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火恋の山 ‐ヒレンノヤマ‐  作者: 遠矢九十九
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城下町

二人が並んで歩く街へと続く通りは、進むに連れてだんだん広くなり始め人通りも増え、地面の手入れも行き届き平らにならされ、さらに街の中に入るとすっかり舗装されて、人も荷車もつまずくことのない立派な大通りへと変わっていった。


その大通りの両側には、ディーゴの家と同じぐらい、またはそれよりも大きな建物が立ち並び、それらの建物には多くの店が軒を連ね、道沿いの歩道にも露天や屋台がひしめき合い、店主たちが声を張り上げている。


その隙間をまるでくぐり抜けるように、多くの人や荷車が行き交い、その声や音が重なり合って巨大なざわめきとなり、耳が痛いぐらいであった。


ディーゴと連れ立って大通りを歩くアリシアは、目に入るすべてが驚きの連続であり、きょろきょろと街中を見回し、自分の生まれ育った農村とのあまりの違いに、


都会っていうのは、一体何がどうなっているのかしら、


と不思議がりながらも、初めての都会の景色に胸が踊り、ディーゴをあれこれ質問攻めにしていた。


ディーゴは微笑ましげに、時には真面目に、時には冗談を交えながら、その質問にすべて答えていく。


街の中では、露天や商店、行き交う人々から、時折ディーゴの知り合いが声をかけてくる。


その度にディーゴは足を止め、楽しそうに談笑し、そこで必ず訊かれる、彼の連れている見慣れない若い娘への質問に、


「なに、北方の村の知り合いの孫娘でな、あっちは最近だいぶ物騒じゃから、しばらくうちで預かってくれということでな、まぁよろしく頼むよ」


とアリシアを紹介する。


「アリシアと申します、よろしくお願いします」


今日こうして深々と頭を下げて挨拶をしたのは、これでもう何度目だったか。


「お友達、多いのね」


街は初めてかい、まぁ頑張りなさいねぇ、と軽く手を挙げて去っていく老婆の背を見送りながら、アリシアは思った以上のディーゴの顔の広さに、ふぅ、と息をつく。


「何、単なる年の功じゃよ」


老人は笑いながら再び歩き出す。


そこへまた脇道の方から、三十代後半といったところの、色黒でやや小太りの、勢い良さげな男性が、


「よぉじいさん、今日は若い娘なんか連れてどうしたぃ?」


と声を張り上げながら近付いてきた。


「おお、お前さんは今日も元気じゃの」


と歩み寄りながら、アリシアに軽く目配せするディーゴ。


何かしら、と思いながらも、ただの挨拶以上の何かがあるのだろうと察し、笑顔を作りあとを着いて行く。


ディーゴは先までに何度と言った娘の説明を繰り返し、


「景気はどうじゃの」


と続けた。


「いやぁー、なんか最近市場の品が偏ってるというかなぁ、値上がりもしてるし、悪いが今日もそんなにいいものは揃えられてないんだよ」


と首を振る店主。


「まぁ、お前さんのところは、選び抜かれたこだわりの品揃えが売りじゃからのぅ。わしも楽しみにしとるんじゃが、残念じゃわい」


「いやいや、じいさんは北の山で自給自足だから、うちぐらいのもんは見慣れてるはずだろ?なんやかんやで逆に街の連中よりいいもん食ってると思うぜ。あそこの果物や山菜は、珍しくて上等なのがあるからなぁ」


あら、北の山の話。へぇ、あそこの食べ物って、けっこういいものだったのね、道理で美味しかったはずだわ。それにやっぱりこれはもしかして、と本題に入る機会を伺い始めるアリシア。


