1年生3月:進級テスト(1)
後期試験は3日間で、1日目が筆記、残り2日間が実技だった。
進級と2年生のクラス分けがかかった今回は、みんな意気込みが違う。
筆記は魔法歴史学がテスト形式、魔法経済学と魔法法律学が論文形式で、論文がかなり面倒だった。
事前にテーマ5本が示されていたけど、試験に出るのはひとつだけ。
試験前日に出回った情報はデマで、見事に的中したのはリリカの分析だった。
経済学も法律学も的中させるなんて、リリカ、恐ろしい娘‥!
おかげでわたしたちはちょっとだけ余裕を持って、2日目の『実技テスト(属性別)』を受ける。
A組女子はみんな得意な魔法属性がバラバラ。
イマリは『風』、リリカは『水』、スーザンは『人』、わたしは『聖』。
スーザンは肉体強化系の補助魔法を使うのだけど、『聖』又は『魔』属性でない対人魔法は全て『人』にカテゴライズされるそう。
他にも『火』、『土』、『雷』があり、基本の5大精霊魔法+『人』、『聖』、『魔』で8属性、が王国での分類だ。
ちなみに『魔』属性は即死魔法とかかなりヤバイもので、これを使えることを公言する人はいない。
わたしが指定された『聖属性』テスト会場は前期と同じ、学園内の聖堂だった。
聖堂に普段の授業で来ることがないから、扉を開けるのにちょっと緊張してしまう。
「アリス・エアル・マーカー、入ります。」
ノックの後、しっかり名乗ってから両開きの扉を手前に引く。
正面の祭壇に、見たことのないシスターが立っていた。
「前へどうぞ。」
まるで鈴の音のように澄みきった彼女の声は、小さくてもはっきり届く。
細い体を覆うローブと帽子は、よく見るシスターの黒い衣装ではなくラベンダー色。
透き通る白い肌に大きな黒い瞳と潤んだ唇が際立つ、とにかく『美しい』女性だった。
「大神殿から参りました、シスター・マリアと申します。」
深々とお辞儀をされ、わたしも頭を下げる。
「ダリア魔法学園1年、アリス・エアル・マーカーです。」
「それでは、こちらへどうぞ。」
シスター・マリアは壇上に準備された椅子を示した。
祭壇の下に広がるたくさんの座席を見下ろす位置にある、立派な椅子。
「マーカーくん、座って。」
迷っていたら、座席の端の方に座っていた学園長にそう言われる。
その後ろに立っているファンさんと目があったら、彼も『座れ』というように頷いた。
「失礼します。」
「ええ、では始めましょう。」
シスター・マリアがベルを鳴らすと、祭壇の横の扉が開いて、普通の黒いローブの男性とそれから何人かが現れて、わたしたちの前に横一列に並んだ。
祭壇上のわたしたちを見上げる彼らは、3人は体のどこかに包帯を巻いていて、1組は車椅子に座っている女性と彼女に抱っこされた女の子と介助する男性の家族だ。
「彼らに治癒の魔法をかけてください。」
まあ、この展開は予想どおり。
「はい。」
わたしは立ち上って壇上から降りると、まず1番端の右腕を三角巾で吊っている男性に声をかける。
「右手にお怪我をされたんですか?」
「ああ、折っちまって仕事にならねぇ。」
そう若くない男性はぶっきらぼうに答える。
体格いいし、大工さんとかの職人さんかな。
「ちょっと失礼しますね。」
わたしは三角巾から出ている彼のごつい手を両手で包み込む。
触れている手のひらから魔力を送り込むと、手のひらの先で引っかかる感覚がある。
これくらいなら‥。
「『治癒』」
呪文とともに発生した金色の光は、ちょうど三角巾の中に吸い込まれるようにして消えた。
「どうでしょうか?」
男性は黙ったまま三角巾から腕を引き抜くと、腕や指の動きを確かめていたけど。
「‥あんたすげぇな、完璧だ。」
「治ってよかったです。」
わたしは彼に頭を下げてから、次の人、また次の人、そして車椅子の女性を治癒する。
最後の中年の女性は、怪我でなくて病気だった。
頭痛が酷くて歩けないというので頭を触らせてもらったら、左耳の後ろのあたりがひどく熱をもっていたので『慈愛』を使う。
1度では心もとなくて、右手をずらしながら何回か魔法をかけた。
その間、小さな女の子はお父さんとぎゅっと手を繋いで、不安そうにお母さんを見つめていた。
「嘘、痛みが引いた‥。」
治療が終わり、彼女がわたしの手を握りしめる。
「ありがとうございます‥!」
「これからはあまり我慢しないで、痛みがひどくなる前に治療を受けてくださいね。」
いつもお母さんは自分を後回しにするから。
故郷の母は『ママは大丈夫よ』と言って、そうして無理を重ねていった。
「ありがとうございました。」
4人の治療が終わると、男性の神官は全員を連れて聖堂を出ていった。
これで実技テスト終了でいいのかな?
でも学園長を見ると、どちらかというと浮かない表情をしている。
「素晴らしいですわ!」
シスター・マリアの透明な声が聖堂に響いた。
「ミス・マーカー、貴女の治癒魔法は完璧です。」
絹の手袋に包まれた彼女の手が、思いがけず強い力でわたしの両手を握りしめる。
間近に迫った彼女の白い頬は、薔薇色に上気していた。
「これほどのレベルなら、今すぐに大神殿の治癒師を任せられますね!」