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1年生2月:林間学校(5)

「わたし、忘れっぽいものだから。」


キャサリンからのいじわるなんてもう覚えていませんわ。

レナードから夏に告白されたことも気にしていませんわ。


という表情でレナードの台詞をスルーする。

『これから一緒に滑らない?』とのお誘いは『ちょっと疲れてしまったので』と当たり障りなくお断りした。


遭難イベントが失敗してしまって、なんとなく滑る気持ちになれない。

だけど中で座っているのもサボってるみたいで、とりあえず外に出てベンチに座る。


「やあ、アリス。」

隣から声をかけられて見ると、ベリアルがジャージ姿で本を読んでいる。

「あらベリアル‥そんな格好で寒くありませんの?」

「ああこれ?」

ベリアルが彼の隣にわたしを手招きするのでそっちに座り直すと。

「ここ、暖かいわ。」

そのベンチだけエアコンの効いた部屋の中のようだった。

「だろう? 魔法で温度を上げてみたんだ。」


ベリアルが魔法を使って快適にサボってるとか、ちょっと意外。

そんな気持ちが顔に出ていたみたい。

「コース外を滑ってたらハンス先生に見つかって、スキーセット没収されちゃってさ。」


‥それだとわたしじゃなくてベリアルの遭難イベントが発生しちゃうじゃない。


「コース外に出たら危ないでしょう。」

「んー、まあここはよく来るし、いつもやってたからつい。でも学校行事でやるのはダメだったな。」

ベリアルが苦笑したのでわたしもつられて笑う。

「それはそうですわね。」

「アリスは滑らないの?」

「かなり滑りましたので少し休憩です。」


目の前は雪遊びスペースで、まだ滑れない小さな子たちが雪だるまや動物を作ったり穴を掘ったり、楽しそうに声を上げている。

「こういうの、いいですね。」

「アリスは子供好きなの?」

「子供というか、みんなの笑顔が好きなんです。」


「‥だから‥。」

アリスは笑顔が多いのかな。


「何か言いました?」

ベリアルの声が聞き取れなかった。

「いやなにも‥そうだ、これ使ってみてくれない?」

ベリアルが小さな白いものを差し出す。

「試作品だから、意見もらえると嬉しい。」

ほんのり温かいそれは見た目、感触ともに『カイロ』だった。


「魔力充填すると10時間くらい温かいから。大きさとか熱さとか、使い心地を教えてよ。」

生なりの綿の袋の中に砂ではなく小さな粒が入っているようだ。


「ベリアルが作ったんですか?」

「ああ。でもちょっとウォール先輩に相談したけど。」

エリオスに?

「あの人オリジナルの魔道具いろいろ作ってるらしくて、視点がちょっと変わってるんだよな。」

「エリオス先輩が『変わり者』ってイメージないですけど。」

「全然聞いたこともないようなアイディアを出してくるんだよ。」

これもさ、と別の『カイロ』を出して。


「『鉄を真空パックにして使い捨てにしたらいいでしょう。』ってさらっと言ったけど、よく聞いたら『密封』するのが難しい。」

‥それは前世の使い捨てカイロの作り方だわ。


「もっと誰でも作れて繰り返し使えるようなのにしたいんだ。」

「この中身はなんですの?」

「加工途中で屑になった銀水晶と砂を混ぜて固めた粒。他に呪加工もしてるけど、詳しくは秘密かな。」


冬、農作業でわたしもよくしもやけになっていた。

水を汲んだあとは、濡れた指先に刺すような痛みがくる。

「わたしもこれがあったら楽だったのかしら‥。」

この島で母と慎ましく暮らした日々。

目の前の優雅なリゾート風景が、ふと遠く感じられた。


「アリス?」

「ミッくん、ミッくんどこ?!」


物思いに沈みかけたわたしを女性の大声が引き戻す。

幼い女の子を抱っこした若い女性が、子供の名前を呼びながら雪遊びスペースを探し回っていた。

「ミッくん、ミハイルー、お返事してちょうだい!」


ベリアルが動く方が早かった。

「どうされましたか?」

「あの、赤いジャンパーを着た男の子を見ませんでしたか? 5才でこのくらいの背なんです。この子とトイレに行ってる間にいなくなってしまって‥。」

作りかけの雪だるまのそばに、黄色のバケツとスコップが転がっている。

その先の柵の根本に白いウサギがいた。

わたしと目が合うとくるりとお尻を向ける。


ひょとしてこれは。


「お母さんは施設のスタッフさんに伝えてください。人手が多い方がいい。この辺りは俺たちが探しますから。ミハイルくん、ですね?」

「ええ、わたしと同じ茶色の髪と目の子供です。」

「わかりました。アリスも‥。」


わたしは、逃げるウサギを追いかけ始めていた。


「アリス?!」


これはきっと、遭難イベントの再発動。

他の人を巻き込んで。

そんなこと。


「助けないとー」


追いかけるウサギの耳が動く。

ロッジの裏に広がる雑木林、木の根もとに赤い影。

「ウサちゃん、待ってぇ!」

黒いウサギがぴょんぴょん跳ねる。

手の入っていない林の中を、右に左に一面の白い雪が覆った斜面を下りていく。


「捕まえたぁ!」

勢いよくウサギに飛び付いた子供は、力余って前に転倒するとそのままコロコロと雪原を転がり落ち始めた。

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