1年生5月:授業(1:法律)
ダリア魔法学園高等部での授業は、午前中が座学、午後が実技の構成になっている。
午前中はクラス単位で授業を受け、午後は各自専攻に分かれて魔法の実技講習を受ける。
1コマ90分で午前中2コマ+午後2コマの1日4コマの構成だ。
3年で卒業した後は就職する人が多いから、授業内容は高校というより大学のようだった。
王国民は誰でも魔力を持っているけど、魔法という形にして魔力を使える人は5%にも足りないらしい。
魔術師の力は一般に恐れられているから、その力で悪いことをしないよう、法律でいろいろ制限されている。
また魔術師は自分に自信を持っている人が多く、力に溺れやすい。
なので、魔術師が守らなければならない法律をまず最初に教えられる。
「えー、八百屋の店先に並べられた果物をひとつ、風の魔法を使って盗んだ場合ー。」
ハンス先生が黒板に設問を書く。
「魔法取締法第何条違反になるか、また店側が盗みを防止するためとり得る手段を考えてー。六法、テキスト使っていいから、20分でレポートに簡単にまとめてー。そのあと班別に30分で資料作って、班の代表者が発表するまでやるからー。」
魔法を使った窃盗は魔法取締法第235条違反で、罰金か懲役最大10年の刑になる。
被害者の魔法レベルが1以下のときは、この刑が5割増しされる。
果物ひとつなら罰金で済むだろう。
あと街中での不要の魔法行使は、王都条例に引っかかる。この場合は魔術師団で講習を受けさせられるはず。
このあたりの情報を魔法六法全書をめくりながらレポートにメモしていく。
考えないといけないのは店側の防止方法。
先生の状況説明が明らかに足りない。ということは店の設定を決めてから防犯対策を検討しないといけない。
4月は法律の種類や構成といった基礎の授業だったけど、5月になり、ただ調べるだけじゃなくてディベートの要素が授業に入ってきた。
適当な頃合いで縦列4人の机を寄せて、班毎の方針決めに入る。
「八百屋ってだいたいは店先に商品を並べてて、奥に店の人がいるだろ。まあ盗り易いっちゃそうかもな。」
わたしの班は前の席からサイモン、ジャック、ネオン、とみんな男子生徒だ。
一番前の席のサイモンが話を仕切ることが多い。
「個人商店のイメージでいいよな。店主がひとりでやってて、買い物にくるのは常連さんばかりみたいな。」
班別討議ではジャックがサイモンに合わせて話を進めるスタイルが定番だ。
わたしとネオンは大抵うんうんと頷いてすごす。
「やっぱり魔法封じの結界を店の入り口に仕込むのがいいんじゃないか?」
「だけどそれを維持する魔力はどうする? 店主が魔術師ならそんな魔法で万引きなんてされないだろう。」
「そうだなー、店主は一般設定だよなぁ。それで有効なマジックアイテムはー。」
「なるべく安くて簡単なやつがいいよな。」
「コスパ重視かー。いくつか組み合わせるか?」
「挨拶をするといいそうですよ。」
マジックアイテムをあれでもないこれでもないと挙げ始めた二人にそう言うと、きょとんとした。
「いや、これ風魔法を防ぐ方法を考えるんだろ?」
「黒板には『盗みを防ぐ方法』としかありませんわ。マジックアイテムの議論をするにはお店の設定があいまいで、経費を想定できないアイディアはあまり現実的でありません。」
「でも挨拶って、それこそ不確定だろう。」
「盗みをしようとする人は顔を見られることを嫌います。目を見て挨拶をされたら、顔を見られたと思って盗みに躊躇するのでは。」
町内の防犯対策では、お互いに元気な挨拶、声掛けをしよう、と言われた。
「それにこれならタダですわ。」
「面白いかもねー。」
珍しくネオンが口を挟む。
「うん、今日は僕が班代表をしていい? ちょっと試してみたいな。」
かくして班別発表では、各班がマジックアイテムを提案する中、ネオンの一人寸劇が繰り広げられた。
「いらっしゃい、いらっしゃーい、今日はトマトがおすすめだよー。あ、そこのお兄さん、魔術師? そうじゃない? 魔術師っぽいけどねー、よかったら中見ていってよー。」
一人で賑やかす八百屋の風景に、ハンス先生も『ああ、これは盗りにくいな…。』と苦笑し、ベリアルは『さすがアリス!』と爆笑したのだった。