1年生5月:授業(2:経済)
経済の授業は、魔法による経済活動への干渉可能範囲、ギルドで請け負った仕事の報酬手続きや納税申告について、実は会計士の資格があるハンス先生の講義だ。
ギルド登録の冒険者は個人事業主なので、報酬の管理や経費処理、納税手続きなどをきちんと知っていないと、何かと損をしてしまう。危険な仕事なので依頼によっては役所から補助金がもらえることもあるのだが、こういうのは自分で申請しないといけない。
学園の卒業生の2割弱ぐらいが冒険者になり、2割がさらに大学まで進み、1割が家を継ぎ、半分くらいの生徒が就職するそうだ。学園でそれなりの成績をとっていれば、就職には困らないとのこと。
卒業すると大半の生徒が社会に出るので、社会常識もこの経済の授業で教えられる。
何年か前に儲かる話にころっと騙されて裏社会に引きずりこまれた卒業生がいたとか。
下手に魔力のある子供など、闇社会のいいカモでしかない。
まあ、わたしは卒業後のことなんてまだ考えられないけど。
レベルが25になったら学生でもギルドに登録して仕事を請け負えるそうだから、知っといて損はない。
農作物の成長を魔法で早めた場合の売値への影響や報酬の相場、医療保険の仕組みや怪我をしたときにかかりたい名医10人など、日により内容は結構バラバラだった。
今日は魔物討伐の収益性について。
(例題)
20キロ離れた村から、中型の魔物(推定オーク)3匹の討伐依頼がありました。
この依頼を自分の班のパーティーで受けるならば、いくらで受けるべきでしょうか。
ただし村に着いてからの滞在費はかからないものとします。
「問題は俺たちでオーク3匹の討伐ができるかだよな。」
サイモンの問いかけにジャックが応じる。
「1匹ずつならやれるだろう。」
「まだ1対1は危険だな。みんなで1匹ずつ…ネオン、足止めは可能か?」
「…まあ、まとめて眠らせちゃえば大丈夫かな。」
サイモンとジャックは攻撃型、ネオンは支援魔法を得意としている。
「先に1匹倒せばほぼ勝ちだ。アリスの回復魔法があれば無理もできるし。」
サイモンの提案は、無理に倒さずに足止めに徹しての持久戦。
攻撃型のサイモン&ジャックが前衛でネオンが後方支援、治癒魔法専門のわたしが回復担当。
わたしたち4班のオーソドックスな戦略だ。
「ごめんなさい、攻撃のお役にたてなくて。」
まあ、中型までなら多分延髄蹴りで倒せるけどね!
…というのは当然クラスメイトには秘密にしている。
「20キロなら移動は馬車だよなー。半日借りると6,000リエンくらいだな。」
「オークのサイズによるけど、討伐報酬ってよくて1匹2万リエンくらいだろ。小型だと1万リエンだぞ。4人で3万リエンじゃ割が悪くないか?」
「経費引いたら一人あたり6,000リエンか。半日で終わるなら有り?」
リエン、というのが王国の通貨で、銅貨1枚が100リエン、銀貨1枚が1万リエン、金貨1枚が10万リエン。
ハンス先生のお給料が手取りで大体25万リエンらしいので、ほぼ1リエン=1円、のレートだ。
高校生のアルバイトで半日6,000円なら有りかも。
「いくらで受ける?」
「銀貨5枚は欲張りかな? うちは4人だから、まけて銀貨4枚か。」
日常生活では、銅貨何枚、銀貨何枚という表記が多い。
銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚。
市場なんかでは大抵の商品が銅貨10枚くらいまでの値段なので、単純に数字が小さくて分かりやすいかららしい。
「じゃあ銀貨4枚で。みんなそれでいいな?」
「それじゃ、1班から発表してくれる?」
はいっ、とキャサリン・アーチャーが前に出る。
「わたしたちは銀貨1枚で依頼を受けます!」
「ん~、それじゃ全然足りないよね~?」
ハンス先生の突っ込みにキャサリンはぐいっと胸を張る。
「討伐はわたし一人で行くので、銀貨1枚で大丈夫です!」
「村まではどうするのかな?」
「自分の馬で行くのでタダです!」
「班のメンバーは稼げないけどいいの~?」
「うちの店で日給銀貨1枚でアルバイトをしてもらいます!」
「あー言えばこー言うかぁ。」
「村は経費が安く済むし、みんなは安全にお金を稼げるし、全部オッケーです!」
ハンス先生は苦笑し、じゃあ次は2班…とキャサリンをスルーしかけたけど。
「ミス・アーチャーひとりでオーク3匹は無理です。」
わたしの左の席、ベリアルが手を上げて立ち上がった。
「君の氷系魔法は皮膚の厚いオークと相性が悪いよ。一人で3匹を同時に相手するつもり?」
「もちろん支援アイテムを持っていくわ。アーチャー商会製よ、いい宣伝になるわ!」
なるほど、自社製品のPRを兼ねて安い報酬で討伐を受けると。
でもこのやり方、他の冒険者の反感を買って炎上するような…。
「アーチャー商会の捕獲用マジックアイテムは銀貨1枚じゃ足りないよね? 採算割れだ。」
「構いませんわ、損して元取れと言うでしょう?」
キャサリンの席は一番右側の一番前、ベリアルの席は一番左側の一番後ろ。
教室の対角線で言い合いが始まってしまった。
「ハンス先生、止めてください!」
リリカが慌てて手を上げるけど。
「いーねいーねぇ、盛り上がってくれると先生嬉しいな~。」
先生は愉快そうに手を叩くと、
「中途半端になっちゃったけど、この授業はここまでにしよう。2班から5班の作戦は僕に提出してくれる? 午後からの魔法実技は今の設問どおりオーク3匹討伐のシミュレーションする予定なんだよねー。」
カラン、カランと授業終了の鐘が響いた。
「今の班の作戦でやってもらうから、準備しておいてねー。あーあ、午後が楽しみだな~。」