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火恋の山 ‐ヒレンノヤマ‐  作者: 遠矢九十九
6/8

策謀

一日だけ休んで、アリシアは仕事に戻った。


その後は何事も無かったように、日々は元通りに、滞り無く、平穏に過ぎ去り、また数ヶ月の月日が流れた。街でアリシアが危険な目に遭うことは二度となく、ラドリッドとアリシアの仲も、再びお互い忙しく、家でもあまりゆっくり会って話す機会が無くなっていたため、それ以上の進展は見られなかった。


だが国の中央では、その頃にわかに重大な問題が発生していた。


ある夜、城では王とその家臣たちによる、緊急の会議が開かれていた。


かねてから属国に下るよう圧力をかけてきていた大国グムンゾーラから書簡が届き、そこには、そろそろ時間切れにしたいのだが、そちらはいかがするつもりか、というような内容のことが、必要以上に丁寧な文面で書かれていた。


気弱な王とその側近たちは、属国というのは避けつつも、何か貢物や人柱を捧げて、できるだけ穏便に済ませたいという意向であったが、騎士団総長を始めとする反対派は、ここはいよいよ育て上げてきた『翼』の騎士団を投入し、断固抵抗すべき、開戦もやむなし、と声を荒げた。


だが冷静に考えて、今、戦を交えれば、中央の都市はともかく、防壁と四方の山の外側にある街や村は、間違いなく占領されるか焼き払われるかしか無かった。いかに強力な騎士団を作り鍛え上げたとはいえ、まだ、外の街や村に配備してどこからの攻撃にも対応できるほど、絶対的な数が足りていない。


となれば、まずは時間稼ぎが必要だろう、と、一人の長身の老人が言った。


彼もまた、元『竜翼』の騎士団の一員であったが、剣技よりも鋭く切れる頭脳を買われ、国の政策や外交戦略を決定する文官の長となっていた。


件の大国とは、国境をはさんだ隣同士というわけでは無く、実際に国境付近に小競り合いを仕掛けてきているのは、北の隣国ガーバルドであり、そのガーバルドの力自体はそれほど大きくはない。


本気で我が国の全騎士団を投入すれば、国境奪還戦ではこちらが勝利できる可能性はかなり高い。


ただそこで問題となるのは、ガーバルドのへの援護として、グムンゾーラから大軍勢が派遣されてくる場合や、手薄になった中央へと、別の方角から攻め込まれる可能性だ。


しかしグムンゾーラからは、現段階で大きな兵力の移動・配備は確認されていない。


つまりグムンゾーラからすれば、まだガーバルドの援護すらもまともにしていない、本気で攻め込んでくるつもりもない、文書による脅迫の段階であって、これは恐らく、我が国の王の性格につけこみ、さらに我が国が反撃できるような力を持っていないと踏んで、自らの兵力を一切動かさずに話をつけようという意図があると思われる。


もしも本気で我が国を落とそうというのであれば、大軍を動かして国境付近に並べてきているはず。


ならば、現状、まだ計略の余地はある。


我が国の『竜の子』も『翼』も、これまで大きな戦に挑んだことは無く、ゆえにまだ諸外国にはその存在や強さがほとんど知れ渡っていないと考えられる。


密偵が忍び込み情報を掴んでいる可能性はあるが、実際の戦でどの程度の動きをするのかなどは、推測の域を出ないはずだ。


「それはつまり」


騎士団総長が気付く。


「数名、もしくは一名でもいい。『翼』の代表を遣わし、その戦闘能力を、敵の、城の奥で平和ボケして盤を打っているだけの、腰抜けの文官どもの目の前で示す機会が、必要かもしれんな」


文官長の目の奥が光る。


「ふむ、なるほど」


となれば、できるだけ少数で行った方が効果的となる。


たったこれだけの人数で、自国の兵をこんなにも倒せる者が、他にも何百人も後ろに控えているのか、と思わせることができれば、自分たちの力を過信している連中が相手であればなおさら、ことによると敵の戦意を削ぎ、開戦や支配を一時的にでもあきらめ、いったん対等な停戦状態に持ち込めるかもしれない。


