1年生5月:昼休み
「いただきま~す。」
高等部の食堂で、わたしはお気に入りのハンバーグランチに手を合わせた。
食堂は高等部に1個所、中等部に1個所、他に学園敷地内に2箇所あって、高等部の生徒はどこを使ってもいい。
中等部の生徒は中等部食堂しか使えないので、あまり中等部へ食べにいく人はいない。
寮にお弁当を頼むこともできるし、食堂は学生証があれば全て無料。
学費と寮費も無料、制服は支給、この学園はほぼほぼタダで通うことができる。
わたしはイマリと高等部の食堂に行くことが多い。
イマリと同じ『アイリス魔法学園中等部』から進学したのは男子ばかりだそうで、よく一緒に行動するようになった。
お互いに他の女友達ができないけど、そもそも女子がA組は20人中5人で、うち2人はキャサリンとリリカなのでわたしたちと仲良くなりようもなく。
あと一人のスーザン・サージェントはキャサリンを面倒と思っているのか、対立しているわたしたちに近寄らない。
「同じ班だし、もうちょっと仲良くなりたいわ。」
イマリがサラダをつつきながらぼやく。
混雑した高等部の食堂で、わたしたちは横に並んでお昼ごはんを食べている。
チーズハンバーグとサラダ、コンソメスープ、パンの定番ランチは、デザートの豆乳プリンが嬉しい。
今日はスーザンも誘ったのだけど断られてしまった。
イマリは4姉弟の長女で面倒みがいい。
大人しいスーザンを気にして、班でもいろいろ話しかけている。
「魔法のシミュレーション授業って、どんなことするの?」
午後はアリーナに集合となっているけど、わたしはまだアリーナに入ったことがなかった。
4月の実技授業は、魔力コントロールを高めるための瞑想と、レベル1魔法の基礎訓練。
わたしはみんなの魔法を見ながら瞑想ばかりしている。
‥治癒魔法の実演って、人体実験になっちゃうんだよね‥。
実技授業中にクラスメイトがケガをしたら、『治癒』をかけさせてもらっている日々。
ハンス先生には『みんなの魔法を見てまず魔法の知識をつけるように』と言われている。
「‥本当に初心者なのね‥。」
中等部の経験がないわたしに、イマリはあれこれ教えてくれる。
「魔物を召喚して模擬討伐をするの。アリーナはいろいろ魔法防御が組み込まれててね、秋には対抗戦もあるはずよ。」
「イマリも戦うの?」
「わたしは風系がメインだから、頑丈な魔物は苦手かな。鳥系は得意なんだけど。」
「怖くないの?」
わたしは魔物を見たことがない。
住んでいた村はのどかな田舎で、魔物が出たとか聞いたこともなかった。
「模擬戦だし、先生たちがついてるから。アリスもすぐ慣れるわよ。」
「そうかなぁ‥。」
半分になったハンバーグをつつく。
ハンバーグは大好きなのに、緊張であまり食事がすすまない。
「貴女にため息は似合いませんよ?」
顔を上げると、前の席に生徒会長のエリオスがトレーを置くところだった。
「こちら、座っていいですよね?」
えっ?
わたしとイマリの前の席がちょうど空いたみたいで、エリオスともう一人が並んで座った。
「さ、食べましょう。」
エリオスが手を合わせてから、二人揃って食べ始める。
「生徒会長と副会長じゃない。アリス、知り合いなの?」
小声で聞くイマリに首を横に振る。
もう一人の黒縁眼鏡をかけた真面目そうな人は、副会長さんなんだ。
「もう学園には慣れましたか?」
副会長の問いにイマリと顔を見合わせる。
「ああ、1年生のみなさんが何か困ってたらいけないので、会長とあちこち声をかけさせてもらっています。遠慮なさらず、何でも相談してくださいね?」
生徒会長は王子様だったけど、副会長はしっかりした執事さんという感じで、後輩相手にもすごく丁寧だ。
「ありがとうございます。毎日楽しくすごさせていただいてますわ。」
令嬢モードに切り替えて答える。
「ねえイマリさん、素敵な学園ですよね?」
「は、はい、本当に入れて良かったです!」
イマリのちょっと緊張した返事に場が和み、わたしたちは食事を再開した。
早く食べてしまわないと!
急いで豆乳プリンまで食べてご馳走さまをしようとしたとき。
「チェリーですか‥。」
豆乳プリンにちょこんとのったサクランボに、エリオスの端正な顔が曇る。
「お嫌いですか?」
好き嫌いがあるとか、ちょっと意外かも。
「貴女はお好きですか?」
「美味しくいただきました。」
わたしの返事にエリオスは麗しい微笑みを浮かべて、自分のサクランボをつまんだ。
「よかったら、代わりに召し上がってくださいませんか?」
前のめりに体を近づけて。
「はい、あーんして、ね?」
真正面から顔を寄せられて、逃げようがない!
おかしいから、昼間の食堂であーんとか無理だから!
イマリがきゃあっと頬を染める。
だからなんですかその破壊力!
顔が近い近い、近いからー!!!
硬直したわたしの唇に、そっとサクランボが触れる。
わたしはサクランボをくわえると、とっさに両手で顔を覆った。
口の中でもごもごと転がるサクランボが甘酸っぱい。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。可愛いね。」
小さな声で囁かれて。
「それじゃあまたね。」
何事もなかったように、彼らはトレーを持って席をたっていった。