「だけど北の山は例のアレがあるだろう。じいさん以外じゃ、わざわざ入る人間も少なくてなぁ」


店主の言葉に、


「あら、ディーゴさんったら、毎日のようにあの山に入ってるなんて、普通じゃないことでしたのね」


驚いたような素振りで乗っかり、傍らのディーゴを見つめる。


アリシアが行商の話に持って行こうとしている気配を感じながらも、焦ってはいかんぞい、と、あくまでも自然な会話の流れを続けるディーゴ。


「いやいや、まぁ、昔からよく知った山じゃてのぅ」


「でもおかげさまで、昨日の山菜のスープ、とっても美味しかったわ」


老人の意を汲みとってか、直感的にか、アリシアも単なる会話を装って言葉をつむぎ続ける。


「あぁー、やっぱりコカサダケが入ると絶品になるからのぅ」


若干、わざとらしくも、具体的な品名が入ってきた。


すると老策士の目論見通りといったところか、


「おいおいじいさん、コカサダケなんか普通に食ってるのかよ、そんなもん、うちでも滅多に出ない高級品だぜ」


店主が大きな反応を示す。


そこへさらに、


「まぁー、確かに、ここらじゃ北の山の反対斜面にしか自生はしとらんからな。わしでもそうそう多くは手に入るものでも無いんじゃが」


「あら、そうとは知らずに食べ過ぎてしまいましたわ」


「ははは、昨日のは、ちと調子に乗って採り過ぎじゃったわい」


収穫量が少なくは無いことを強調する。


「おいおい本当かよ、そんなに採れんのかい?余ってないか?うちにも置きたいもんだ」


よし。


「ふぅむ、まぁあるにはあるんじゃが、さすがに店に並べるほどの量では無いんじゃないかのぅ。また山に入れば、それなりに採れるのかもしれんが…」


「本当かい?どこか大量に採れる場所でもあるのかい?」


群生地、すなわち安定供給の可能性。


「それほど大量と言うわけでは無くての、まぁ年の功ってやつでな、わしにしかわからん、入れんような場所も、あの山には多かろうて」


自身の特異性・優位性の提示。


「そうかぁー、でも今度また採り過ぎたら、持ってきてくれよな。高くで買うぜ」


冗談のような本気のような、商売人の売り言葉に買い言葉ではあるが、買うという意思表示が出てきた。が、まだ、もう少し。それにまだアリシアが話に登場していない。


「うーん、しかしなぁ。やっぱり採れたてが欲しかろう?いくらわしでも、朝から山に入って収穫して、帰ってきて今度は街へ行ってそれを売って、というのは、なぁ」


と腰をさするディーゴ。


腰なんて痛そうにしてるの、ほんのこの一日ぐらいの間とは言え、全然見たことも無いし想像もつかないわ、と、アリシアは笑いそうになるのをこらえる。


「はは、そうだな、いくらあんたでも、さすがに疲れるか」


店主はディーゴの体力を、せいぜい普通より多少元気で健康な老人、程度にしか思っていないのだろう。


「そうなんじゃよー、すまんのぅ」


ディーゴが詫びて、話が終わりそうになったその時、


「あら、そしたら私がお運びすれば良いのでは?」


なにやら考えている風にしていたアリシアが割って入った。


「色々お世話になっているんですもの。そのぐらいお手伝いしたいわ」


まるで初めてその話をするかのように、ディーゴに向かって提案するアリシア。


「そうかい?いやぁしかし、預かっとる大切な娘さんに、そんな大変なことはさせられんで…」


しぶってみせるディーゴ。


「あら、私、山の農村育ちで体力も自信あるし、野菜や果物はこれでもけっこう詳しい方ですのよ」


自分の生い立ちや取り柄をさりげなく折り込みつつ、すっかり乗り気になっている様子、を演じるアリシア。


いや、これは本当にそう思って乗り気になっているのだから、もはや演技ではないのか。


「しかしのぅ」


まだしぶっている、ような素振りをしながら、店主が割って入ってくるのを待つディーゴ、そしてもはや手のひらで転がされているかのように思惑通りに、


「そりゃ名案じゃないか」


と店主が二人に向かって声を張った。


「でしょう?」


アリシアが笑顔で店主に向かって目を輝かせる。


「あぁ、それにこんなきれいな娘さんが毎日来てくれるっていうなら、大歓迎さ」


自分に向けられたその笑顔に、機嫌良さ気な店主。


「あら、ありがとうございます。でもどうかしら、毎日は、おじいちゃんの体力がもたないのでは?」


ディーゴの腰に視線が集まる。


「ふぅむ、確かに、山の反対斜面に毎日行くのはしんどいのぅ。採り過ぎてもいかんしなぁ。まぁ、コカサダケ以外の、もう少し近場で摂りやすい山菜や果物であれば、毎日でも大丈夫なんじゃが」


