90年前:4月1日
魔法学園に高等部を新設して10年、そして『ダリア魔法学園』と名を代えてさらに10年。
今年の入学生が『ダリア魔法学園高等部』10期生となる。
1期生はもう子供の1人や2人いてもいい年頃だけど。
ダリアは池に映る自分の姿にため息をつく。
(‥平穏な生活、なんて贅沢な夢ね‥。)
子供たちにこの世界を生き抜ける力を与えたかった。
15歳で成人した後にすぐに送られた魔王軍との前線陣地では、まだ若い騎士や魔術師が大勢命を落とした。
体が成長し、ともに魔力も成長する10代後半、ここで技量を底上げできれば生き残れる可能性が大幅に上がる。
神殿は子供を保護しても、最低限の教育しかしなかった。
弱者は弱者のまま、その弱者を守ることが神殿の意義であると。
強い者が弱い者を搾取するシステム。
(『蘇生』に金貨50枚なんて‥。)
レベル3魔法『修復』だって金貨10枚を取る。
そのかわりレベル1魔法『治癒』は無料で施しているのだからと自分達を正当化して。
5年我慢して、結局ダリアは大神殿から逃げ出した。
母校の手伝いをしながら教育の重要さを訴え、戦闘力向上の実績を積み上げ、そうして魔物に対抗する力を磨いた結果。
卒業生の大半が王国魔術師団に入り、王国北部で魔王軍との闘いに尽力している。
毎月届く、誰かの戦死報告。
‥前線から逃げ出してからの25年間、自分の代わりの誰かをずっと戦場に送り続けている。
『今年こそ入学式で挨拶を』と教頭が迫ってくるけれど、こんな自分が人前で偉そうに話なんて。
「やあダリア、元気そうだな。」
ダリアはすぐに腰の杖を引き抜いて構えた。
「どうして、学園には結界が、」
「君は俺を拒めないーそうだろう?」
漆黒の翼を広げた彼は優雅にダリアの前に降り立つ。
彼と最後に会ったのは、もう25年も前。
相変わらずもさもさに伸びた黒髪の隙間から、責めるように見つめる昏い眼差し。
「全然変わらないのね。」
「ダリアもな。」
彼の視線が右肩に向けられ、古傷が熱を帯びた気がした。
「いつまでこんな戦いを続けるの‥。」
「さあ? 飽きたらやめる。今のとこは楽しいし、『憤怒』の気が済むまでは遊ぶよ。」
「‥あなたたちにとってはその程度のことなの?」
「ああ、ただの暇潰し‥だからダリア。」
無造作に近づいてくる彼に杖を突き付けて魔力を込める。
震える手に彼の手が重ねられる。
「俺はダリアで暇潰ししてもいい。」
ドクン、と心臓が音をたてる。
「ずうっと俺を待ってたんだろ?」
彼の手が目深に被ったローブのフードを払う。
‥これは呪いだ。
ダリアを『聖女』に祭り上げた、25年間変わらない容貌。
彼と出会ってしまった、17歳の冬のままの。
「『聖十字槍』!」
術者もダメージを受けるゼロ距離での魔法発動。
「『聖域』!」
爆発で生まれた彼との隙間に結界を張る。
「今の爆発ですぐに人が来るわ。」
「ムダだ。」
彼が片手で払うとパリンと結界が割れる。
(わたしは彼を拒めない‥。)
『聖域』が魔王軍に効かなくなって、ダリアは前線から下げられたのだから。
「最期のチャンスだ。」
伸ばされる彼の手。
「‥今さらどうして‥。」
「そろそろそっちにいるのは限界だろう?」
その長い冷たい指がダリアの顔に触れる。
「堕ちてこい、ダリア。」
重なる二人の影。
ダリアは彼の背に腕を回しー。
「増強『蘇生』。」
杖の上端に飾られた魔水晶が金色に輝く。
彼の背中から『魔核』に聖なる力を流し込む。
「ぐがっ‥!!!」
ダリアの細腕はあっさりと振り払われ、身体が樹に叩きつけられた。
桜の幹に手をかけて立ち上がろうとするダリアの身体を、幾本もの漆黒の槍が貫く。
「‥くそっ!!!」
彼は口から砕けた『魔核』の欠片を吐き出して叫んだ。
「ダリアー!!!」
‥ごめんなさい、貴方を殺してあげられなくて。
わたしの運命はここで終わり。
いつか本物の『聖女』が貴方を助けてくれるといいのだけど。
ねえ、愛しい『魔王』‥。
「ダリア様!」
「目をあけてください、ダリア様!」
「‥ごめんなさい‥。」
天から一筋の光がダリアに向かって降りてくる。
それは運命に最期まで抗った彼女への神の奇跡。
レベル6聖属性魔法『聖書』。
神しか知らない『未来』を伝える予言の魔法。
「そう、アリス‥貴女が本当の『聖女』なのね‥。」
ダリアの瞳に神の紡ぐ物語が走馬灯のように流れた。
「ダリア様?! 」
「ありがとう、アリス‥。」
「ダリア様ー!!」
『聖女ダリア』享年43歳。
棺に横たわった17歳の美しい少女は、王国の伝説となった。