1年生5月:模擬戦(1)
アリーナは野球場くらいの広さで、円形のグラウンドを取り囲んで座席が階段状に設置されている。
わたしたちA組はグラウンドの片隅に集合していた。
「班のリーダーはくじ引いてねー。」
ハンス先生が木の棒が5本入った筒を回す。
サイモンが引いた棒には、『3』とあった。
「1番は?」
ベリアルが手を上げる。
「5班からかぁ、じゃあ他の班は座席に上がって。あと、中等部の3年生が見学するから、高等部らしくかっこいいとこ見せてよねー。」
座席に上がると、既に50人くらいが固まって座っていた。
緑色のストライプのタイ、中等部3年生だ。
その中にディックがいたけどわたしには気づかず、グラウンドのベリアルたちを応援している。
「クラレール先生、今日はありがとうございます。」
年配の先生がハンス先生に頭を下げる。
「子供たちの受験にいい刺激になります。できればダリアから多く入学してほしいものですな。」
「ですよねー。」
ハンス先生は軽く受け流すとボックス席に入り、何か機械を操作した。
グラウンドを囲む一番前の壁から青い光が浮かび、グラウンドをドーム状に覆う。
「第5班、準備いいか~い?」
ベリアルたち4人は、グラウンドの中央付近に描かれた魔法陣に対し陣形を組んでいる。
「Eランクの魔物を3匹、召喚するよー。制限時間は10分、倒せなければ10分で召喚解除されるし、危なくなったら召喚解除するからねー。こっちには結界張ってあるから、全力出しちゃってねー。オーケー?」
「はい、お願いします。」
ベリアルが右手を上げて答えた。
「『召喚、レベルE』。」
ハンス先生の声が響く。
魔法陣に置かれた3個の黒水晶から赤い炎が立ち昇り、3体のオークが出現した。
ベリアルたちより二回りくらい大きな体に革の鎧を着け、雄たけびとともに大きな斧を振り上げる。
「『火球』!」
火系魔法レベル1の基本的な攻撃魔法をベリアルが発動させる。
「ランス選手、同時に5個発動ー。」
ハンス先生が実況中継を始める。
「でもちょっと威力が足りないかー?」
ベリアルは5個全てをオーク1体の足元に集中して叩き込んだ!
「うぎゃぁあー!!!」
叫び声を上げ、オークが尻もちをついて倒れる。
「オッジ、頼む!」
「任せろ、『氷結槍』!」
ベリアルの背後からオッジ・レイン・メナードが飛び上がり、倒れたオークの胸に氷の槍を突き立てた。
オークの体が赤い光の粒に弾け、空中に散らばって消える。
「おおっと、見事な連携で1体終了ー! だけどレベルE相手にレベル3魔法は勿体無くない~? それにあと2体はどうしたー?」
1体は風の魔法で視界を奪われ、もう1体は足元に開いた大きな穴に落とされて動けずにいる。
「これは自分の特性を生かしたうまい作戦だー! いいねいいねー!」
「ケイン、そのまま落としといて! ウィリアムは俺の援護を!」
ベリアルが両手に炎の剣を構えると、その炎の強さが増して剣の長さが倍になる。
「なんとなんと、炎の魔法に風の魔法を上乗せすることで威力を3倍増しにしたー!」
オークに袈裟懸けに切りつけると左肩から心臓に向かって炎の刃が食い込み、そのまま右脇まで切り抜けた。
悲鳴を上げる間もなく、オークの体が粒子になって消える。
「ここまでわずか2分ー。見事なチームワークでオークは残り1体ー!」
実況に中等部の生徒がわっと沸いた。
「さすがベルのチームだな。」
「連携に無駄が無い。あいつらみんな別の中等部出身だろ?」
「魔法も基本的な奴の組み合わせだし、特にベルはまだ余裕あるな。」
体の大きなオークを鮮やかに翻弄する闘いに、クラスメイトたちは興奮してグラウンドを見つめている。
「‥ねえイマリ。」
「なに?」
「みんな中等部でこんなことやってきたの?」
わたしは初めて見る魔物と討伐戦の恐怖に、体が震えていた。
これまで対決した相手は、みんな人間だった。
わたしより大きな体のごつい男子生徒に勝ったこともあるけど、あんな色の毛に覆われた、凶暴な牙を生やした魔物と闘ったことなんてない。
「もうちょっと小型の魔物を1対、までよ。複数相手にすることは中等部では禁止だから、わたしも緊張してきたわ。」
イマリは握りしめた手を開いてみせた。じっとりと汗が滲んでいる。
「やっぱり風系で切るのは難しかな‥牽制に徹したほうが良さそう。」
ねえ、と同じ2班のメンバーと作戦会議を始める。
「アリスは前に出なくて大丈夫だから。」
サイモンが気遣って声をかけてくれる。
「ごめんなさい。ちゃんと頑張るわ。」
どうしたらベリアルのように魔物に向かっていけるのだろう。
迷いなく魔物に切りかかる背中。
真っ直ぐ前に進む背中。
「『炎爆』!」
ベリアルが穴の中に大きな炎の玉を放り込み、最後のオークが散開して第1戦は3分で終了した。
「第1戦終了ー、5班の完勝だー!」
ハンス先生の終了宣言に5班の面々がお互いハイタッチで喜び、中等部の生徒たちからスタンディングオベーションが起きた。
「すごい、さすがランス先輩!」
興奮したディックの声が響いた。
ベリアルたちが笑顔で座席の方に手を振ると、キャーッと歓声がわく。
「ほんとに凄いなぁ…。」
わたしのつぶやきが届くわけないのに。
ベリアルのVサインがわたしに向けられたような気がした。