2年生5月:捜索(1)
学園長たちは30分程で到着するとのことだった。
「どーするかなぁ。」
眠ってる王子とその護衛はとっとと引き取ってもらって、ベリアルとレナードは学園に帰らせる。
問題はアリスが生きてるかどうか。
「『魔力感知』に引っ掛からないってことは死んじゃってるかな。」
「彼女は生きている。」
「ファンくんにはわからないよね?」
「生きてる。」
「ふーん、断言するんだ?」
状況分析に私情を挟むタイプではないと思っていたけれど。
(ま、彼もまだ若いしねー。)
ハンスもアリスが生きててほしいなと思う。
「じゃあ学園長が着く前に、ランスくんたちは何か食べておこうか。」
「いえ、そんな気には‥。」
「ランスくんたちにはいろいろ話してもらうことになるから、ちゃんと回復してくれる?」
「でも‥。」
「君たちが無駄に疲れてると、マーカーくんの捜索効率が下がるから。」
ハンスは自分のバックパックから3人分の軽食を取り出す。
「僕も食べるよ。捜索に全力を尽くすためにね。」
「‥すみません。」
ベリアルが2つを受け取って1つをレナードに渡す。
サンドイッチを口に運ぶが、口の中が乾いていて味がわからない。
「なあベル、なにが起きたんだろうな‥。」
「さあな‥。」
口の中に貼り付くパンを水筒の水で流し込む。
「セドリックが起きたら何かわかるだろ。」
(どうして俺は‥。)
セドリックの提案を呑むべきじゃなかった。
アリスたちとチームを分けるべきじゃなかった。
(いや違う、今俺が考えることは‥。)
湖の変化の一部始終を必死に思い出す。
上空から見えたアリスの結界が割れて、先生から警戒の指示がとんだ。
爆発の衝撃で墜落した水の中で、結界の破片がキラキラと散っていた。
掴もうと手を伸ばしたけれど、ベリアルの手からすり抜けて消えてしまったアリスの痕跡。
水底に伸ばした手の先で、白い世界に流れた赤い線。
そうだ、あの赤い何かは見たことがある。
あれはたしかー。
「クラーケン‥!」
1年生での模擬戦のとき、アリーナに現れてアリスを襲った触手だ。
だがどうして海の魔物が湖に出る?
「いや、あのときもアリーナに出てきた‥。」
あの魔物はアリスを狙っていた。
それがまた襲ってきたのだとしたら。
「ハンス先生、クラーケンです!」
「なに、ランスくん。」
「湖の中でクラーケンの触手を見ました!」
「クラーケン?」
クラーケンでハンスが思い出すのは、ベリアルと同じくアリーナの模擬戦だ。
死亡したレナードを、初めてアリスが『復活』で生き返らせてみせた聖女の奇跡。
「ん‥?」
クラーケンとの闘いを思い出してハンスは首をかしげる。
あのクラーケンとアリスの召喚獣は魔力の波動が同じだ。
つまり少女の姿をしたアリスの召喚獣は、クラーケンが本性だということになる。
(クラーケンって、かなり上位の魔物だよね。)
小さな個体でもレベルAにランクされる、海皇の遣い。
『鑑定』でアリスのステータスはほとんど非開示で、聖属性魔法や召喚魔法のこともわからなかった。
(そういえば彼女、国宝級の魔装具も持ってたな。)
「わかった、学園長に報告しよう。」
情報を精査することが必要だ。
こういうのは学園長に任せるのが手っ取り早いと、ハンスは結論を出した。
「話はわかった。」
白竜で学園から飛んできた学園長は、腕を組んだまましばらく目を閉じていた。
「ファンの言うとおりミス・マーカーが生きているなら、クラレール先生が『魔力感知』で見つけられない以上、彼女はこの湖にいない。ランスくんの見たクラーケンに連れ去られた可能性があるということだね。」
当事者4人の報告をまとめるとこういうことだ。
「それでも今日、明日まで湖の捜索をする。いないならそれを確認しないといけない。水属性系の先生たちが1時間もしないうちに着くから、ファンが指揮をとって。」
「指揮は僕が。」
「クラレール先生は生徒3人を連れて学園に戻りなさい。あと王家へ謝罪しておいて。」
「王家へは学園長からお願いします。」
「‥絶対怒られるから嫌なんだよね‥。」
いつも自信たっぷりな学園長にしては珍しく気弱だ。
「とりあえず担任から一報をいれておいて。」
「‥わかりました。」
「じゃあ生徒たちをよろしく。とそれから、」
学園長はベリアルとレナードの肩に手を置いた。
「魔人に遭遇して、よく無事でいてくれた。ありがとう。」
「そんな、僕たちはなにも。」
「アリスが今どうしているのかー。」
ベリアルが拳をぐっと握りしめる。
「ミス・マーカーは僕たちが何としても見つける。」
学園長はその拳を両手で包み込んだ。
「君たちは後悔に囚われるのではなく、彼女を助けるために強くなってほしい。」
「ーはい、必ず。」