1年生3月:進級テスト(5)
ーつい、ムキになっちゃってね~。
死なせなければ、どうとでも言い訳できる。
生徒の才能を伸ばすためだからさ~。
次の指導方法を考えるためにね~。
でもこんなのは言い訳で。
自分の魔法で相手の魔力を削る手応えに、ハンスは興奮した。
ただ、自分の魔法を試してみたい。
魔王が封じられて16年、とくにこの10年間、魔物たちはとてもおとなしかった。
ダンジョンや谷から出て人を襲うこともなく、人々は久しぶりに平和な日々を過ごしていた。
だから、魔術師が攻撃魔法を使う機会が減った。
治安を担う騎士と違い、魔物や魔獣の相手しかできない魔術師。
活躍の少ない今の世界を憂い、魔王復活を目論む者たちもいるとか。
(そんなことで魔王復活とか、バカはほんとにヤだよ。)
「『炎矢最大射出』」
一撃にMP1,500以上をぶちこんだ大技。
アリスの魔力にあまり変化はなく、まだ充分な魔力が残っているはず。
結界1枚で3本、なら枚数を重ねれば防げる理屈だ。
この20本の矢を防げるのか?
(楽しみだね!)
ハンスが指を振り下ろすと、一斉に炎の矢がアリスに降り注いだ。
矢はアリスを殺さないよう、ある程度の範囲に散らばるようにコントロールしている。
ガガガガガガッ!!!
ステージに何本かがぶつかり、白い煙があふれてアリスがよく見えない。
(どうなった?)
ハンスは無意識に魔力感知で探り、別の存在に気づく。
「『華弾』!」
ステージから撃ち上がった火系魔法をハンスは左手でなんなく受け止める。
派手だけど殺傷力の低い、目眩ましなんかに使われる魔法だ。
「テストに助っ人はよくないなぁ。」
「元々このテストは団体戦ですよね?」
ベリアル・イド・ランス。
彼がアリスを庇うように立っている。
(ちょっと熱くなりすぎたか。)
ハンスは『飛行』を解除してステージに降りた。
アリスたちの周りにはきっちり『聖域』も張られているから、アリスの試験が不成立とも言い難い。
「オーケー、追試は充分合格だよ。」
降参、と両手を上げると、ようやく彼が魔装具を握る力を抜いた。
ベリアルの専用魔装具は短い柄のような形状で炎の刃を発現させる、近距離戦闘向きの武器だ。
(闘る気ありすぎだろ‥。)
担任のことをもうちょい信用してくれないかなと、ハンスは心の中で愚痴をこぼす。
自分なりにいい教師やってるつもりなんだけどな。
「ありがとうございました。」
『聖域』を解除して礼儀正しくアリスが頭を下げてくれたから、まあよしとしよう。
結局、ハンスは3月の給料が1割カットになった。
「クラレール先生の指導免許範囲内だけどね、生徒たちの前でちょっとやりすぎ。」
そう言われただけで、学園長もあまり怒っている感じはない。
「で、ミス・マーカーの実力は?」
「治癒魔法のことは僕の専門外なんで。」
「大神殿がミス・マーカーの引き渡し要求を取り下げた。」
「‥は?」
夏休み明けぐらいからこの半年、ずっと『治癒師の指導は神殿の権限だ』と抗議がきていた。
「昨日のテストで何かありました?」
ハンスは火系魔法のテストに参加していたので、聖属性のアリスの結果は知らない。
ただ、大神殿から試験官、というかテストのための治験者が派遣されてきていた。
魔法による治癒は大神殿の管理下でしか行えないことになっているため、アリスの治癒魔法テストのために前回も今回も学園長が依頼した。
「シスター・マリアの様子がおかしかった。」
まだ若い女性で、一部では『聖女』と呼ばれている幹部クラスの治癒師だ。
『予言』の能力があるとか。
「しばらくミス・マーカーの警護レベルを上げる。春休みも寮に留まるよう、何か課題を作ってくれる?」
「わかりました。防御魔法にはまだ改善すべき点が多いので。」
『聖域』はもっと使い方や範囲を工夫すべきだろう。
多分、本人も魔法のことをよくわかってないんじゃないか。
「ごめんね、君の専門じゃないけどさ、僕らも彼女のことは手探り状態で、君の魔力感知が頼りなんだよ。」
「‥努力します。」
願ったり叶ったりだな。
こぼれる笑みを隠すため、ハンスは学園長に深く頭を下げた。
ハンスが退室した後、学園長は部屋の壁に声をかける。
「ファン、クラレール先生をどう思う?」
「‥‥‥。」
いるはずのファンから返事はない。
「言いたくないってことはあまり好きじゃないのかな?」
ファンは特殊スキルで自らの魔力を遮断することで、ハンスの魔力感知をスルーできる。
もちろんハンスもそのことは気づいているから、ファンを重用することはハンスへの牽制になる。
「‥まったく、最近の若者は生意気だねぇ。」
「『聖女』は必ず守ります。」
「うん、信用してる。君は小さな頃から努力家だった。」
でもね、と学園長の表情が優しくなる。
「彼女に惚れないでくれ。これは上司じゃなくて家族の‥祖父からのお願いだ。」