「あとは、誰を、どうやって、ということだな」


文官長の言葉に、騎士団総長は眉間にしわを寄せ考える。


総長からすれば、彼の配下の全騎士団員は、確かに戦では個性など無関係に、もはや一人一人の人間ではなく、配置し動かす駒の一つ一つではあるのだが、現時点ではまだ、今まで何年もかけて育て上げてきた、かわいい我が子と我が孫たちである。


場合によっては、いや、かなりの確率で命を落としかねないこの作戦に投入するには、誰一人として惜しかった。


まったくこのお方は、昔から、人の命も金勘定と変わらんのだからな…。


と、かつての『竜翼』の騎士を見やるが、当の文官長は、笑っているとも真剣ともとれない、真意の読めない表情で騎士団総長の方を眺めているのみ。


「ふうむ……、わかりました、私からはこれ以上の策は出そうに無い…」


「そうですか。それでは、王も、いったんそういうことでよろしいでしょうか」


文官長が王に向かって伺うと、王はもはや国の重要なことはすべて文官長に任せているため、


「う、うむうむ、お前がそうするというのなら間違いなかろう。皆の者、しっかり頼むぞ。我が国を必ずや敵の手から守ってくれ。お前たちならば必ずや良き結果をもたらしてくれるものと信じておるぞ。…それではな」


と激しく頷きながら、側近たちを引き連れてそそくさと退出して行った。


彼らの出て行った扉が閉まるまで、その場の全員が揃って頭を下げ、もしくは敬礼し、やがて静まり返ったところで、


「それでは、しかし、人選はすべて私に一任させて頂けませぬか」


騎士団総長が悩ましげにため息をつきながら口を開くと、


「あぁ、もちろんだよ。なるべく早めに頼むよ、ジル」


と、急に職務外の友人のような口ぶりで答える文官長。


やれやれ、人格も関係性も、幾つになっても変わらんもんだな。


騎士団総長は一礼すると、重い足取りで会議の間をあとにした。


翌朝、騎士団総長の元に、第一○一騎士団から一人の騎士が招集され、作戦の説明を受けた。


まずは北の隣国ガーバルドとの国境へ向かう。


道中で遭遇する可能性のある密兵などは、一人残らずすべて完全に斬り捨てよ。


国境付近で、敵兵の陣まで辿り着いたら、相手が動き出し本気になる前にこちらから仕掛け、敵の前線だけでも壊滅状態にし、戦意を喪失させる。


『翼』の騎士ならば、おそらくそれは造作も無いことであろう。


戦闘の後には必ず、自分が『竜の子』とは別に新たに創設された『翼』の騎士であり、自分の後ろには自分の他にもまだ三百余名の『翼』の騎士がいる、そちらさえ良ければいつでも戦う準備はできていると、敵兵に知れ渡らせよ。


そして、できるだけ上位の者と交渉する場を用意させ、グムンゾーラの代表を呼ぶか、もしくは自分をグムンゾーラの国内中枢へ送り届けるように話を進めるのだ。


その後、グムンゾーラの者がいる前で敵兵との戦闘を申し出て、相手が何人であろうとすべて完全にねじ伏せ、その上で、これ以上の争いは無益と説く。


『翼』の騎士の前に、いかなる者もなすすべは無いと悟らせるのだ。


さらに、我が国は無益な殺戮を望んではいない、賢明な判断を期待すると伝え、帰還せよ。


そこまでを、騎士団総長からの作戦指令として伝え終わると、総長は眉間のしわをさらに濃くして目の前の騎士に歩み寄った。


これは敵に『翼』の騎士がいかに強靭で難攻不落かを示し、戦意を削ぎ停戦へ持ち込むための作戦だ。


だが、事によっては、相手の出方次第では、たった一人で何百の敵兵を相手にすることになり、それをすべてなぎ払いながらも命を落とすかもしれん。


それでも、敵が恐れをなして、戦意を喪失することがこの作戦の目的ゆえ、はっきり言ってしまえば、お前の生死は問わず、とにかく相手に『翼』の騎士への恐怖心を植え付けられればそれでいい、ということなのだ。


