1年生3月:進級テスト(2)
「貴女の力があれば死を恐れることはありません!」
シスター・マリアの顔がずずいっと迫ってくる。
「誰もが心安らかに、天寿をまっとうする美しい世界‥!」
彼女の大きな瞳は、すぐ目の前にいるわたしを映していない。
「さあミス・マーカー、わたくしと大神殿に参りましょう!」
シスター・マリアは、わたしよりも小さい、か弱い女性だ。
力ずくは気が引けるけど、でも。
「放してください!」
わたしは声を張り上げ、手を振り払ったーはずだった。
シスター・マリアの小さな手は、きっちりとわたしにくいこんで逃がしてくれない。
「貴女はわたしたちとともに、素晴らしい世界を作るべきなのです!」
ーこの人、何か怖い。
「シスター・マリア、わたしはマーカーくんの意思を尊重するとお伝えしていたはずです。」
学園長が助け船を出してくれたけど。
「いいえ、ミス・マーカーはダリア魔法学園より我々大神殿とともにあるべきです。」
彼女は一蹴して断言する。
「ダリア魔法学園に、ミス・マーカーを指導できる人はいません。」
‥勝手に言い切られるとムカッとくるなぁ。
「わたしはこの学園でまだ学ぶことがたくさんあります。」
「いいえ、この学園に治癒師を育てることはできません。」
『治癒師』は治癒魔法を人々に施す魔術師で、この資格がないと人に治癒魔法を使うことができない。
そしてこの資格の権利は全て『大神殿』が握っている。
各地区にある教会、それを束ねる各領地ごとの神殿、そしてそれら全てを治める王都の『大神殿』。
教会に多額の寄付をしないと治癒魔法を受けられないのは、大神殿がそう決めているからだ。
「わたしは『治癒師』にはなりません。」
信念に囚われたシスター・マリアは、わたしの答えに大きく目を見開いた。
「それだけの力を人々のために使わないと?!」
「ーわたしがどうしようと、わたしの自由でしょう。」
「いいえ、少なくとも貴族なら、か弱い人々のために尽くすべきです。」
ー母を助けてくれなかったくせに。
「弱い人のため? ならなぜ治癒に大金が必要なんですか。」
「残念なことに全ての人を救うことは叶いません。お金はその人が努力した証です。努力した人から救うのは当然のこと。」
シスター・マリアは淀みなく答えて。
「貴女が大神殿にきてくだされば、もっと大勢の人を救うことができるでしょう。」
彼女の邪気のない満面の笑顔は、心から大神殿を信じているから。
ダメだ、これは何を言ってもムダなやつだ。
「わたしはこの学園に残ります! 」
「なぜですか?」
「だって、」
わたしの脳裏に、炎で崩れ落ちる聖堂が浮かんだ。
「‥どうしました?」
わたしは聖堂の天井を見上げた。
脳裏に浮かんだのは、『魔法復活』のシーン。
炎に包まれた聖堂の屋根を打ち破って、夜空高くに浮かぶ魔王。
『ああ、久しぶりの血の匂い‥みなの者、盛大に喰らい尽くせ!!』
復活した魔王の高笑いが夜空に響き渡り、魔人たちの攻撃がー。
「いやぁぁぁ!!!」
シスター・マリアが悲鳴を上げて、自分の頭を抱え込むようにうずくまった。
「シスター・マリア?!」
すぐに学園長が駆け寄ってくれる。
「どうされましたか?」
学園長はわたしとシスター・マリアの間に入って、震えている彼女の背をなでながら壇上の椅子に座らせる。
「お前はこっちだ。」
音もなくわたしの背後にきていたファンさんに引かれて、祭壇から降りる。
「マーカーくんは教室に戻っていいよ。」
学園長の言葉の意味は、ここから離れてほしいということ。
すぐに察したファンさんは、わたしの手をとると何も言わずに聖堂正面の扉に向かう。
ファンさんはそっと扉を開けて外を伺ってから、わたしを護るように先に聖堂から出た。
それから手を引かれてわたしも外に出る。
「教室か? 寮か?」
「寮です。」
「そうか。」
ファンさんは進む方向を変える。
「あの、学園の中なので‥。」
「それでも用心しろ。」
「いえ。手を、」
「ん?」
ファンさんがいきなり立ち止まった。
繋いだままの自分の手とわたしの手を見つめて、パッと離す。
「いや、これはその、」
わたしから背けたファンさんの顔が赤くなっているように見えた。
「その、まあ、とにかく寮へ帰ろう。」
‥ファンさんが動揺した?
彼の表情を見たいけれど、大きな背中でわからなかった。