商品の種類・幅の提示。


「ふぅん、それは残念だが、近場だと何があるかね。近場でも珍しいものは採れるのかい」


「そうじゃのぅ、時期にもよるんじゃが、今だとちょうどヤマレモンが収穫し時かのぅ。あれも北の山のもんは格別に美味いんじゃが、一人でそれほど消費できるものでも無いし、今までほとんど収穫といった収穫はせんで、ほとんどが落ちるがままに放っておいたんじゃが…」


ヤマレモンに関しても、量は少なくないことを示す。


「ヤマレモンか…、確かにそろそろ時期ではあるな。他で採れたのとそんなに違うのかい?」


「いやー、全然違うわい。そうじゃな、論より証拠、今度持ってくるから、一度食べてみればええ」


新しい商品は、見本の用意を。


「本当かい?ぜひよろしく頼むよ」


「ふむ、わかったよ。他にもお前さんの店に置けそうなものがあったら、探して持ってくるわい。アリシアさんも、ずいぶん忙しくなってしまいそうじゃが、これでええかの?」


ディーゴがアリシアを見やって、店主にわからないように一瞬片目をつぶってみせる。


そのいたずらっ子のような瞳に、あんまり笑ってしまわないように気を付けながら、


「えぇ、もちろんよ。お手伝いができて嬉しいわ。店主さんも…、えぇと、お名前は…」


と店主の目をじっと見つめる。


「ベルグだ。そこの路地入ってすぐの、ベルグ商店をやってる」


「はい。わかりました、ベルグさん、これからよろしくお願いしますね」


深々と頭を下げるアリシア。


「あぁ、なるべく早く来てくれよな。それと…」


ベルグは一歩近寄りながら小声になって、


「できればコカサダケみたいなもんは、他には売らないでくれよな」


とささやく。


アリシアは少し困ったような顔をして、


「どうしましょう、そういうことでよろしいものですの?」


とディーゴを振り返るが、


「さてのぅ、それは、街の声次第じゃないかの」


と返し、辺りにひしめく店の数々を見回すディーゴ。


「やれやれ、しょうがねぇなぁ、でもできるだけ、頼むよ」


元々、特定の商品を独占的に入荷して売るというのは、彼の店のような、街にあふれる小さな商店の一つに過ぎない規模では難しいわけで、そんなことはわかって言ってみただけであり、ベルグも軽く笑って流した。


「よくわかりませんが、頑張ります。とにかく、これからお世話になりますので、よろしくお願いします」


相手が安心して距離を縮められるように多少の世間知らず感を含ませてから、そろそろ話の締めと、アリシアは頭を下げた。


「あぁ、それじゃあな」


「アリシアさん一人で来ても、買い叩いたり、余計なことはするんじゃないぞい」


店へと戻っていくベルグに、ディーゴが冗談を投げかけると、ベルグは笑いながら、心配すんな、と言い残して店内へと消えていった。


「さて、行くかの」


歩き出し、ベルグの店からだいぶ離れた辺りで、


「まぁあの店はそもそも、わしが北の山で採ってくるもんを常々欲しがっておったから、初級編といったところじゃが、それにしてもなかなかに上々の流れじゃったのぅ。本当に街は初めてかね?アリシアさん」


農村育ちという言葉から想像されるような、純朴な田舎娘とはかけ離れた立ち居振る舞いのアリシアに、笑いながら問いかけるディーゴに、


「ふふ、だから本当に、貧しい農村の民が生き抜いていくための、生活の知恵なのよ。それよりディーゴさんこそ、本当に元伝説の騎士さま?街で何かお店でも開いていたのではなくて?」


と逆に質問が返ってくる。


「はは、まぁ、戦場の最前線で剣を振るわなくなって、上から全体を見渡して戦略を考えるようになり出したら、あとは駒と数字と屁理屈を転がす盤上の差し合い、騎士団も商売もさほど変わらんということじゃよ」