だが、お前は私の育て上げた騎士、我が子我が孫同然の存在、できれば、生きて帰って来て欲しい。


生きて帰って来い。


「今夜、王の前で勅命式が行われる。その後すぐに出立だ。いいか、命を惜しめ、『翼』の騎士は命を無駄に落としはしない。いつでも決して最後の一瞬まであきらめずに、最善の方法でその場を切り抜けられるよう、叩き込んできたつもりだ。お前の戦闘能力と英断力、そして強き魂をもってすれば、必ずや完遂できると信じている。絶対に生きて戻れよ」


騎士団総長は、目の前で敬礼する若き騎士を、強く抱き寄せた。


そして同じ頃。


件の大国グムンゾーラでも、政府最高機関・枢央院が招集されていた。


枢央院は政府高官から選ばれた四人の代表によるもので、現在は齢七十を越えた古株の老人が二人、六十程の元全軍最高司令官、そして四十代半ばといったところの、高官にしては若手の政務長によって構成されている。


グムンゾーラの重要な政治的決定は、基本的にはすべてこの枢央院の意志によるものである。


これは、現在の体制になる前の王朝の、今は亡き最後の王の遺言によるものであった。


王の三人の息子たちは、兄弟同士の血で血を洗うような跡継ぎ争いの末に、互いに謀略を重ね暗殺を仕掛け合い、三人全員がほぼ同時に命を落としていた。


そのことに王はひどく嘆き悲しみ、また政治的にも、その頃すでに大国となっていたグムンゾーラの統治を、もはや一人の王がすべて背負うには、荷が重くなり過ぎていたため、彼は王による独裁政治を廃止し、王や首長のような世襲制の1人の権力者が支配するのではなく、政府高官からの代表者集団による合議に基づく統治機構に改変するように言い遺した。


よって現在、王の遺言の理想の形にはほど遠いとは言え、一応は代表者として選ばれたこの四人による議会制政治の形式となっており、近隣諸国の中でも稀にみる、比較的先進的な国家体制が形成されていた。


ただし現状、会議で最初に議題を持ち出すのも政務長、議論の末に話をまとめ結論を出すのも政務長、という状況で固まってしまっており、成り行き上、実質的に実権を握っているのは若き政務長となってしまっていた。


政務長本人はそれほどの野心家でも無く、この現状を良しとは考えておらず、単に家柄と実力と人脈と行動力と人徳に恵まれた結果が現在の地位であり、彼自身はこの先進的な議会制にかなり積極的で、本当は王の遺言以上の制度を目指し、もっと人数を増やして広く意見を集めて議論を深めたいとも思っているのだが、どうしても引退しない、王朝時代の王の側近である老人二人をないがしろにするわけにもいかず、毎度議論の本筋とは無関係に昔話や精神論を熱弁されるのを聞き流しながらも、しばらくはこの体制で継続せざるを得ないか、と気長に待つことにしている、といったような状況である。


元全軍最高司令官はというと、彼は政務長の智謀や人格にかなりの信頼を置いており、また、同時に老人二人にも深く敬意を評していて、さらに自分はもはや現役を退いた隠居の老兵、という意識も強いため、政治的な決定を下す場である枢央院においては、自分はあくまでも元軍人という立場のみから意見を述べて議論を深めるのみ、最終的な意思決定は政治の専門家がすべき、と考えており、それもまた意思決定権が政務長に偏る原因となっていた。


盗聴や暗殺を防ぐ目的から、窓も無く装飾も無くただ平らな壁と天井で、出入り口は分厚い二重扉のただ一箇所となっている、薄暗い枢央院会議室で、諜報部から上がってきた資料を手に、四人は円卓を囲んでいた。


