1年生4月:入学式後(4)
「これがわたしの魔法?!」
枝しかなかった桜の大樹は、今やピンクの塊と化していた。
『蘇生』の発動と、それに伴うレベルアップ。
レベル5の魔法と天の声が言っていたけれど、魔法のレベルがよくわからない。
普通、レベル1から覚えていくものじゃないの?
「『ステータス』」
手のひらを上に向けて唱えると、小さな画面が空中に現れた。
アリス・エアル・マーカー(レベル5)
称号:聖女の卵
HP:(レベル25から解放)
MP:9,999
魔法攻撃力:0
魔法防御力:0
魔法属性:聖
修得魔法:『蘇生』(MP消費500)
装備:学園の制服、指定靴
所持品:魅惑のキャンディー
うん、極端だわ。
HPは不明だし、MP9,999だし、消費MP500も訳分からない。
魔法名に触れると、効果説明が表示された。
『蘇生』:瀕死状態からの完全回復(MP消費500)
これは結構すごいかも。
桜が満開になったのはこの効果なんだろう。
でもこれよりお手軽な魔法があると思うんだけど、もっとMP消費が少なくてすむような。
…と、『魅惑のキャンディー』?
スカートのポケットに入れていたミントキャンディーを取り出す。
エリオス生徒会長からもらったキャンディー、マジックアイテムだったみたい。
何の効果なんだろう。
『魅惑のキャンディー』:好感度アップアイテム(売値銅貨20枚)
なるほど、プレゼント用アイテムだった。
これ、わたしが誰かにあげたら相手の好感度が上がるのかな?
考えるのが面倒で、わたしは包み紙をほどくとミントキャンディーを口に含んだ。
ミントののど飴のような味、懐かしいかも。
魔法はこれから覚えていくしかない。
一応、魔法を使えるみたいだし、魔力量は半端ないし。
まずはこの学園に居ても大丈夫なくらいにならないと、とてもクラスに居づらい。
わたしだって、何の実績もない選手が急に全日本強化選手に入ってきたら不満に思う。
「綺麗に咲いたねぇ…。」
ちょっと、いや、結構嬉しい。
にまにま桜を眺めていると、足元にふわふわの何かが当たった。
ベンチの下を覗くと、黒い長い毛のもふもふしたものがいる。
「きゅううぅー」
細い鳴き声がした。仔犬?
そっと毛玉を抱きかかえ、ベンチに座って膝にのせる。
毛玉はしばらくじっとしていたけど、ぷるぷるっと体を震わせると耳がピンと立ち、ふんふんと匂いを嗅いできた。
毛の長いヨークシャーテリアに似た、真っ黒な仔犬。
目が長い毛に埋もれてしまって見つけられない。
顔のあたりに手を伸ばすと、ペロペロと指を舐めてきた。
「ふふっ。」
くすぐったいけど温かい。
わしゃわしゃとなでると、指先にチェーンが触れた。引っ張ると毛の中から金色のチェーンと小さなプレートが出てきた。
『Noir』
「ノイル…ノワール?」
「きゅう!」
「ノワールというの?」
耳と尻尾がぴこぴこ動いた。
人に慣れているし、タグがあるから生物委員の飼っている仔犬なのだろう。
「ねえノワール、見て!」
ノワールを前抱っこにして桜の方を向かせる。
「わたしの魔法で咲いたんだよ、すごいでしょ!」
「きゅう!」
ノワールはタイミングの合った鳴き声をくれた。
しばらくの間、ノワールとじゃれて池の周りを走り回る。
もふもふのわりに素早く元気で、追いかけっこでへとへとになってしまった。
足がもつれて転んでしまったら、寄ってきて擦りむいた膝を舐めてくれた。
「ありがとね。」
血の滲んだ膝に手をあてて、魔力を少しだけ流してみる。
体温とは違う熱を感じ、熱くなりすぎないうちに手を離すと、膝小僧の傷が塞がってうっすら線が残るくらいに治っていた。
-治癒魔法レベル1『治癒』の発動を確認、魔法を習得しました-
さっそくステータスをチェックする。
修得魔法:『蘇生』(MP消費500)、『治癒』(MP消費10)
やった、増えたー!
嬉しくてノワールを両手でわしゃわしゃしていると、ノワールが急にピンと耳を立てて森の奥に走っていってしまった。
「ノワー」
「何をしている?」
ル、と言い終わる前に、後ろから声をかけられた。
振り返ると、籠を背負ったファンさんが立っていた。
「このあたりは手入れが足りていない。あまり近寄るな。」
咎めるでもなく淡々とそう言うと、彼は池のそばにしゃがみこんで柵の点検を始めた。
籠の中には庭鋏やロープが入っている。
そう言われるとここから離れるしかない。
「はい、気を付けます。失礼します。」
わたしは寮へ戻り、その後は夕食や身の回りのことをして、ようやく初日が終わった。
真新しいシーツにくるまって、今日一日を反省する。
一日で魔法を二つ覚えて、レベルも5まで上がった。
なかなかの滑り出しよね?
攻略キャラのことはとりあえず置いといて、まずは自分のレベルアップからやっていこう。
うん、明日から元気に頑張ろう!
「いきなり『蘇生』とは、あんまりな始まり方だな。」
「‥いや、お前を責めているんじゃない。全部あのじじいが悪いんだ。ぎりぎりまで聖女を隠しやがって。」
「息子が死んだのがショックだったのはわかるが、友達がいのない奴だよ。」
「‥愚痴っても仕方ないが、シナリオをこう狂わされてはな…。」
「何か相槌をしてくれよ、ファン…まあいい、任務に戻れ。ただしくれぐれも聖女に惚れるなよ。」
「‥これはお前のために言ってるんだ。いいな、絶対に聖女に惚れるんじゃないぞ。」