2年生4月:禁句
「逃げないで。」
前回は急にアリスのシャッターが閉じた。
『何から貴女を守ればいいですか?』
エリオスの問いかけを『そんなものはない』と否定しなかったアリス。
彼女の答えは『巻き込んでごめんなさい』。
『聖女の騎士』にはアリスが謝るようなーあまりよくない役目があるということだ。
(アリスはなにを畏れている?)
前世の、転生の秘密を共有しただけでは足りない『聖女』の謎。
「‥わたしは‥。」
アリスが小さな声を紡ぐ。
「‥‥‥。」
彼女の迷いが伝わってくる。
エリオスは促すように、アリスを抱きしめる力を緩める。
「‥『魔王』が‥」
(ー『魔王』?)
それは強力な魔法を操り地上の魔物を従える魔物の王。
大型の魔物が生息する大陸北部『魔の山脈』の支配者だ。
約150年前、魔王は突如『魔の山脈』を出て『北の国』に攻撃を開始する。
魔王が『北の国』に侵攻した理由はわかっていない。
グラディス王国の北に隣接していたその国は、わずか1ヶ月ほどで完全に滅びたという。
その後、魔王軍の標的はグラディス王国に移り、魔物たちの断続的な攻撃が続いてきた。
16年前、アリスの父親であるジャスパー・イオス・マーカー魔術師団長が魔王を聖都で封印するまでは。
「『魔王』が、ふっか‥。」
ー聖女の『禁句』抵触を認定、魔属性魔法レベル3『消去』を強制発動しますー
『復活する』と言葉を続けることはできなかった。
頭に響いた誰かの声。
エリオスの腕がほどけ、彼の手のひらが背中を滑り落ちていく。
ゴトン、とエリオスの身体が木の床に倒れる音がした。
「エリオス?!」
エリオスのやさしい温もりに寄りかかりたくて。
巻き込んでしまったのだから、聖女の秘密を話すべきだと。
ー聖女の『禁句』抵触を認定ー
「エリオス!!」
床に横向きで倒れてしまったエリオスの口元に手をかざすと、かすかに息はしていた。
ー魔属性魔法レベル3『消去』を強制発動しますー
(魔属性魔法『消去』って何?)
身体が楽になるよう、エリオスを仰向けにして手足も伸ばす。
見た感じは眠っているようで、苦しそうではない。
「‥『回復』。」
とりあえず体力回復の魔法を使ったけれど、反応はない。
「‥『慈愛』。」
これも何もなし。
「‥『蘇生』。」
瀕死からの回復魔法で、ようやくエリオスが目を開けた。
「アリス‥?」
エリオスが彼をのぞきこむわたしの顔に手をのばす。
「そのピアスをどうして‥?」
(どうして?)
「先輩がつけてくれました。」
「自分が貴女につけた?」
エリオスは上体を起こすと、片手で眉間を押さえる。
「貴女と話をしていたら急に目の前が暗くなって‥。」
「あの、大丈夫ですか? どこか痛いとかありませんか?」
「それはありませんが‥。」
エリオスが立ち上がろうとしたので、身体を支えて椅子に座ってもらう。
テーブルに置かれたままの、ピアスが入っていた小箱をエリオスはじっと見つめた。
「なるほど、貴女に渡したようですが、記憶がはっきりしません。」
部屋を見渡して、壁の露になった水晶モニターに目をとめる。
「そう‥貴女にモニターを見せてそれから‥。」
エリオスの横に立ったままのわたしを見上げる。
「貴女にとても大切な話をしていたような気がするのですが。」
ー結婚を前提に、お付き合いしませんか?ー
「ー後をつけられているので身辺に気を付けるようにと、そういうお話しをされました。」
「そうでしたか?」
エリオスはしばらく目を閉じて考えていたが。
「お招きしたのにすみません、思ったより体調が悪いのか‥ちょっと頭がはっきりしません。」
本当に申し訳なさそうにわたしに頭を下げた。
「いいえ、先輩のせいじゃないです。」
(わたしが『魔王の復活』を話そうとしたからー。)
「わたしは学園に戻りますから、エリオス先輩はゆっくりお休みになってください。」