「やっと動きおったか、箱庭の腰抜けどもめ」


「再三の圧力がようやく効いたと見える」


二人の老人がほぼ同時に同じように資料を机上に投げやりながら口を開いた。


「ずいぶんと身内を過大評価した、お粗末な作戦ですがね」


政務長が書類の束をめくりながら言ったが、二人の老人はそれに答えるでも無く言葉を続ける。


「いよいよ、化け物狩りじゃな」


「長らくの念願であった、忌々しき『ラトイリスの竜』退治だよ」


「三十年前の戦ではずいぶんと手間取らせおったが」


「あれから三十年の間、彼らが『竜の子』や『翼』を育ててきたのと同じように、我々も新たな兵備を開発し続けてきた」


「それはあのような時代遅れの騎士団などとは比べ物にならんほどに」


「戦とは常に進化していくもの。常に新しい力を生み出し続けねばならぬ」


「そして過去の遺物をいくら鍛え上げたところで、しょせんは焼き直しに過ぎぬ」


二人の老人が、まるで鏡合わせのように、同じような仕草と口調で言を発する。


それを元司令官が目を閉じたまま頷き、政務長はさらに資料に目を通しながら、何か口をはさめる隙がないかと二人をちらちらと見やるが、自動人形のように老人二人は語り続ける。


「竜などという前時代の浅蛮なる魔獣の名を騙る低俗な輩は、早急に排除せねばならぬ」


「しょせん竜など、人間の知恵や言葉を操り人心を惑わす、卑しく下賤な存在に過ぎぬ」


「そもそも、壁の中に閉じ籠もった臆病者の竜など、聞いたことも無いわ」


「ひ弱なラトイリス王によく似た、か細く脆弱な愛玩動物ということよ」


「三十年前とはもはや何もかもが違う」


「此度こそ、根絶やしにしてくれようぞ」


「今回は、そのための前提実験として非常に好都合ですね」


このままではまたいつものように昔話を延々聞き流すだけで時間が過ぎてしまうので、話に割って入る形にはなるが、やむを得ず上手く機を読み政務長は口を挟み、元司令官に話しかけた。


老人二人は意にも留めず、


「三十年前のあの日」


「数の上では我々は圧倒的に有利なはずだったのだ」


などと戦場懐古を続けている。


元司令官は政務長を睨み付けるように視線を上げた。


とは言え政務長は気にしてはいない。


最初のうちは怒っているのかと機嫌を伺ったものだが、ただ単に彼はそういう人相なだけなのだと、すぐに気付いた。


政務長は続ける。


「『翼』を出してきましたからね。しかも一○一から、たった一人だけです。この者との戦闘から採れた記録を、後の戦略算出の重大な基礎にできますよ」


「ふむ、それにしても、たった一人とはよほど自信があると見えるな。このような作戦、複数で挑むのが定石であろう」


元司令官が、馬鹿馬鹿しいといった様子で言った。


「さて、いかがでしょうね。『翼』の総数はたかだか三百、そのうち一○一はたったの二十、一○二を合わせても五十程度です。数を失うのが怖い、とも思えますが」


「そうかもしれんな。ラトイリス軍は『竜の子』を合わせても五千足らず、我が軍の十万には遠く及ばん」


「ガーバルドの三万にすら、ですね」


「だが我がグムンゾーラ軍とガーバルド兵では、数字ひとつの重みがまるで違うがな」


元司令官が鼻で笑うように、口の端を少し上げた。


「えぇ、確かに。ガーバルドでは、仮に今ラトイリスと全軍同士が正面からぶつかったとしたら、調査結果からの予測としては、『竜の子』相手であれば、かろうじて引き分けといったところでしょうね」


過去の資料を思い出すように一瞬天井を見上げながら政務長が言う。


「あぁ、ガーバルドの兵は野蛮で訓練不足な烏合の衆だ。『竜の子』でなくとも、たった三百の『翼』相手でも全滅は有り得る。そもそも、半数もやられぬうちに指揮も乱れ逃走兵が続出、隊は自然崩壊するだろうな」


「予測よりも遥かに脆弱と見るべきですね。では、我が軍であればいかがでしょう」


政務長は、本当はおおよそ検討はついているのだが、一応の礼儀として、軍の専門家である元司令官に問う。


元司令官の方もそれに気付いてはいるものの、互いの顔を潰さずに立てようとしている政務長の意は汲みとっていたし、そういう細かい気遣いも、彼の嫌いではない部分のひとつだった。