「なるほどねぇ。お互い、想像と現実は全然違う、ってことかしらね」


「そういうことじゃな。わしにもまだまだ新鮮な驚きが残っとったもんじゃ。長生きもしてみるもんじゃわい」


「そうね」


二人は大通りをさらに中心部に向かって、楽しげに進んでいった。


その後の道中でも何度か似たようなやりとりがありつつも、二人はやがて中心部に近い、酒場などが多い地域に辿り着いた。


その中を迷路のように走る裏通りには、昼間でも開いている酒場も多く並んでいる。


そのうちの一本を通りすぎようとした時、


「ようー、じいさんー」


ディーゴに向かって陽気に声をかける男の声が聞こえた。


声の方向を見やると、裏通りへ入る角に、店前にテーブルを並べた酒場があり、そこから中年の男が大きく手を振っていた。


「おう、お前さん、今日は非番かね」


昨夜北の門にいた、中年の警備兵だった。


「いやぁ、夜勤明けで、今飲み始めたところよ」


その割にはずいぶん頭もふらついて、ろれつも怪しいようだが。


「おや、そっちの娘さんは昨日の子じゃないかね。調子はどうだい。ラドリッドとはもう会ったかね」


「あ、ちょ、待て待て」


老人は酔っぱらいの警備兵に思わぬ速さで駆け寄り、言葉を遮る。


またまた何かおかしな感じだわね…。


アリシアは門をくぐった時と同じ、二人の間に何か不穏な空気を感じ取る。


怪しげな雰囲気の老人と中年はしばし何やらごそごそと話していたが、なにしろ相手は酔っぱらい、すぐに隠し事などできぬ声量で、会話の内容は丸聞こえになっていた。何やらラドリッドとの仲がどうとか、賭けだとか、その他にも卑猥な単語も幾つか聞こえてくる。


これはもしかすると、私をネタに何か……。


アリシアはそっと二人の背後から忍び寄り、


「一体何の話ですの?」


と詰め寄った。


言葉を濁しながら詫びるディーゴと、いまいちまとまりのない酔っぱらい中年の話を、どうにかまとめると、ディーゴはアリシアについて、北方の村の知り合いの孫娘で、あっちは最近だいぶ物騒になってきたから、しばらく自分の家で預かることになった、と、ここまではさっきもずっとみんなに言っていたことと同じ。


それで、その知り合いのじいさんとは昔から、自分の子や孫同士が結婚したら面白いのぅ、などと冗談の約束をしていて、そこへ今回ちょうど良く若い娘が来ることになり、歳も近いラドリッドとくっつけたらいいじゃないか、となり、


だがあの真面目一本・朴念仁でお硬い騎士道馬鹿のラドリッドが、そう都合良く若い娘にうつつを抜かすもんかね、


いやいや、そうは言っても女に興味が無いわけじゃないようだし、こんなきれいな娘さんとほぼ同居に近い状況になれば、あいつも何か動きを見せるかもしれん、


「こりゃ見ものだなっつって、本当はもっとちゃんとあんたの入門審査もしなきゃならなかったんだが、面白そうだから適当に書類作ってすんなり通してやることにしたのさ」


顔を真っ赤にした酔っぱらいが、大笑いしながらさらに酒をあおる。


「まぁ、そんなこと」


アリシアはあきれた様子でディーゴを睨みつけ、早足でその場を去り始めた。


あわてて追いかけるディーゴ。


老人の小柄な体がさらに小さく見えた。


「よろしくやれよ!べっぴんのお嬢さん!」


その背中に向かって、意気揚々な中年が酒臭い言葉を投げかけた。


無言で先を行くアリシアを追って、酒場地帯もすっかり見えなくなった頃、ディーゴがすまなそうに背後から詫び始める。


「いやぁ…、すまん…、別に本気でそんなことを言っていたわけじゃなくてのぅ…。いや、しかし確かにラッドに、あんたみたいないい娘さんがいてくれたら、とも思うには思ったが…。いや、しかしそれよりも、あんたを確実に安全に門の中に入れるには、ああ言うのがいちばん早かったんじゃよ…。あの男ならああいう話にしておけば、必ず簡単に通すだろうとわかっておったもんじゃて…。だから気にせんでくれ…。忘れてくれぬか…。すまん、この通りじゃ…」


