1年生2月:林間学校(7)【改稿】
そうして日が暮れた。
もともと薄暗かったけれど、日が沈むとほんとに周りが見えなくなる。
とっぷり暮れる前に休めそうな横穴を見つけて、ミハイルくんを膝に抱っこしてくっついて座った。
わたしは防水のスキーウェアだけど、彼の服は厚手でも雪が染みてきて冷たくなっている。
「寒いよぉ‥。」
震えるミハイルくんを覆い被さるように抱きしめる。
ベリアルみたいに火の魔法が使えたらいいんだけど、わたしが使えるのは治癒魔法だけ。
警戒して『聖域』を発動しているから『魔力感応の腕輪』の光でお互いは見えるけれど、ちょっと先はもう真っ暗だった。
「そうだ、これ使って。」
昼間にベリアルからもらったカイロを、ミハイルくんに握らせる。
「あったか~い、これなあに?」
ミハイルくんはカイロにほおずりをする。
「魔法のカイロよ。わたしのお友達が作ったの。」
「僕のお友達もね、紙飛行機すっごく上手に作るんだよ!」
遭難に備えてポーチに入れていたお菓子を食べながら、いろいろお話ししてくれる。
「あのね、幼稚園でね、」
「妹がね、もう歩けるようになってね、」
「それでね、ママがね、」
二人で寄り添って調子よくおしゃべりしていたけど、ミハイルくんがそこで言い淀んだ。
「‥僕、もうママと会えないのかな‥。」
「会えるわよ、もうすぐ助けがくるからね。」
「でもこのまま死んじゃったら‥。」
涙目になってしまった彼を安心させたくて。
「大丈夫よ、わたしが魔法でー」
「ーアリスお姉ちゃん?」
黙ってしまったわたしを、ミハイルくんが不安げに見上げる。
わたし、何を言いかけた?
『魔法で生き返らせてあげるから。』
死んでも生き返らせれば大丈夫って。
「ーわたしはー」
わたしは馬鹿だ。
いつの間に、こんな考えになっていたんだろう。
考えて、アリス。
この子を家族の元へ返す方法が必ずある。
わたしの使える魔法、アイテム、何でもいい。
ここにいると助けを呼ぶ方法が。
遭難して6時間くらいたっている。
自由時間終わりの集合時間からも3時間。
魔力感知ができるハンス先生がいるのに救援が来ないのは、わたしの位置が感知できずにいるからだろう。
(沢に落ちたから?)
山の地形が邪魔をしているのかもしれない。
「ちょっと外を見てくるね。」
横穴から出ようとすると、怖いからとミハイルくんもついてきた。
山の中は真っ暗で、周りの状況は全く見えない。
雪山の沢の底は冷気が沈みこんできて、このままだと凍死確定コースだ。
とりあえずここから脱出しないと。
「クララ!」
左手の『召喚の輪』を発動させると、クラーケンのクララが10歳くらいの可愛い女の子の姿で現れた‥両腕はツルッとした触手だけど。
「さむーい、ここ寒いよ~。」
「えー、だあれ?」
わたしにぎゅっと抱きつくクララをミハイルくんがきょとんと見上げる。
「クララ、寒いの苦手~。」
「お姉ちゃん、これ使って。」
ミハイルくんがベリアル製の魔法カイロを差し出す。
クララは器用に触手で絡めとると笑顔になった。
「あったかいの好き~。」
「ねえクララ。」
しゃがみこんで両手で子供たちを抱き寄せると、ちょっとお母さん気分。
「わたしとミハイルくんを海皇さまのところに連れていける?」
「ダメ。」
‥即答された。
「ダメかな?」
「お水足りなくてゲート開かないし、それに。」
クララはミハイルくんの鼻をぷにっと指で押す。
「アリス以外は海皇さまの国で生きられない。」
「ーそうなの?」
「うん、ジャスさまと子供のアリスだけ、特別。」
前から謎だけど、海皇さまと父の関係って‥。
いや、その追及はまた後日にしよう。
「じゃあ‥。」
クララの本体なら。
「クラーケンの姿になったら、わたしたちを山の上に連れていける?」
クララはふるふると首を横に振る。
「アリスの魔力じゃ足りない。」
「足りないの?!」
「ここお水少ないから、元の姿になるにはすごく魔力いる。」
‥魔力量には自信あったんだけどなぁ。
「クララ、役に立てない?」
「そんなことないよ、ミハイルくんが怖くないようにぎゅっとしていてくれる?」
「いーよ、この子あったかいのくれたから守ってあげる。」
よっぽどカイロが気に入ったみたい。
「うん、ミハイルくんがケガしないように守ってね。」
クララの頭を撫でてお願いすると、うん!と笑顔でうなずいてくれた。
この沢から上がれれば、きっと見つけてもらえる。
沢を進んで辺りを見回すけど、山肌の様子は暗くてよくわからない。
そのかわり空を見上げると、枝の隙間からきれいな満月が見えた。
空に隙間があるのなら。
『飛行』が使えないわたしが、唯一空を飛ぶ方法がある。