「ふん、単純に正面からの総力戦であれば、かなりの損害は出るだろうが我が軍の勝利、といったところかも知れぬがな、現実的にはそんな馬鹿正直な相互玉砕の戦があるものか。事前の諜報活動、それに基づく綿密な戦略、相手の力を封じつつこちらの力を最大限に引き出す兵法をもって、何であれば戦わずして勝つ、最大効率を採るのが戦の定理。計略を駆使すれば、二万も失わずとも、竜どもは全滅できるはずだ」


「仰る通りですね。そして今やその計略に、我々は『二つ闇』を加える事もできる」


『二つ闇』という言葉に政務長の目がわずかに耀き、元司令官も顔を上げて政務長のその目を見た。


「『二つ闇』か。あれはお前の子飼いだったな。もう、思い通りに動かせるのかね」


「はい、既に幾度かの戦闘実験は終えております」


「正々堂々たる正統派の戦術を基軸とする騎士にとって、あれほど戦いにくい相手も無かろうな。軍人では無いお前のような者が考えそうな、合理性に基づく数字のみで生み出された、まさしく盤上の駒だ」


皮肉のようにも聞こえるが、元司令官は特に表情も口調も変えてはいない。


古い軍人である自分には思い付きもしなかった、という、ただそれだけの意味で言っているのだろう。


政務長も、それもやはりわかっていること、


「お褒めの言葉と受け取っておきましょう。相手の力を封じつつこちらの力を最大限に引き出す兵法として、我が軍本隊の前に『二つ闇』を投入し、『翼』を折り彼らの戦意を削げば、場合によっては我が軍本隊は威嚇程度に敵を包囲するだけで、降伏させることもできる可能性は高いと思われます」


と静かに答える。


「『二つ闇』のみで『翼』をすべて刈り取ることもできるか」


「単純に数字のみで言えば、不可能では無いでしょう。『竜の子』もしくは『翼』のどちらか一方だけなら、壊滅できるはずです。ただし、あくまでもそれは、『竜』狩りのみに『二つ闇』の全戦力を注ぎ込んで、後先は考えない場合の話ですがね。特に『黒闇』に至っては、『竜』狩りでは数を消費し過ぎて、その後の再編成や訓練がまた面倒になりますから。いくら『二つ闇』とは言え、一度に多くを失うわけにはいきません」


「『黒闇』は蟻の大群のごとき特殊攻撃兵団だったな。蟻が竜を狩るには、一体いかほどの数が必要だろうかね」


「そう、それはもう、時間と数の無駄遣いです。ゆえにラトイリスに攻め入る際には、『白闇』を中心に据えた作戦を展開したいと考えております」


「ほう、『白闇』ももう実用段階になっているのか」


少し驚いた様子の元司令官に、政務長はわずかに表情を緩ませながら説明を続ける。


「『白闇』は直接的に戦闘を行わない特殊兵器兵団ですからね、逆に『黒闇』ほどの手間はありませんでしたよ。熟練度を高める時間がかかっただけです。まぁとは言え、彼らにももっと強い敵を相手にした実戦経験は必要ですからね」


政務長が机上に広げた地図に目をやると、つられて元司令官も地図に目を移し、ガーバルドとラトイリスの国境付近で視線を止めた。


「それはそうだ。あんな中央からあぶれた少数の騎士くずれが守っていたような、名も無き農村を殲滅した程度では、動かぬ的を射ているのとさして変わらんだろう」


地図には、フォールドーンという文字が刻まれていた。


「『白闇』に関しては、兵器開発・製造の時間や費用を考えると、なかなか思い切った訓練もできませんからね、この程度の戦闘というのは、非常に良い機会です」


「やはり実戦に勝る訓練は無いからな。『翼』のような者が相手とあらば、良い記録がとれよう」

「はい。私も期待しております」


政務長が頷くと、元司令官は地図上のラトイリスを見つめながら少し考え、やがて口を開いた。


「ふむ、まずはその結果を見る必要があるが、しかし今後の戦術では『白闇』を軸にしていくべきなのだろうな。これまでの調査報告から考えても、『黒闇』だけではそれこそ蟻の玉砕だ、時間と数の無駄遣いになる可能性が高い。『翼』一体一体はもはや人間とは思えぬ、尋常ならざる化け物、できる限り直接戦闘は避け、『白闇』による大規模で強力な遠隔攻撃を主とすべきであろうな」


