1年生2月:林間学校(1)
冬は空気が澄んでいるからか、青空の色が少し寂しく感じる。
快晴のゲレンデは、午後の日射しがゴーグルごしでもくらつくような煌めきで溢れている。
ダリア魔法学園1年生総勢99名は、今日から2泊3日で林間学校にきている。
ホテルに到着してお昼ご飯を食べてから、班ごとにインストラクターについてスキー講習が始まった。
王都から船で3時間ほど北上したところにある小さな島は、夏はオーシャンブルー、冬は温泉と白銀の世界を楽しめる、王国きってのリゾート地『フォッグ・アイランド』。
貴族の別荘や大型のホテルだけでなく、庶民向けの保養所も並んでいて湯治客がのんびり過ごす、わたしの故郷だ。
母は元気な頃、幼いわたしを抱えてホテルで住み込みの仲居をしていたらしい。
小学校に行く頃には、母はリゾート地から離れた農村のはじっこに家を借りて、通いの家政婦をしていた。
わたしは近所の子供のお守りをしたり、畑を手伝ったり、穏やかな生活を2年ほど前までしていたのだけど。
「まさかこんな高級リゾートに自分が来るなんて‥。」
わたしにとってこの辺りは『働く場所』で、『楽しむ場所』じゃなかった。
臨海学校の宿泊棟は『研修所』って雰囲気だったけど、今日のホテルは完全なリゾート仕様。ツインベッドの部屋にリリカと泊まる。
クラスを出席番号で2班に分けているので、スキー班もリリカと一緒だ。
インストラクターの基本講座を受けてリフトで上がってみたら、上からの景色が絶景で。
「この景色は凄いわ‥マーカー子爵領が潤うはずね。」
リリカの言葉にわたしは曖昧にうなずく。
母と住んでいたときは、『フォッグ・アイランド』がマーカー子爵領だと知らなかったのだ。
毎日暮らしていくのに必死で、領主とか政治とか考えたこともなかった。
領主って知事みたいな存在でその地域を治めているけど、テレビのないこの世界、領主の顔を見ることなんてそうそうない。
『フォッグ・アイランド』とその対岸に広がる本土の領地を祖父が治めている。
『今年はもっと社交界に顔を出すことになりますから、きちんとお話しをできるようになりましょう。』
と執事さんがマーカー子爵家の歴史や領地の報告書を書斎に山積みにしてくれて。
祖父の騎士団での活躍や祖母とのなれそめ、父の魔法学園での成績や魔術師団の記録を読んだ。
そこで祖母が父を産んですぐ亡くなっていて、祖父は再婚せずに父を育て上げたことを初めて知った。
屋敷にほとんど父の面影がないのは、祖父の悲しみが深すぎるからかもしれない。
「ほらリリカ、滑ろう!」
今回の林間学校は基本魔法NGの、普通のスキー合宿みたいなもの。
だから全クラス合同で、身体機能の向上や団体行動の和、生徒同士の親睦を目的としている。
今日はめいいっぱい楽しまないと!
ほんとはスノボの方が得意だけど、スキーもそれなりに滑れる。
ダリア魔法学園ではあまり体を動かす時間がない。
体育の授業も部活もないから自分で地味に筋トレしたり走ったりしているけど、やっぱり友達と一緒にできたらな、と思っていた。
まずは慣らしで下まで滑って、またリフトで上がる。
みんななんとなくレベルごとに固まって滑っているみたい。
中にすごく上手い人がいた。
体の軸が全然ぶれずに、美しい軌跡で滑り降りていく。
「すごい上手い‥カッコいい‥。」
ゴーグルで誰かわからないけど、わたしもあんな風に滑りたいな。
日が暮れるまで、わたしはゲレンデを滑り続けた。
「あー、もう汗だく!」
ホテルの専用更衣室でスキーウェアを脱ぐと、下着がべったりと肌に張り付いていた。
「アリスは初日からとばしすぎじゃないの?」
「いいの、今日だけだから。」
わたしの答えにリリカは首をかしげたけど、先にいくわとタオルを巻いて温泉の方に入っていった。
「アリス様、スキーもお得意だなんてさすがです!」
「せっかくなら風の魔法で派手に滑りたいなぁ。」
スーザンはそうでもなかったけど、イマリはかなりスキーが上手かった。
「風魔法とスキーのコラボってどんな風になるの?」
「ジャンプして宙返りするのが好きなの。明日やっちゃおうかな。」
イマリは左腕のブレスレットを眺めながらつぶやく。
『魔力感応の腕輪』
今回の林間学校で配られたこの腕輪は、魔力を放出すると光る、自己鍛練用の魔装具だ。
魔力を封じる力はないので、魔法は使える。
ただ魔力に応じてかなり光り輝くらしく、すぐばれるからね~とハンス先生がみんなに配りながら注意していた。
魔法を使わないことより、魔力制御の向上が目的だとか。
「あれ、そんなピアスしてた?」
イマリがわたしの髪を上げた耳元を見て、エリオスからのピアスに気付く。
「温泉なら外した方がよくない?」
「ありがと、でも多分大丈夫と思うわ。」
「そう? まあ高そうだもんね。」
イマリも温泉の方に入っていく。
友達と一緒に温泉とか、前世以来だ。
「アリス様、楽しそうですね。」
「ええ、今日はね。」
わたしは明日、雪山で遭難することになっているから。