ふいに、ずっと無言の早足で先を急ぎ続けていたアリシアが立ち止まった。


「おぅっ…?……アリシアさん…?」


ぶつかりそうになり、あわてて自分も立ち止まり、アリシアの背を申し訳なさげに覗き見るディーゴだったが、やがてその背が小刻みに震え始めるのを見ると、


「あぁー…、すまんー…、本当にそんなつもりでは…」


泣き出したのかと思ってあわて出す。


しかし、


「く…くく……ふふ……」


と背中越しに声が漏れ始めた。


「?……あのー…、アリシアさん……?」


「ふ…ふふ……、さすがね、『竜翼』の老騎士さん」


振り返ったアリシアは、笑いをこらえていた。


「ありゃ、なんじゃ、わしはてっきり怒って泣いておるのかと……」


驚くディーゴに、


「ごめんなさい…。あの人の言い方にちょっと嫌な気分になったのは確かにそうなんだけど…、でも確かに、昨日のあの場で私を連れてすんなり門をくぐるには、いかにもあなたの考えそうな、なかなかの妙案だったと思うわ。でもだからって冷静に考えたら、すごく馬鹿みたいな話じゃない。こんなので街の重要な門を通しちゃうんじゃ、あの人もこの街の警備も、ろくなもんじゃないわって思ったら、なんだか馬鹿馬鹿しくておかしくなってきちゃって…」


笑い出した娘の姿にほっと胸を撫で下ろして、


「いや…しかし、失礼なことをした。すまんかった」


と再びしっかりと詫びる。


「いいのよ、頭を上げて、ディーゴさん。だって、ほら」


アリシアが正面を指差した。


ディーゴが頭を上げて見ると、その指し示す先の、坂の頂には、巨大な建造物が複雑に入り組んだ広大な城がそびえ立っており、その城を堅牢な城壁が高く取り囲んでいた。


「おや、なんやかんやしとるうちに、城まで来とったか」


ディーゴがわずかに顔をほころばせ、目を細める。


「でも、でも、このお城がさ、こんなにかっこよくて頑丈そうで強そうなのに、街だってあんなに栄えてて人も店も物も灯りもいっぱいですごいのに、肝心の門番があんなんなのよ?あんなにすんなり入っちゃった外部の人間が、もう城の前よ?なんなら今、戦時中よ?見掛け倒しもいいところだわ、馬鹿みたい」


アリシアは再び一人で笑い出した。


なんじゃのぅ、意外とこういうところで大笑いする娘さんなんじゃのぅ。


アリシアの意外な姿を見た気がしたが、とりあえずは怒っていないようなので、良かった良かった、と、頭を掻きながら、いったん脇の石垣にちょこんと腰をおろして、アリシアが落ち着くのを待つ老人。


あんな門なんて、ザルだわ、ザル、などとしばしの間、ひとしきり笑い終えたアリシアが、ふらふらとやってきて、その隣に座った。


「いやー、なんというか、その…」


「本当にもういいのよ、ディーゴさん。私だってもし同じように外の若い娘を上手く通すとしたら、あの門番さんの性格とか、ラドリッドの存在を知ってたら、だいたい同じような話をしていたと思うわ」


「そうかいの…」


「えぇ」


ディーゴに笑顔で向き直るアリシア。


「だから、ね」


「わかったよ。すまなかった、ありがとう」


「ううん」


ディーゴもやっと気が落ち着いたようだ。


「それとな」


「なぁに?」


「門の審査も、普段は、本当はもっとちゃんと厳しくやっとるんじゃよ」


「そうなの?あやしいものだわ」


まぁ、あの人だけが門番なわけじゃないんだし、今回はディーゴさんも一緒にいたしね、でもやっぱりあやしいところだわ、


アリシアはまた少し笑う。


そのまましばらく二人で、何をするわけでも無くそこに座りながら休んだ。そういえば、家を出てからかなりの時間、歩きっぱなしであった。もうすっかり午後の陽が傾き始める気配を見せていた。