「そうですね」


政務長はその意見に賛同し、


「本当は私も、もっと新しい兵器を充実させて、できれば『白闇』だけで事を済ませたいとは思うのですが」


と、首を横に振りながら元司令官に目をやると、言わんとすることはわかっている、といった様子で元司令官が小さく頷く。


「まぁ、いくさ場は生き物だからな。数字の計算通りにいくようなものでは無い。実際その時になってみないとわからんことの方が多い。確かに『白闇』が完全に思惑通りに性能を発揮できれば、『翼』狩りであれ攻城であれ、事は一瞬で決するとは思うが」


「そうです、すべてが計算通りなのであれば。しかしいかに強力な兵器も、命中しなければただの金と時間と労力の無駄遣いです。いたずらに我が軍の機密を晒すことにもなります。ですからやはり、『黒闇』によって初期的な足止めは必要になるでしょうね」


政務長は息をついた。


「まぁ今回は、『二つ闇』と『翼』の初対戦だ。『二つ闇』が竜どもに対してどの程度の動きができるか、今後の戦術の基礎にするためにも、まずは基本的な性能評価と位置づけるべきだな」


「はい。ゆえにまずは基本通りの『黒闇』主体から始めて、良き時機に『白闇』を動かしましょう。『黒闇』がどの程度『翼』一体の動きを止められるか、『白闇』の兵器がどの程度の精度と威力を発揮できるか、なかなか興味深い実験となりそうです」


「だがこんな都合の良い機会が、今後もまた二度も三度もあるかどうかはわからんがな。今回の結果に怖気づいてまた引き籠もるのではないか?」


「それはそれで別に、政治的にはむしろ好都合なんですがね。ラトイリス王をもう一度脅せば、降伏は時間の問題でしょう」


「しかし将来のためにもできる限り実験は多い方がいい。今回に懲りずに、数や種類を変えて何度か頑張ってくれれば良いのだがな」


「えぇ、そうですね。ラトイリスだけが我々の敵ではありませんし。『竜』のような、兵士でありながらも同時に強力な兵器でもある軍隊なんて、今どきもはや多くは無いでしょうが、今後も現れないとは限りません。あのような存在に対して、どの程度の兵の数と種類で、どのような戦闘方法や兵器が最も効率的なのかという、定量的な資料が作成できる程度には試しておきたいところです」


「その記録や後処理のことを考えると、いくさ場が山の中というのもまた、おあつらえ向きというところだな」


再び二人の視線が地図に移る。


「そうですね、非常に、悪く無いです。山中ならば人目にもつきにくいですし、適度な障害物も散在して、同時に色々な戦術が試せます。あの山はラトイリス山脈の中で最も標高が高く道のりも長いですから、山を越える前には確実に仕留められるでしょうしね」


「ガーバルドの前にまで辿り着かれては面倒だからな」


「はい。国境付近のガーバルド兵だけでは、『翼』は止められません。さらには『二つ闇』の存在は、我が国の最高機密事項。ガーバルドなどに気取られて欲しくはありませんしね。それに、なんというか、『二つ闇』の正体を知ったら、さすがにガーバルドも怒るかも知れません」


「『二つ闇』の構成員は、基本的にはガーバルドの民、だったな」


「そうなんですよね、それもガーバルドには秘密裏に。あの国は、細部は貧困も激しく荒れ放題ですから。命の値段が完全に崩壊してるんですよね。人を集めること自体は、容易なことです。と、まぁそれはともかく、何かと面倒なことは避けたいので、『二つ闇』はガーバルドの者の前に姿を現すわけにはいきません」


