2年生4月:告白
王立劇場は午後からの開幕で、まだ人通りはまばらだった。
ブレイカー家の馬車が見えなくなったところで、声をかけられる。
「ねえ、暇なら俺とお茶しない?」
キャスケット帽から流れるストレートの黒髪。
カラーグラスで目の色はわからないけれど、すっきりした顎のラインや、上質な麻のジャケットが洗練された大人の雰囲気だ。
「ねね、いいよね?」
すっと肩に手を回されて、彼に押されるように歩きだす。
彼はチラッと背後に注意を向けて、角を曲がるとすぐ建物の壁にわたしを押しつけた。
「『転位』。」
「ーこんな魔法あるんですね。」
瞬間移動で連れてこられた部屋を見渡してから、わたしはすすめられた椅子に座る。
「あらかじめ設定した座標を入れ換える魔法です。もう少し慌てる顔を期待したのですが‥変装、下手でしたか?」
「大人っぽくて素敵でしたけど、動きですぐわかりますよ、エリオス先輩。」
キャスケット帽とウィッグを外すと、エリオスの軟らかな栗色の髪が広がる。
「アリスは目がいいですね。ならもう少し周りを観察してみませんか?」
「どういう意味ですか?」
「つけられていましたよ、3人かな。」
「えっ‥?」
「1人は学園関係者なので悪意ではないでしょうが、誰かに今日のことを聞かれてもこの場所は秘密にしてください。」
お願いしますね、と向けられる王子様スマイル。
何度見てもやっぱり照れてしまうし、そんなエリオスの隠れ家で二人きりとか緊張してしまう。
「えっと、学園の中ではダメなお話しですか?」
『土曜日、朝10時に王立劇場前でお待ちしています。』
寮の部屋に郵便で届いていたメッセージ。
「『魔人騒動』以来、学園長に監視されていますから。」
「わざわざ郵便で、日本語で書くほどに?」
「『前世』のことを知られたくないので。この家はありとあらゆるセキュリティをかけているんです。」
エリオスが壁にかかっているカーテンを開けると、液晶パネルのようなものがいくつも壁にかかり、この家の周りを映していた。
「ああほら、貴女を見失って探している。」
エリオスの見つめる画面では、地味な服を着た細身の男性があたりを見回している。
「だから貴女も、この家では何も気にせずに安心してください。」
「はい、ありがとうございます。」
エリオスはわたしの前に座ると、小さな箱を置いた。
「まずはこれを。」
「えっと‥。」
「どうぞ開けてください。」
そっと蓋を開けると、中にはカラフルな水晶で花をデザインしたピアスが一組並んでいる。
「可愛い!」
おもわず口に出てしまった。
「あ、でも。」
これってまたプレゼント‥かな。
アーチャー商会でリリカに見せてもらったアクセサリーの値段を思い出す。
「こんな高価なもの‥。」
「気にしないでください。うちのダンジョンで採った材料を自分で加工したものなので。」
エリオスはわたしの後ろに回ると、慣れた手つきでピアスを付けようとする。
「困ります!」
「銀水晶の相乗効果で前のピアスより効果を高めているので、ぜひ付けておいてください。」
それとも、と耳元で囁く。
「自分の手作りだと気持ち悪い?」
「‥そんな言い方、ズルいです。」
「そうですね。」
わたしの耳にそっとピアスを付けて。
「先輩?!」
エリオスは背中からわたしを強く抱きしめた。
ぎゅうっと、力強く。
首もとにエリオスの顔が触れる。
「‥怖かったんだ、あの時‥。」
アリスたちのいた地上が真っ黒の霧に覆われて、何も見えなくなって。
「魔人に殺されてしまったかと‥。」
その後も学園側がアリスを隔離してしまって、関係者同士が接触しないよう監視がついて。
学園が始まるまで、姿を見ることもできなかった。
「アリスー。」
失いたくない、とこの世界で生まれて初めて感じた存在。
「結婚を前提に、お付き合いしませんか?」