そうして一時が経った頃、遠くのどこかから、馬車の近付いてくる音が聞こえてきた。


馬車は城へ向かっているのか、こちらへ近付いてきているようで、やがて通りの向こうに影が見えたと思うと、あっという間に二人の座る石垣の前を通り過ぎていったが、なぜか少し進んだところで激しく急停止した。馬の嘶く声が響く。


何事かと見ていると、勢いよく扉が開き一人の初老の騎士が、さっそうと降り立ち、こちらへと歩み寄ってきて、ディーゴの前で立ち止まり背を伸ばすと、


「あなたはもしや、『竜翼』の騎士随一の策士、ディーゴ・アーロウ殿ではありませぬか!」


と声を張り上げた。


「ん…、そうじゃが」


飛び出してきた騎士の姿に、まさか私を捕まえに来たのかしら、と身構えているアリシアの横で、ディーゴは、特に驚いた様子も無く答える。


「やはりそうでありましたか!お話しできて光栄であります!貴殿は覚えてはおられぬことかと存じますが、私はかつて竜翼の騎士団の元で働いておりました、当時の第三騎士団長、ジルイール・ナヴァクと申す者であります!」


ディーゴの前で、自分の胸に右手の拳をかざして敬礼する騎士。


「覚えとるよジル、なんじゃ、暴れもんじゃったお前も、ずいぶん老けたのぅ」


「はっ、恐れ入ります!」


あらあら、と二人を交互に見つめるアリシア。


ディーゴさんったら、本当に偉い騎士様だったのねぇ…。でもこういう状況では、私はどうするべきなのかしら。ディーゴさんと同じところにいたままでいいのかしら、この騎士さんもかなり上級の人みたいだし、なんというか、彼より頭を低くすべきじゃないのかしら。


しかしそんなアリシアなどは目に入らないといった様子で、興奮気味に初老の騎士はディーゴに敬意や昔話を述べ続けている。それを懐かしげに、しかしいつも通りに軽く返しているディーゴ。


と、そのうちに初老の騎士がアリシアの方を向き直り、


「お孫さんですか、しかし確かお孫さんはラドリッド一人だったはずでは…」


と問うような口ぶりになる。


「あぁ、色々事情があってな。知人の孫娘を預かっとるんじゃよ」


ディーゴがさらりと返すと、


「なるほど…、ん…、ということは、御同居なされておられるのですか」


「あぁ、そうじゃよ」


「ふーむ、それは、なるほど…、ふむ、『竜翼』の策士殿の考えなさること、きっと…」


と、なにやら勝手に何かを納得しているようで、


「本日はお会いできて大変光栄です!たまには城にもお出で頂ければ、騎士団一同、歓迎致します!」


「あぁ、まぁ、気が向いたらな」


「は!ぜひ、お待ち致しております!それでは任務の途中ゆえ、私はこれにて!」


と再度敬礼をしてから馬車へと引き返し、扉の前で振り返りこちらに会釈をし、現れた時と同様にさっそうと乗り込んで扉を閉めると、馬車は再び走り出して城の門があるであろう方へと消えていった。


軽く手を挙げながらそれを見送るディーゴに、


「ディーゴさんって、本当に『竜翼』の騎士様だったのねぇ」


とアリシアが驚きを示す。


「なんじゃ、信じとらんかったんかいな」


と笑うディーゴ。


「信じてなかったってわけじゃないんだけど、あんな地位の高そうな騎士さんまでが、あんなに興奮して声をかけてくるなんて、よっぽどのものだわ、と思って」


「ははは、そうじゃな。いやぁ、それにしても、あの暴れもんが、今では騎士団総長とはの」


「まぁ、あの方、騎士団の総長様でしたの?やっぱり私、もっとちゃんとご挨拶した方が良かったのではないかしら」


騎士団総長と言えば、全騎士団の最上位の存在である。結局どうしたものかと動かずにいた自分に、やはり後悔の気持ちが湧く。


「まぁ気になさるな。あれはそういう細かいことを気にするたちではないわい」


懐かしげに昔のことを思い出し、目を細める老人。


「そう?それなら良いのだけれど……。でも、それにしても、なんだかまた変な誤解をされているような気配を感じたのだけど…。なんだかみんな、ラドリッドと私がどうにかなるのを期待してる風に感じるわ。ラドリッドって、みんなにどういう人間だと思われているのかしら?そんなに女に飢えているような性格には見えないけど…」


