1年生2月:林間学校(4)
林間学校2日目もゲレンデはいい天気。
今日はずっとフリータイムになっている。
リリカは彼氏と2人でコースに出ているし、イマリはモーグルコースを滑りに行ってしまった。
スーザンは午前中の初心者講座を申し込んだからとそっちへ。
わたしは上級者コースを滑ることにしてリフトに乗る。
平日でも年配の方や子供のお客さんがけっこう来ているみたい。
おじいちゃんとお孫さんなのか、一緒に雪だるまを作っていて微笑ましい。
祖父も、父と雪遊びをしたのだろうか。
母が住んでいる領主館は、この島ではなく対岸の市街地にあるらしい。
そこならお父さんの思い出があるのかな。
上級者コースで滑っているのは10人もいないくらいだった。
今日の目的は遭難イベントのクリア。
遭難しやすいように独りでガンガン滑ってみよう!
と滑っていると、昨日も気になった上手い人がいる。
ちょっとカッコつけてるかもだけど、ターンが派手で目を引き付ける滑りだった。
ゴーグルで見えないけど、すれ違ったときに目が合ったように思うのは気のせい?
(ゲレンデがとけるほど、だったかな。)
スキーウェアにゴーグルで誰かわからないからか、勝手にイケメンを想像してしまう。
彼がほんとにカッコよかったら、運命っぽく盛り上がっちゃうのかも。
「恋、かぁ‥。」
イマリもリリカもスーザンも、なんだかキラキラしてみえる。
わたしは‥。
「さあ、さっさと遭難しよう。」
なるべく人が少ないコースの端の方を勢いよく滑り降りる、4本目のテイク。
4分の1ほどの辺りで、茶色のウサギが勢いよくわたしの前に飛び出してきた。
これだ!
バランスを崩した先はちょうど柵の切れているところ。
この隙間から一気にコースアウトをー。
「『盾壁』」
わたしの目の前に雪に覆われた土壁が出現した!
「ぅわっ!‥」
上げかけた声と一緒に全身が雪の壁に埋まる。
痛くないけどコントのようにすっぽり雪に埋まってしまって‥息ができないんですけど!
「マーカーさん、大丈夫?!」
すぐに誰かがわたしの胸の辺りに手を回して引き抜いてくれたのだけど、右足が抜けなくてそのまま仰向けにひっくり返ってしまった。
救援者を全身で下敷きにして。
「ごめんなさいごめんなさい!」
慌てて横に転がったら、スキー板で変な方向に足首を捻ってしまった。
「ゆっくりで大丈夫だから、立てる?」
わたしに手を伸ばしてくれた彼は。
「オマールくん‥。」
クラスメイトのレナード・ダイス・オマールだった。
土系魔法が得意な成績上位者で新生徒会の会計担当、和かな物腰でマメなところが癒されると密かに上級生に人気の彼は、わたしの攻略キャラクターじゃない。
「とっさに魔法選べなくて。もっと上手く止められなくてごめん。」
レナードはわたしについた雪を払いながら逆に謝ってくれる。
「そんな、助けてくれたのに謝らないでください。」
レナードは伯爵家の息子なので、ご令嬢スイッチをオンにする。
「マーカーさんすごくスキー上手いのに、さっきはどうしたの?」
「それが、目の前にウサギが出てきてびっくりしてしまったんです。」
「ああ、この山っていろいろ動物が出るみたいだね。」
レジャー開発されているのは一部だけで、深い自然の山には熊や猪が住んでいる。
このスキーコースは結界石の柵で囲っているから安全です、とホテルから説明された。
「一度下まで降りようか。できたら着替えか、乾かしたほうがいいよ。」
「そうですね、そうしますわ。」
「うん、スキー板は僕が持つよ。」
そんな悪いし、と断りかけて思い直す。
貴族社会はレディファーストなところがある。
女性は慎ましく男を立てるべし、なんて古い価値観と混在してるからよく忘れてしまうけど。
「ありがとうございます。」
わたしはとびきり清楚な微笑みをレナードに返した。
助けられた瞬間、昨日から目にとまるあの彼が助けてくれたと、とっさに期待したことは忘れてしまおう。
生徒会のことや来月の試験のことを話しながらロッジにつくとちょうどお昼前で、流れでレナードと一緒に食べることになった。
パスタランチを待っている間にタオルで髪を拭いて、足の怪我にも『治癒』をかける。
「けっこう光るんですね。」
たいした魔力じゃないのに、魔力感応の腕輪が懐中電灯なみに光った。
「怪我を治せるって凄いよね。」
「そんなことありません。わたしなんてまだまだですわ。」
「いや、君の力は神殿より全然、」
「お待たせしました~。」
そこでカニクリームパスタがきたので、手を合わせてからしばらくパスタを味わう。
「そういえば最近女子4人で仲がいいよね?」
「ええ、みなさん素敵な方ばかりで。」
「リリカが仲良くなるとか意外だったな。中等部ではキャサリンとばっかりだったのに。」
レナードはリリカたちと同じローズ魔法学園中等部の出身だ。
「まあキャサリンがいなくなって良かったよ。」
「‥そうですか?」
「一人でクラスをかき回して、マーカーさんなんて最後襲われたでしょ。」
「でもみんな無事でしたし。」
リリカと話していると、キャサリンのことも可愛く思えてきた。
こういうのがご縁なんだと思う。
「わたしは次にキャサリンさんと会ったら仲良くなれそうな気がします。」
「そうなんだね。」
レナードは綺麗に食べ終わったお皿に丁寧にフォークを置く。
「君のそういうところ、やっぱりすごく好きだな。」