1年生3月:進級テスト(4)【改稿】
わたしがステージに上がると、すぐ後ろにハンス先生もついてきた。
「あの、先生?」
「始まったら『聖域』で防御よろしくね。」
「始め!」
開始の声で前を見ると、魔法陣が輝き、黒水晶の擬似核が大型魔獣グリズリーに変化していく。
(でかっ‥!)
これまで召喚されたグリズリーよりかなり大型なんだけど!
グリズリーはほとんど熊のフォルムだけど、怪力と異様なスピード、そしてかなり好戦的な魔獣だ。
「ガゥオオォーン!!!」
召喚された巨大グリズリーが仁王立ちで空に向かって咆哮する。
流れ出る魔力の波動なのか、肌にぞわっと鳥肌がたった。
「『聖域』!」
胸元のペンダント『聖女の護印』を起点に、後ろのハンス先生を含む大きさの立方体をイメージする。
わたしの倍くらいの高さから振り下ろされる鋭い爪を、防御結界が受け止める。
ーはずだった。
(発動しない?!)
とっさに体をひねって身をかわしながら、後ろのハンス先生も引っぱり倒す。
「すみません!」
でもそのまま伏せていてください!
空振ったグリズリーはすぐに逆の爪を繰り出してくる!
ー倒すには、恐れずに前に出ろ!
グリズリーの腕の下に滑り込むように踏み込む。
掲げた左腕にグリズリーの爪が掠めたけれど。
「はああっ!!!」
右手の指輪、『聖女の刻印』は当然ナックルの形状に変化済み。
魔力を込めた一撃を、グリズリーの腹に叩き込む!
グリズリーの体は拳が当たったところからパアッと全身が金色に輝きー
ボンッ!
光が弾け、その跡には黒水晶の破片が散らばっていた。
「ーそれまで!」
試験官の先生の声がかかり、わたしは肩の力を抜いた。
とりあえず魔物を倒したから、テストは大丈夫だよね。
「マーカーくーん‥。」
ハンス先生を見ると、うつ伏せに転がっている。
「あああ、すみませんでしたっ!」
すぐに駆け寄って、先生が起き上がるの手伝うと。
「痛たた‥。」
その場に胡座で座り込んだ先生は、痛そうにおでこを押さえた。
ステージの硬い石畳にぶつかって赤くなっているけど、血は出ていない。
「失礼しますね。」
しゃがんで先生の額に右手を当てる。
「『治癒』。」
「へえ‥これはなんともいいねぇ。」
額を何度かさすって、ハンス先生が満足そうに呟いた。
「マーカーくんも左腕、治したほうがいいよ。」
言われてみると、左腕の袖が裂けて血で染まっていた。
グリズリーの爪筋が4本、肌に刻まれてしまっている。
流れる血を見ると急に痛みを感じた。
「あーあぁ‥。」
傷はすぐに癒せたけれど、スカートにまで血が滴っていた。
「これ、落ちるかなぁ‥。」
「なんとかなるでしょ。それより追試ね。」
立ち上がったハンス先生は、今なんて言った?
「つ、い、し。それじゃあ始めるよー。」
「え、え? どうしてですか?」
「さっきの、魔法じゃないよね。」
『聖拳突』はMPを消費するけど、魔法というよりスキルみたいなもの。
「魔法のテストだから、ちゃんと防御魔法使おうか。」
言うなりハンス先生は『飛行』で空中に浮かぶ。
「それじゃあいくよー。」
呑気な声と裏腹に、なんかヤバい感じがする。
試験官の先生をチラ見すると、困惑してるみたいだけど止める感じもない。
わたしはハンス先生を見上げて、構えをとる。
ハンス先生ってどんな魔法を使ってた?
最近は補助魔法講義ばかりで人の攻撃魔法を見ることもなかったし、そもそも対魔法授業なんてやってないよね?!
『攻撃魔法を絶対に人間に使わない。』
魔法学園で徹底的に教え込まれること。
だから逆に、魔法で攻撃されたときの対処授業もない。
防御魔法だって、対魔物相手の授業だ。
「『炎矢』」
ハンス先生の指先に、炎の矢が現れた。
「射出!」
「『聖域』!」
とりあえず結界を発動するしかない!
真っ直ぐに打ち出された矢は、結界の壁に当たって消える。
矢が当たった瞬間に結界がパアッと金色に輝いて、結界に込めた魔力とハンス先生の魔法が相殺された。
(魔力が削られた?!)
これまで魔物の攻撃を受けても全然平気だったのに。
(たしか魔法攻撃を受けたとき‥。)
対抗戦の準決勝、対戦相手の攻撃を妨害したときに結界が砕けたことがあった。
すぐに魔力を補充して結界を立て直す。
「ふーん、1本じゃびくともしないか。」
余裕のハンス先生は、2本の矢を発動させる。
「2倍!」
結界の左右から襲いかかった矢は、結界を相殺して消える。
「3倍!」
1本目、2本目、そして3本目が当たったとき、とうとう結界が消えた。
「4倍!」
ー4本目は耐えられない。
結界の密度を上げる?
それともー。
「『二重聖域』!」
確実に4本を防げるよう、二重に結界を発動する。
外側の結界が3本目の矢で消えて、内側の結界が4本目を受け止めた。
「なるほどね~。」
浮いているハンス先生には攻撃が届かないし、先生に攻撃していいかもわからない。
「やっぱり限界は知っとかないとだよね。」
ハンス先生が真っ直ぐ掲げた指先。
その周りに大量の炎の矢が具現した。
ヤバい、これはヤバい!
「最大射出!」