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1年生3月:魔人『悲哀』【改稿】

マギ・ブライド副会長は、いつも生徒会長のエリオスの後ろで穏やかな微笑みを浮かべていた。

わたしはほとんど話したことがない。

秋の対抗戦で争ったのが唯一、彼の感情を見たときだった。


「ああ、なんて心地よい哀しみだ‥!」


目の前で、バサリと黒い翼がはためく。


「あの女を殺したら、貴方は私のことを永遠に覚えていてくれますよね‥。」


ニタリ、と愉悦に満ちた笑みがわたしに向けられた。

制服のスラックスと靴はそのまま、裸に見える上半身の皮膚は毒々しい紫色に顔も腕も染まってしまっている。

人にはありえない翼で宙に浮いた彼の、真っ赤な双眸が細められる。


「『爆裂弾バーストショット』!」


ドン! ドン!! ドン!!! ドン!!!!

エリオスに撃たれた勢いでブライドが後ろへ下がる。

「アリス、早く逃げろ!」


「は、ははは‥さすが会長です‥!」

ブライドが左胸を押さえながらも、まだ泣きそうに笑う。

「全弾心臓直撃とは、いつも貴方は迷いがない‥。」

たいして効いていない感じに、チッとエリオスが舌打ちをする。


わたしは彼の歪な笑顔から目が離せなくて、足が動かなかった。

ちょっと前の卒業式で卒業生代表として答辞を読み上げていたのに。

その胸のうちはこれほどの哀しみに満ち溢れていたのか。


この雑木林のすき間を埋めるように、冷たい魔力がたゆたっていく。


「お前!」

くっと後ろに手首を引かれた。

「逃げるぞ!」


「『黒炎砲ブラック・キャノン』!」

「『最硬度盾パーフェクト・ガード』!」


エリオスがわたしとブライドの間に出現させた銀色の壁が、真っ黒な炎で焼かれて中心から赤く崩れていく。

「急げ!」

「ダメ!」

わたしは手を引くファンさんを引き止めていた。

「エリオスを助けないと!」

「狙われてるのはお前だ!」

「違う!」


ブライドが執着しているのはエリオスだ。


「『絶対零度ゼロ・ゼロ』!」


別の方向から氷の魔法が飛び、二つの影がエリオスに駆け寄る。

「なんだあいつ?!」

「ディック、前に出るな!」


ベリアルとディック?!

どうして二人がここに?!


「『飛行フライ』!」

ベリアルがブライドと同じ高さまで上がる。

「ディックの魔法で左手だけかよ‥やばいだろ‥」

「ああ‥新生徒会長、これはちょうどいい‥。」

氷ついた左腕にかまわず、ブライドが右腕を振り上げる。


「『黒炎矢ブラック・アロー』」

「させるかよ!」

ベリアルが空中で炎の剣を発動させて斬りかかり、出現しかけたブライドの魔法を深紅の炎が切り裂く。


「その顔、まさか副会長か?!」

「ベリアル・イド・ランス‥君も目障りなんですよ‥!」


空中で睨み合う二人に向かって、ディックが彼の瞳と同じ、美しいエメラルドグリーンの杖を掲げた。


増強ブースト氷結槍アイシクル・ランス』!」


鋭い氷の槍が剥き出しの腹に突き刺さり、ブライドの顔が歪んだ。

「物理より魔法が効くか‥。」

エリオスも銃口をブライドから一瞬も外さない。

「アリスを頼む。」

ディックが頷いて、警戒しながらわたしの方に寄ってくる。

エリオスも『飛行フライ』を唱えた。


「あれがお前らでどうにかなる相手か!」

ファンさんが怒鳴ったけれど、わたしたちは誰も逃げようとしない。

「ええい、くそっ!」

ファンさんはわたしとディックを庇うように前に立つ。

「アリスは結界を維持、ブレイカーは結界の中から攻撃しろ。しばらく持ちこたえればいい。」


「本当に、哀しいですね‥。」

ブライドが同じ高さに上がってきたエリオスを見つめる。

「私を殺すことに欠片も迷いが無いなんて‥。」


「黙れ魔人、すぐに殺してやる。」

エリオスはブライドにまっすぐ指を突きつけた。

「それがオレの友情の証だ。」


「友情、ですか‥。」

ブライドー魔人『悲哀サッド』は首を横に振った。


「貴方の全てを奪いましょう。」


溢れ出した凶悪な魔力に、ぞわりと背中を撫でられたような寒気を感じた。

飛べないわたしは、ただ彼らを見上げて右拳を握りしめる。


(この右手じゃ何も届かない‥!)


ベリアルが斬りかかり、それを受け止めたところにエリオスとディックの魔法がぶつけられる。

(せめて空中の彼らに結界魔法がかけられたら‥)

聖域サンクチュアリ』はわたしを中心に発動する、わたしを守るための魔法。


「もっと、何か‥。」

「焦るな、もうじきだ。自分にできることをしろ。」

ファンさんがわたしの震える手を押さえたとき。


「そこまでだ!」


わたしたちの頭上から学園長の声が響いた。

見上げるとエリオスたちのさらに上に、白い竜が浮かんでいる。

「離れろ!」

ファンさんが叫び、わたしとディックを後ろに引っ張った。

それを見てベリアルたちも魔人から距離をとる。


「『封獄牢ヘル・ジェイル』」


魔人を中心に現れた金色の輪が、一気に収束して魔人を拘束する。

ボキボキッと翼がへし折れる音がして、魔人はわたしたちの目の前に墜落した。


「生徒相手に手加減なしですか‥。」

地面に転がった魔人の紅の瞳がー笑ったような気がした。


「ファン、魔核を壊せ!」


学園長の命令でファンさんが動こうとしたとき。

魔人はーマギ・ブライドはスラックスのポケットから何かを取り出し、わたしたちの方へ放った。

テニスボールくらいの珠は、『聖域サンクチュアリ』に弾かれずすぐ近くまで転がってきてー。


「『黒硫煙ブラック・アウト』」


「ー!!!」


珠から溢れ出した黒い霧を吸い込んだ瞬間、わたしの胸を強い痛みが襲った。


(毒‥?!)

ドクン、ドクンとやたらに心臓の音が聞こえる。

周りの音も、匂いも感じ取れない。

急速にわたしの世界が閉じていく。


「さあ、みんなで闇に沈みましょう‥」


トサリ、と体が倒れたけれど、地面の感触も、誰かの声も。


もうなにひとつも、わからなかった。


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