「つまり万が一『翼』が山を越えて国境まで辿り着くようなことがあれば、そこで『二つ闇』の行動は停止、後は『翼』とガーバルド兵との戦闘になってしまうわけだな」


「ほぼ有り得ないとは思いますが、そうなりますね。しかしそれでは、もしもさらに万が一、その時に『翼』が大した負傷も無く辿り着きでもしていたら、ラトイリスの目論見通り、国境の前線程度は壊滅させられるでしょうね」


「やはり山中で確実に仕留めておかねばなるまい」


「はい」


と、そこで政務長が思い出したように、


「いっそあの山の現象を用いて燃やしてしまえれば、こんな簡単なことは無いんですけどねぇ」


と冗談のように言った。


「はは、そういえばそうだな。それならば我々もこんなに頭を悩ませずとも、敵をただ山に誘い込むだけで事足りる。誰か我が国に、彼らを愛してやまない、そしてその愛をもって彼らを葬れる者はいないのかね」


元司令官も硬い表情を珍しくほころばせた。


「いやぁ、実は私は意外と嫌いでは無いのですがねぇ、あの前時代的な郷愁あふれる騎士の軍団というのも」


彼の表情に、政務長にはさらに冗談の延長のような話を続けた。


「だがあの現象は、騎士という漠然とした対象では発生しないのではないかね?その中の特定個人が相手でなければならないのではなかったか」


「いやぁ、特定個人となりますとねぇ、なんやかんやでむさ苦しい若僧たちで、そもそも今から葬ろうとしている敵兵なわけでしょう。さすがにそこまで想い入れは持てませんし、仮にそこまで想ってしまっていたら、今度は殺すのが惜しくなってしまいますからねぇ。あの山の現象が、愛情ではなく、憎しみや嫌悪が引き金であれば話は簡単なのですが」


「はは、だとすれば、あの山もこれまでにもっと色々な場面で大いに利用されていただろうよ」


「そうなんですけどねぇ、なぜよりによってあんな法則になっているんでしょうねぇ。まぁ、あの山の現象については、いずれ我が国の領土となった後に、研究班を派遣してゆっくりと解明することに致しましょう」


「それも楽しみだな。なにしろ何も無いところにいきなり炎が上がるというのだからな。我が国が適切に研究し応用し管理すれば、資源なり軍事なりに有効に利用することもできよう。新たな法則も見付かるかも知れんしな」


「新たな法則を作ることすらも出来るかも知れませんしね。それにあの炎の正体は、あの国の地下に眠る燃料資源という噂もあります。神話だのお伽話だのと言ってろくに調査もしないような連中には、宝の持ち腐れというものです」


「近いうちに必ずや手に入れておきたいものだ」


元司令官が地図上の山を、目を細めて眺めた。


「えぇ。竜といいあの山といい、ラトイリスは本当に興味深い国ですね。ぜひ早々に一度訪れて、自らの目で見てみたいものです」


「そのためにも、今回の良き成果を」


「はい、必ずや」


政務長は深く頷くと、未だに


「あれは王の御決断が一日だけ遅れたのが原因なのだ」


「お優しい方であったからのぅ、敵にまで情けをかけられたに違いない」


などと涙ながらに語り合う老人二人の方に向き直った。


「さて、話がだいぶ広がってしまいましたが、要するに『二つ闇』と『翼』の直接戦闘実験と、できれば今後のために『白闇』の性能評価に力を入れていきたい、ということです。よろしいでしょうか?」


