2年生5月:討伐実習(5)
湖に向かう道の途中で、4人の男たちがハンスに捕まっていた。
「なぜ仕事の邪魔をっ!」
「君たちが僕の仕事を邪魔してるんでしょ~。」
「我々は王子の護衛を、」
「学園長に話通してないよね? 僕からみたら生徒をつけてきた不審者だよ。」
「‥それ、俺も入ってるのか。」
「ファンくんも実習の邪魔しそうだから。」
セドリック王子の護衛3人とファンはロープでぐるぐる巻きにされていた。
「俺のは学園長の命令だ。」
「僕は学園長から聞いてないよ?」
ハンスは上機嫌の笑顔をファンに向ける。
「それに僕に捕まるようじゃ役に立たなくない~?」
ぐっとファンは唇を噛む。
油断していたとは思いたくないが、まさかハンスに邪魔されるとは。
死霊のような死者系魔物は物理攻撃に強く、ファンは専用武器が必要になる。
武器の効果は消耗していくため、手持ちの量で相手の数に対抗できるか、この先の状況に気をとられていた。
すっと背後に現れたハンスに後ろ手に捻りあげられ、本気で対抗するか一瞬迷った隙に縛り上げられた。
「まあここで待ってなよ。びっくりするような結果を見せてあげるからさ。」
4人へそう言い残し、ハンスは『白濁湖』へ独り歩いて行った。
セイレーンの泳ぐスピードはかなり速い。
『飛行』で空中から広い湖を逃げるセイレーンを追いかけて倒すのは無理な話だった。
「レナード、そっちにセイレーンが行かないか見ておいてくれないか。」
セドリックたちに近づけさせなければそれでいい。
(ただのワガママじゃないから難しいんだよな。)
セドリックの行動力を認めているからベリアルはつい引きずられてしまう。
王子の安全を考えればなんとしても止めるべきなのだが、ハンス先生からもストップがかからなかった。
近くから魔力感知で監視しているだろうから、先生もまだ大丈夫と判断しているということ。
セイレーンが時折顔を出すので魔法を撃つが、すぐ潜って逃げてしまう。
(俺たち遊ばれてるな‥。)
「レナード、そろそろ引き上げよう。先にセドリックたちを確認してくれないか?」
「わかった、見てくる。」
レナードが岸の方に飛ぶ。
時間稼ぎにセイレーンの泳ぐ影に向かって爆撃系の魔法を放つが、水柱の陰をスルッと逃げていく。
「楽しーわね!」
セイレーンは上機嫌でこの追いかけっこを楽しんでいるから腹立たしい。
「なぜ死霊が増えた!」
「悲しみを抱えた人が増えたからよぉ。」
ダメ元で聞いたのに、セイレーンから普通に答えが返ってきた。
セイレーンの顔は若い、キレイな女性だ。
(人型の魔物ってこんな感じなのか?)
学園のシミュレーションでは異形の魔物ばかりが出てくる。
キラキラと目を輝かせ、うっとりと語る姿は人間と変わらない。
だけどここに大勢の人間を引き寄せて死に至らしめている、凶悪な魔物だ。
「あの方が悲しみを増やしてくださるから、アタシの歌はますます輝くの。」
(あの方?)
「ねえ、アタシお役にたちましたよね?」
「ああ、最期まで役にたて。」
ー知っている声だった。
「えっ‥。」
セイレーンが自分の胸を貫いた赤紫の腕を見つめる。
「どう、し‥、」
大きな手が掴んでいるのは、彼女の『魔核』。
「『吸収』。」
セイレーンの身体が砂の塊と化した。
その後ろに見える漆黒の翼はー。
「ランス下がれ!」
突然、目の前にハンス先生が飛び降りてきた。
空中のベリアルを庇うように、それに指を突き付ける。
「マギ・ブライドくんだね。」
そう、セイレーンの背後から現れたのは、背に翼をたたえたマギ・ブライド元生徒会副会長だった。
卒業式の日に魔神と化し、後輩のディックを殺した張本人だ。
一度学園長が捕まえて、その後の自爆騒ぎで死亡が確認されたが、その身体は再度動きだして学園から消えてしまっていた。
「マギ・ブライドは死んだ。」
赤黒い皮膚に変わってしまった彼はあっさり言い放つ。
「ーひどく禍々しい魔力を感じるけど?」
「俺は魔人『悲哀』、魔王様に仕える者だ。」
(別人格なのか?)
ベリアルの疑問は次の魔人の言葉で打ち消された。
「生徒会長以外に用はない。」
マギ・ブライドが抱えていたエリオス元生徒会長への執着心が残っている。
「なら消えてくれない? 」
ハンスの要求は実にシンプルだった。
「今日のところは僕たちに構わないでくれると嬉しいなぁ。」
「待て! そいつを逃がすわけには‥。」
駆けつけたファンが湖の岸から魔人を見上げる。
その隣には事態の変化に戸惑うレナードもいた。
「ファンくん、縄解いちゃったか。」
だが、飛べない彼にうてる手はない。
「2人ともそこから動くな。」
ハンスはファンとレナードに手を向けて制する。
「僕は今ここで事を構える気はない。」
ハンスは全員に向かって宣言する。
普段の明るい彼からは感じられない、強い圧力を込めた声で。
「わかるね、みんな。」