2年生4月:決意
土曜日の朝、王都に出るために学園門の前で巡回馬車を待っていると、目の前で立派な家紋の入った馬車が止まった。
扉が開いて降りてきたのはディックだ。
「王都に行くなら乗れよ。マーカー子爵邸?」
「わ、ちょっとっ!」
ろくにわたしの返事もきかず、横抱きに抱き上げるのはやめて!
「マーカー子爵邸に寄ってくれ。」
軽々とわたしを馬車に押し込んで、御者さんが馬車を動かしてしまう。
「実家じゃなくて、劇場に行く予定なの!」
「劇場? そんな服で?」
‥そんなって言われるほどひどくないはず。
ペールブルーのワンピースにジュートのサンダルを合わせたコーデは、格式ある王立劇場に入るようなものじゃないけど。
「誰かと待ち合わせか?」
ディックの整った眉が上がる。
これからエリオスの隠れ家に行く予定だけど、それを言ったらもっと不機嫌になる気がする。
「ブレイカーくんが話を聞かずにわたしを乗せたんでしょう。」
「ディックでいい。じゃあ王立劇場に送る。」
御者さんにさっさと行き先変更を告げてしまう。
「もー、だからどうして。」
頬を膨らませるわたしに、向かいからディックが炭酸水のグラスを差し出す。
「俺はあんたに話があるし、あんたは楽に行けるし、お互いウィンウィンだ。」
「わたしに聞かずに決めたらダメでしょ! それにせめて『アリス先輩』って呼んでくれない?」
「あんたレベルは?」
「26。」
チッとディックが舌打ちをする。
「わたしの方が高かったのね?」
「ーアリス先輩はどちらにお出かけですか?」
そんな作り笑顔で言われると逆に怖いから!
「もーいいよ、いつもどおりで‥。」
「あんたも俺には雑だろ。」
「それはブレイカーくんが。」
「ディック。」
「‥ディックくんってワガママだよね。」
「そうか?」
「自覚ないの? もー、それで話ってなに?」
「回りくどいのは苦手なんだ。」
ディックは自分のグラスを脇に置いた。
「あんた、俺を生き返らせた?」
ーパリンッ。
不意をつかれて、わたしは手のグラスを落としてしまう。
「図星だ。」
「‥違う。」
「なんで隠す?」
「違う!」
「隠すのは俺への憐れみ?」
「違うって言ってるでしょ!!」
「ごめん、今のは八つ当たりだな‥俺が弱かっただけだ。」
ふう、とディックは柄にない深いため息をつく。
「ーアリスが無事でよかった。」
普段生意気なディックが、まっすぐにわたしを見つめる。
まるで大人の男の人のような表情に、わたしは言葉が出てこない。
「助けてもらって感謝している。あんたを護れなかったのに‥ごめん。」
「なんでディックが謝るの‥巻き込んだのはわたしなのに。」
「あれはウォール先輩のゴタゴタだろ。」
「違う、あれは‥。」
マギ・ブライド元副会長を歪ませたのはわたしの存在だった。
「わたしが‥。」
「ディック様、そろそろ着きますよ。」
「ーああ。」
王立劇場前のロータリーに入ったところで馬車が停まる。
「足元に気をつけろ。」
散らばったグラスの破片を踏まないように、ディックが先に降りて手を差しのべてくれる。
「あ、ありがとう。」
彼の手に引かれて馬車から降りる。
「じゃ、また学園でな。」
軽い挨拶の後にディックは馬車に乗り込もうとして。
「俺、強くなるから。」
わたしの耳元で囁かれた決意。
「ー覚悟しろよ、アリス。」