園が始まって2ヶ月近く、ファンはアリスに話しかけることができずにいる。
毎日陰から見守っているのだけど。
(あのとき、アリスは湖の中にいたのか?)
ハンスの縄を切ってここに合流したときには、すでに魔人『悲哀』が現れていた。
あっさりと魔人が退いたことも意外だった。
前に闘ったときは、執着心が強く、しつこい奴だったはず。
ファンは頭を振って魔人についての思考を振り払う。
今はアリスの行方を探さないといけない。
よく冷えたアイスコーヒーでパンを流し込み、ファンは立ち上がる。
その視界の端で、ダリアの制服姿が動いた。
「ここで何をしている。」
ファンの詰問に、線の細い男子生徒はエメラルドグリーンの眼でにらみ返した。
「アリスの捜索です。」
「生徒を召集した覚えはない。」
「俺はディック・メイビス・ブレイカー、ブレイカー家の者です。」
ファンはディックの緑色のタイに目をとめる。
「まだ1年生だろう。」
「叔父に駆り出されました。」
ブレイカー伯爵家といえば、聖戦の魔術師団長パーティーにも参加していた水属性魔法の大御所一族だ。
今日も大学部のブレイカー助教授が捜索に参加している。
「一応、レベル25なので問題ないはずです。」
「それは優秀だな。」
高等部入学時の平均レベルは10だ。
(魔人『悲哀』事件のときにいた中学生か。)
ファンはディックの顔を思い出した。
(アリスが『復活』させた生徒‥。)
「協力に感謝するが、きちんと休憩をとって無理をしないようにしてくれ。」
「わかってます。」
(子供扱いすんなよな。)
離れていくファンの背中に、ディックは舌を出す。
レベル25は一人前と認められるボーダー。
165センチまで身長は伸びたが、ディックはまだ不満だ。
(アリスを守れるくらい、強くなりたい。)
昨日の夜に叔父から白濁湖捜索の話を聞いて無理やりくっついてきたのだから、役にたってみせないと。
「『潜水』。」
湖の桟橋で魔法を発動するーと、岸から声をかけられた。
「ランス先輩?」
「やっぱりディックだ。ちょっといいか?」
「ブレイカーくん、久しぶりだね。」
エリオスとディックは卒業式の日以来だ。
「どうも。」
「湖の中から何か見つかった?」
「いえ、何も。」
「だろうね、アリスはここにいない。」
エリオスは手元のプレートを見て言う。
「それなに。」
「君たちには教えない。」
アリスに新しく渡したピアスにはGPS的な機能を追加していたのだが、半径1km内でしか受信できない。
アリスの魔力を利用して半永久的に効果がある、バレたらストーカーの疑い待ったなしの機能だ。
現場の湖に、アリスを示すポイントは点かない。
もちろん『聖女の騎士』であるエリオスも、アリスが生きていることを確信している。
「でも消えた場所は調査したい。ランスくん、正確な場所を彼に教えて潜ってもらって。」
「ランス先輩。」
「なに?」
「ウォール先輩ってこんな人?」
「いや、普段は優しい人だよ。」
「まあいいや。」
ディックはベリアルの表情を見て肩をすくめる。
「ランス先輩、俺を『飛行』で運んで落としてよ。」
「落としていいのか?」
「大丈夫だから。」
魔法の同時発動は難しい。
『飛行』を発動したまま魔人『悲哀』とやり合ったベリアルやエリオスほど、ディックはまだ魔法を扱えない。
(俺も負けられない。)
ベリアルに背中から抱えられて『飛行』で桟橋から少し離れたポイントに飛ぶ。
「ここだけど、落とすぞ。」
「よろしく。」
ベリアルの手が離れた瞬間に魔法を発動させる。
「『潜水』。」
水の結界を張ることで水中での活動を可能にする魔法だ。
ディックはこれで1時間ほど潜っていられる。
捜索のため渡されたライトで水の中を照らすと、この湖に何も生命体がいない不気味さが際立つ。
(普通は魚とか海藻とか、いろいろ見えるんだけどな。)
落とされた位置からなるべく真っ直ぐ潜り、湖の底に着く。
(白骨ばっか‥。)
異様な数の人骨が散らばる中で、なにかがキラリとライトを反射した。
「剣、か?」