1年生3月:卒業式(4)【改稿】
「どうして、ミス・マーカーなんですか!」
それは哀しい叫び声だった。
「会長!貴方ほどの方がどうして‥!」
叫び声のした方向にノワールが駆けていく。
バシュッ!と聞きなれない音がして煙の匂いを感じた。
雑木林の先は白いもやがかかっていて、よく状況がわからない。
「ノワール、戻って!」
わたしの声にかまわず、ノワールがもやの中に飛び込んでしまう。
「『炎矢』!」
「『鉄壁』」
呪文‥攻撃魔法?!
学園の中で何をしているの?!
「うわぁ、なんだこの犬!」
「!!!」
「離れろ、クソ犬がぁっ!!」
ボンッ、と何かがぶつかる音がした。
「ノワール!!」
「アリス?」
この声はエリオス?
「来るなアリス、結界を張れ!」
とっさに左手で胸元のペンダントを握りしめる。
漂う煙が落ち着き、目の前に広がった光景は。
「会長‥。」
地面に膝をついた男子生徒ーマギ・ブライド元副会長に、エリオスが厳しい表情でまっすぐ拳銃を構えていた。
ブライドの肩のあたりから血が滴り、白いシャツに赤黒い染みが広がっていく。
「くっ‥うぐっ‥。」
ブライドから押し殺した泣き声が聞こえる。
震える彼の背中に、わたしは二人に近づくことができなかった。
「どうしても、私の望みは叶わないのですね‥。」
だんっ、だんっと何度も拳を地面に叩きつける。
「ああっ‥、こんな‥なんという悲しみ‥。」
顔を両手で覆い、空を仰ぐ。
そんな彼から、エリオスは銃口を外さない。
「立て、マギ・ブライド。」
「ああ、ほんとに、酷い人だ‥。」
ぞわっと体が震えた。
何かがおかしい。
白いシャツが全て赤黒く塗り替えられ、ピッタリと体に張りついたそれは、ぬるっと輝く生きた皮膚のようで。
「ああ、哀しい‥悲しい‥。」
繰り返される言葉には、どこか恍惚とした響きが潜む。
「これも、全ては‥。」
ゆらりと立ち上がりわたしに振り返ったブライドの両目から、紅い涙がつうっと流れた。
「アリス・エアル・マーカー、お前のせいだぁっ!!!」
パンッと銃口から煙が上がり、ブライドがまた膝をついた。
「アリスに手を出すな。」
どこまでも冷たいエリオスの声に。
「ああ、貴方は‥私のことなどー。」
うつむいた彼の背中が動いたように見えた。
「哀しい、悲しい、哀しいー!!!』
バサバサッと黒い翼が、彼の背中で広がる。
「アリス、逃げろ!!!」
「『黒翼弾』!」
「『聖域』ー」
わたしに背を向けたまま、広がった翼から黒い羽根が一瞬で打ち出された。
「『三重』!」
ブスブスブスッと結界の全面に羽根が刺さり、一瞬で2枚の壁が消える。
パンッとまたエリオスの銃声がしたけれど、ブライドは意に介さず立ち上がった。
「動くな!」
ブライドはエリオスの牽制にも止まらない。
「ああ、ああああー。」
呻く彼の顔が、手が、赤黒く変質していく。
すっかり落ち窪んだ眼窩から、真っ赤な瞳がわたしを射ぬく。
ーもう、『人』にみえない瞳で。
地面に、彼のかけていた黒縁眼鏡が歪んで転がっていた。
(ああ、この肌の色はー。)
今でもはっきりと思い出せる、キャサリンの両腕。
ー魔人 『悲哀』が誕生しました ー