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1年生2月:後始末

ゲレンデの端の木の根もとに横たわる竜の口に、ファンは厨房からわけてもらった生肉をひとかたまりずつ放り込んだ。

「よーしよしよし、これからまた飛ぶからな。」

額のあたりを手のひらで擦ると、竜は気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。

美しい純白の竜。

竜の寿命からするとまだ幼いのだが、学園長がもう50年くらい飼っていて、ファンにもよく懐いている。


「こんな暗くて飛べるの?」

ファンが振り返ると、黒いマフラーに顔をうずめたハンスが封筒を差し出してきた。

「暗くても『巣』には戻れるので。」

「そういうもの? それならこの報告書、学園長に渡してくれる?」

ファンは書類を黙って受けとると、背中のリュックに入れた。

「君たちもゆっくりしていったら?」

「竜をこの島から早く出したい。」

「まあ、それがいいかもね~。」


『フォッグ・アイランド』は古代、海皇が作ったという神話がある。

あくまで神話レベルの話だが、事実、この島には魔物が出ない。

聖戦時、魔王の影響で世界に魔物が溢れたときでも、1体も発生しなかった。

この島の環境が魔物に向かないからか、もしくは海皇が守っているからか。

どちらにしても魔物は長居しないほうがよさそうだ。


「でもファンくんが来てくれて助かったよ。場所がわかってもたどり着けなきゃ意味ないしね。」

地形に邪魔されて感知できずにいたアリスの魔力。

学園長に遭難報告を入れたら、1時間もしないうちにファンが竜で飛んできた。

竜で上から探していたから、突然現れた魔力の元にすぐ向かうことができた。

「先生の感知スキルがあったから。」

「あれはもう感知とか関係なかったよねー。」


木々の間から細くても煌々と立ち上った光の柱。


まるで、天から光が降ってきているようだった。


「一晩助けられなかったら子供は死んじゃったよね~。」

ファンはこういうことを軽く笑って言うハンスが苦手だった。

「帰ります。」

「うん、気をつけてね~。」

ファンが竜の背に乗ると、白竜は優雅に翼を広げてふわりと舞い上がる。


「ー早く帰れ。」


竜からの風圧を魔法で受け流し、ファンに聞こえないとわかっていてハンスはあえて口に出した。

もちろん笑顔で手を振りながら。


学園長直属のファンが今回の研修についてこなかったのはラッキーだった。

せっかくアリスを楽しむつもりだったのに、今日はまさかの遭難騒ぎ。

もう11時が近く、生徒たちは就寝してしまった。

アリスも10時の消灯時間をちょっとすぎたくらいで部屋に戻れたはずだ。


「暇潰ししてくるかぁ~。」

ハンスはホテルに戻らず、そのまま外に出る。

山合のホテルだが、20分も歩くと繁華街が広がる。

温泉地の飲み屋街は日付を越えて営業している店も多く、ハンスは通りの裏にある小さなバーの隅の席に座った。

「ビールね~。」

ろくにメニューも見ずに女の子にオーダーする。


「だからさ、王都で儲け話があるんだよ!」

カウンターの男がご機嫌で飲んでいる。

「でもお前さ、執行猶予中だろ。王都入れんの?」

「知り合いに頼んでなんとかするさ。」

「偽造か? 金無いだろ。 」

「こんな金蔓逃せるかよ、俺は王都で一旗上げてやるぜ!」


さんざん飲んで騒いで、その男たちは飲み代を『ツケ』にして店を出ていった。

しばらくしてから、ハンスも店を出る。


王国人は誰でも魔力を持っている。

『魔力感知』は魔力の多い人から引っかかるが、ハンスは個体登録した人間なら魔力が少なくても探すことができる。

例えば、一般人の元店長であっても。


元店長が小さな小屋に入ろうと鍵を開けたとき、背中から腕をひねりあげ、無人の部屋の中に押しこむ。


「ー!」

声を上げられないよう、口元に腕を回して締め付ける。

(このまま首を折ってもいいけどさ。)

死体が見つかると面倒だ。


ハンスは黒のマフラーを鼻までずり上げる。

「『滅却デストロイ』」

範囲を精密に制御した高熱魔法。

対象を完璧に焼き尽くし、数十秒でそれを消し炭と化す。


ハンスが足で蹴飛ばすと、部屋の中に細かな炭が散る。

いつものことだが、ハンスは息を止めて距離をとる。


こんなの、絶対吸い込みたくない。


形がわからなくなるまで足で踏み潰したあと、ハンスは『飛行フライ』で足跡をつけないように小屋を出る。


ーああ、月が綺麗だ。


ハンスは機嫌良くホテルへ向かって飛ぶ。

開けておいた窓から部屋に戻ってベッドに寝転がると、ハンスは満たされた気持ちで目を閉じた。


次の日、ダリア魔法学園1年生一行は予定どおりホテルを出発し、王都へ帰った。

『フォッグ・アイランド』で金の無い素行の悪い男が一人行方不明になったことは、なんの疑いもなく『失踪』で処理され、話題にもならなかった。


当然、アリスの耳にも入らなかった。

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