アリシアが感じたままを素直に言う。


そうじゃのう、とディーゴ。


「むしろその逆じゃから、みんな何かを期待しとるんじゃろうな。まぁ、愛されとる証拠じゃよ。みんな、若く優秀で真面目な『翼』の騎士殿を、心配しとるんじゃ」


と笑う。


「そんな精鋭の騎士さまがみんなに心配されちゃうなんて、それにあの門番さんも、この国、本当に大丈夫なのかしら」


石垣から立ち上がりながら、アリシアが当の国の中枢たる、城を見上げた。


「ははは、まぁ、門番はともかく、騎士団の方は大丈夫じゃろうよ、なにしろ、わしが育てたんじゃからな」


そう言って立ち上がり、アリシアの横に並ぶディーゴ。


「うーん、もうよくわからなくなってきたわ」


「ほっほっ、国なんてもんは、そもそもよくわからんもんじゃよ」


「ううーん、そういうことじゃなくてー…」


「さて、よくわからん国の存亡問題より、自分の晩飯じゃ。そろそろラッドも起きて腹をすかせておる頃じゃて、何か肉でも買って帰るかの」


ディーゴが城を背にして、元来た道を戻り始める。


「あ、待ってよ。……そう言えば、肉はさすがに自分では獲らないの?」


アリシアが後を追いながら、素朴な疑問をぶつけてみる。


あぁ、でも、そう言えば肉は、前歯折れちゃったんだっけ。ラドリッド用かな。


「まぁ、前歯が無事な頃は、たまには仲間と狩りもしとったんじゃが、それこそ量がとれすぎて困るんでな、ほとんど趣味的なもんじゃったよ」


「そうなんだ」


「あぁ、でもアリシアさんの商品に加えられるなら、また再開してもいいかもしれんのぅ」


これは名案かと、ディーゴがアリシアに確認の眼差しを向けるが、


「うーん、うちの村は本当に農産物ばっかりだったから、肉のことはあんまりわからないかも」


と弱気なアリシア。


「そうかい、まぁこの辺で捕れるものといったら、猪か鹿か兎か…、うーん、まぁええわい、そのうち気が向いたらまた考えようかの」


「はい。必要なら、私も少しは勉強しますわ」


でも、兎なんてかわいらしくて、上手くさばけるかしら、と想像してアリシアは首を傾げる。


「はは、まぁあまり最初から手広くやると、商売というのはたいがい失敗するもんじゃて。まずは『アリシアと言えば北の山の珍しくて美味しい山菜と果物』、を定着させるのが先決じゃな」


「そうね。頑張るわ」


途中、先ほどの酒場を通り過ぎたが、あの門番の姿はもう無かった。


道すがら、知り合いになった人たちと再び挨拶を交わしながら、途中の商店で、やわらかく調理するならこの肉をこの作り方でと、老人にも優しい猪肉の部位と調理法を教わり、それを持って軽い足取りで帰路に着いた。


こうしてとりあえずの行商の段取りもつき、アリシア、そしてディーゴとラドリッドの、新しい日々が始まった。


ほぼ毎朝、ディーゴが夜明け前に山に入って色々なものを収穫し、彼が戻る頃にアリシアが起きて朝食を用意する。


それを二人で食べながら、たまに時間が合えばラドリッドも食事に加わり、今日の商品の値付けをする。


朝食が終わると、ラドリッドはそのまま城へ向かうか、夜勤明けの時には自宅へ戻って休む。


それを見送ると、アリシアは食器を片付け、ディーゴが荷車に商品を載せる。


準備が整ったところで、まだ街が目覚める前に到着するように、二人は急ぎ荷車を引いて出発する。


アリシアが卸し先の面々や、街ですれ違うディーゴの知り合いたちの顔と名前を覚えるまでは、そして、皆がアリシアのことを良い印象で覚え受け入れるようになるまでは、ディーゴも街へ同行し、アリシアも並んで軽い会話をはずませながら、街に溶け込めるようつとめた。