非常に端的にまとめられた簡潔な説明で老人二人に確認を求めると、二人はまた全く同じようにぴたりと話を止め、同時に政務長の方へと振り返り、


「いかなる戦術を用いてでも、必ずや竜どもを一匹残らず駆逐せよ!」


と一括した。


「はい」


「はっ」


政務長と元司令官が頭を下げ、初の『翼』狩りに関する枢央院会議は、幕を閉じた。


そしてその夜、城の奥の小さな謁見の間で、密かに勅命式がとり行われた。


玉座の王の前にひざまずく騎士に向かって、文官長からの再びの作戦説明、騎士団総長からの激励の言葉、そして王からの勅命の拝命となり、


「おもてを上げよ」


王の言葉に騎士が顔を上げる。


謹厳で力強い眼差しの若き騎士は、ラドリッドであった。


王がお決まりの式典文章を一通り読み上げると、


「はっ!」


とラドリッドは頭を下げ、立ち上がり敬礼し、勅命を承る宣誓を述べた後に、広間に響き渡る凛とした声で騎士道の十戒を唱えた。


「うむうむ、若いもんはやはり元気があって良いのぅ」


と微笑みながらつぶやく王を、その若いもんに国の命運がかかってるんだけどな、と横で文官長が苦笑するが、すぐに王に目線を送り、最後の締めの台詞を促した。


王はそれに気付き、


「それでは、行って参れ!」


と、細い声を必死に張り上げて王笏を振った。


「はーっ!!」


再度敬礼し直すと、ラドリッドは向き直り、まっすぐに扉の外へと去っていった。


「生きて戻るのだぞ……」


騎士団総長がその背に小さくつぶやいた。


謁見の間を出たラドリッドが、誰もおらず灯りも消えている騎士団の武具庫で一人装備の再点検をしているところへ、


「どっか行くのか」


先の街での事件の時にラドリッドの剣を止めた栗毛の騎士が、ふらりと現れた。


「フリードグラッド」


暗闇に突然現れたその姿にも特に驚きもせずに、


「あぁ」


短くラドリッドが答える。


ったく、いつまで経ってもそう呼ぶな、って、未だに俺も毎回ツッこんじまうんだが、


と、フリードグラッドは心の中で苦笑する。


彼の名はヒューイルート・フリードグラッドといい、そのままではどう呼ぶにも長いため、仲間も上官も、彼のことをヒューイまたはフリードと呼んでいるのだが、生真面目なラドリッドだけは初対面の時から今までずっと、フリードグラッド本人や周りにいくら何を言われても、「名はその者を表す大事なものなのだから」と頑なに譲らなかった。


自分は「ラッド」って呼ばれても何も言わねぇくせになぁ。


当のラドリッドは、フリードグラッドの方にはあえて振り返らずに装備品を揃えている。


いかに仲間とはいえ、今回のように個別に命じられた作戦行動の内容を口にすることはできない。


早々にこの場から去ろうと、フリードグラッドの横を通り抜けて、


「行ってくる」


とだけ言って出ようとしたが、その肩をフリードグラッドが引き止めた。


「なんだ」


あまり多くは聞いてくれるなよ、とラドリッドが目線で伝える。


「いや…、うーん、まぁ、なんつーかな」


そんなことはわかり切っているのだが、たぶんかなり危険度の高い任務を受けてるのだろう、と察し、そういう時、何か言うべきことがある気がするんだけど、と考えるが、上手い言葉が見付からない。


「先を急ぐんだ。早くしてくれ」


そういう台詞がすらすら出てくるような性格ではなかろう、とわかっているラドリッドがせかす。


「そうだな……。うーん…、まぁ、だから…、…もしお前が戻って来なかったら、あの子は俺が面倒見てやるから、安心しな」


と笑うと、


「まったくお前は…」


ラドリッドもつられて笑い出し、しかしすぐに真剣な顔に戻って、


「だが……もし本当にそうなったら……、その時は、頼む」


と、まっすぐに目を見つめた。


「は、お前が殺しても死ぬようなタマかよ。さっさと行って終わらして帰って来て、そのまま結婚でも何でもしちまえ」


フリードグラッドはラドリッドの肩から手を離し、背中をバンバンと叩く。


「な……、お前…!」


からかわれて顔を赤くするラドリッドであったが、すぐに彼の方に向き直り、


「前言撤回だ、俺は必ず戻る。アリシアはお前の世話にはならん」


「あぁ、だといいがな」


小さな笑みを交わし合い、第一○一騎士団結成当時からの盟友が背を見送るのを感じながら、ラドリッドは暗い通路へと消えて行った。




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