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1年生1月:新学期

『エリオス・J・ウォール様

わたしたちの過去のことをお話ししませんかー遠野 亜里朱』


メッセージカードに追記した日本語。

エリオスから何の返事もないまま冬休みが終わってしまい、わたしは学園寮に戻った。

登校初日の朝、イマリに断っていつもより早く寮を出ると、久しぶりにノワールの森に寄る。


「ノワール~?」

寒いと思ったら池の面が凍っていた。

地面も霜が下りていてジャリジャリと音がする。

ガサガサと茂みの奥から黒い塊が出てきた。


「ノワール!」

黒犬は冬毛になって、もふもふ度がアップしている。

しゃがんだわたしの前まで寄ってくると、ペロリと手をなめる。

「しばらく来れなくてごめんね。」

頭をなでると、くるりと背を向けて座って待っている。

「はいはい、いつものね。」

秋頃からやってあげているブラッシングを気に入ってくれたみたいで、最近では自分からねだるようになっていた。


ノワールは毛が長くて、すぐ埃まみれになってしまう。

背中から尾にかけて丁寧にブラシで鋤くと、黒のビロードのように艶々になって、ノワールが気持ち良さそうに鼻を鳴らす。

「おやつあげたいなぁ‥。」

動物の生育や委員会活動の妨げになるから、生徒の勝手な餌付けは禁止されている。

たまにあげちゃうこともあるけど、なるべく我慢している。


満足したのか、ノワールがしっぽをパタパタさせる。

ぽんぽんと背中を叩くと、振り返ってまたわたしの手をなめてから茂みの奥へ戻っていった。

これが最近の癒しタイム。

「さ、新学期も頑張らなきゃね。」


1年A組の教室に入ると、ベリアルの前にエリオスが来ている。

何か話しているけど、ベリアルの表情が険しい。

わたしが隣の自分の席に近づくと、2人は話をやめてしまった。


「おはようございます。」

わたしが挨拶をすると、エリオスが笑顔を返してくれた。

「おはようアリス。よい休みでしたか?」

「はい、家族とゆっくりすごしました。先輩はどうでしたか?」

「それはもちろん、」

エリオスは自然にわたしの耳元に唇を寄せて。


「貴女に会えなくて寂しかったです。」


教室の空気がざわっとしたのは気のせいと思いたい。

さりげなく距離をとると、エリオスはふふっと笑って。

「ランス君、よろしくお願いしますね。」

「‥はい。」

ベリアルから不機嫌さが滲み出るなんて珍しい。

エリオスはそんなベリアルを気にせず、クラスメイトたちに王子的笑顔を振りまいて教室を出ていった。


「座ったら?」

「そう、そうね。」

ベリアルに声をかけられて、立ちっぱなしでいることに気がついた。

椅子に座って鞄からテキストを出そうとして、中に入れてきた小箱に手がふれる。

予想外のことに忘れるところだった。


「ねえ、今日からベリアルが生徒会長なのよね?」

「ん? ああ、午後イチで任命式があるよ。」

‥不機嫌だ。

しかもわたしをじーっと見ている。


「ええと、何に怒っているのか聞いてもいいかしら?」

「別に怒ってないしアリスのせいじゃない。」

怒ってるよね、これ。


「あの‥、」

「はーい、みんなおはよぉー!」


勢いよく扉を開き、ハンス先生がクラス名簿を手に教室へ入ってきた。

同時にホームルーム開始の鐘が鳴る。

「このクラスもあと3ヶ月だねー。今年もみんなガンガン頑張ってよ、僕の査定が良くなるようにさぁ。」

いつもの軽口に生徒がわっと笑った。

こうして新学期がゆるく始まったのだけど、ベリアルは午前中ずっと不機嫌だった。


「アリス、お昼いくよ~。」

「ごめんイマリ、先にいっててくれる?」

お昼休み、イマリたちは先に食堂に行ってもらった。

友達と教室を出ようとしたベリアルの袖を捕まえる。

「少しお話ししてもいいかしら?」


「悪い、先に食べてて。」

ベリアルは同じ班の友達を送り出して教室に残ってくれた。

昼食はほとんどの生徒が食堂か寮に戻って食べるから、昼休みが始まると教室から人がいなくなる。

ちょうど2人きり。


「お忙しいでしょうから手短にしますね。」

わたしは鞄から細いリボンをかけた小箱を取り出して、ベリアルに差し出す。

「生徒会長ご就任、おめでとうございます。」


「‥は?」


小箱の中身はアーチャー商会で見つけた銀水晶のカフスボタン。

幸運値を上げるという魔装具は、わたしが魔力を込めると銀水晶がまるでルビーのように紅に染まった。


ベリアルの炎みたい。


そう思ったら、どうしてもベリアルに持っていてほしくなってしまった。


「何で俺に。」

「なんとなくベリアルに似合うと思って。」


ほんとは、自分でもよくわからない。


「日頃のお礼なのでお気になさらず使ってもらえたら嬉しいですわ。」


「あー、」

ベリアルはがしがしと自分の頭を乱暴にかくと、わたしから小箱を受け取ってくれた。


「‥ありがとう、アリス。」

そして自分の机から一通の封筒を差し出す。


「これ、朝にウォール先輩から預かってたんだ。」


封筒の表には、『遠野亜里朱さま』と日本語で書かれていた。


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