その甲斐あってか、一月も経つ頃にはすっかり知り合いも増え、ディーゴの亡き夫人の遺した、やや高級ながらも古風で派手過ぎず、かつ洒落っ気も見て取れる衣服がよく似合うその容姿や、気さくで物怖じしない明るく聡明な性格からも、アリシアは街でちょっとした人気者になり始めていた。


「もう少ししたら、一人でも大丈夫そうじゃの」


帰り道、嬉しそうにディーゴが微笑む。


「そうねぇ、まだまだディーゴさんに助けて欲しい場面はいっぱいあるけど、こうして売りに行くだけなら、そろそろなんとか頑張れそうかしら。ディーゴさんも大変ですものね」


荷車を引きながら、アリシアが微笑み返す。


ディーゴは何度か荷車を自分が引こうかと言ったのだが、一人で行くようになれば結局私がやらなきゃいけないことなんだから、今のうちから、練習練習、それにこのぐらいなら、村の収穫期に比べればまだ軽い方よ、と、アリシアはその任を譲らなかった。


「そうしたら、そろそろ時期じゃて、その間にわしは裏の畑を始めようかの」


一人で耕すにはだいぶ広そうな畑であったが、たぶん、ディーゴならばできてしまうのだろう。


とは言え、


「あら、それも楽しそうなお仕事ね。私もたまにお手伝いしてもいいかしら」


農村育ちの血が騒ぐ、といった様子のアリシア。


「あぁ、アリシアさんに余裕がありそうな時じゃったら、たまにお願いしようかのぅ。でも無理はせん方がええぞい」


「そうね、でも街の方はこうしてお昼過ぎには帰ってこられるのだし、少しぐらいは大丈夫よ」


ディーゴの農業知識がどの程度なのかわからないが、物心つかぬうちから触れて身に付けてきた経験と技術を活かせる余地があるのなら、できるだけ自分も加わりたかった。


農業は大地とのたゆまぬ対話。


やるなら、そしてその収穫物を商品にするなら、趣味の家庭菜園程度では納得がいかない。


ディーゴはそんなアリシアの心中を察してか、


「まぁ、わしも自己流で自給自足や近所に配る分ぐらいのもんじゃて、専門家の協力をあおげるのなら助かるがのぅ」


と頷いてみせた。


「はい、お手伝いさせて頂きます」


と嬉しそうにディーゴを振り返るが、相手が人の心を手に取るように計り知れるであろう、『竜翼』の策士であったことを思い出し、


「あっ、でも、もしかして、本当は畑のことも野菜のこともよくわかってらして、私に気を遣って言ってくださってるなら、お邪魔はしませんわ」


と付け加える。


「ほっほっほ、本当にただの自己流じゃよ。ナガウリなんか毎年こーんなになっとるわい」


大きく曲がりくねったナガウリを大袈裟な手振りで表す。


「ふふ、でも本当は味に形なんか関係無いのよ。大事なのは土と諸々の時機ですもの」


「そうなのかい」


ディーゴが過去の自分の畑のことを思い出しながら答える。


「えぇ、それに上手に育てれば、無理やりなことをせずとも自然とまっすぐなナガウリにもなりますわ」


「ほほぅ、なるほどのぅ。これはやはりご意見を伺いながらやった方が良さそうじゃの」


ディーゴは本当に感心しているようだった。


「はい。それでは、頑張らせて頂きます」


畑の野菜が村で作っていたものぐらいしっかりと育てば、商品としての価値も高いはず。上手く行けば少し畑の規模も拡大して、時期をずらして年中何かが収穫できるように作物の種類を増やして、いつでも商品が途切れないようにして、でもそうなるとさすがに人出が足りないかしら、ラドリッドに手伝わせるわけにもいかないし、人を雇うなんて、給金も気持ち的にも余裕が無いわ。


うーん……。


考え込み出したアリシアに、


「ほっほっ、まぁ、とにかくまずは畑を見てもらわんとのぅ」


きっと何やら農業の事業計画でも立てているのだろうと、ディーゴが笑った。



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