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褪せることのない花冠を  作者: やまぐち光緒
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04.陽だまりにきらめく

 その日、私は急いでグレイさんのもとへ向かっていた。常連のおばあさんと話し込んでいたらちょっと遅くなってしまったのだ。グレイさん、もういらっしゃるかしら。怒ってるかな。帰っていないといいけれど……。


 息を切らしながらなんとか丘に辿り着く。きょろきょろと辺りを見回せば、木の下に目を閉じて座り込んでいるグレイさんの姿を見つけた。私がほっと胸をなでおろしてグレイさんに近づくと、ぱっとグレイさんが目を開けてこちらを見た。気配察知能力が高すぎる。


「こんにちは。あの、遅くなってしまって申し訳ありません」

「いや、こちらが頼んで来てもらっているんだ。文句などあるものか。それに俺も今来たところだ」


 相変わらず涼し気な顔でグレイさんは淡々としゃべる。表情が変わったのを見たことがないけれど、今の私はもう怖いとは思わなくなっていた。


「それで、どうでしたか? 昨日の花冠は……」

「ああ、それなんだがな。ものすごく、ものすごく喜んでいた」

「えっ、ほっ、本当ですかっ!? やったっ!」


 私は思わず手を叩いて跳ねてしまった。素直に嬉しい! 実を言えば自分でもうまく出来たと思っていたし、ちょっと、ほんのちょっとだけ「芸がない」を気にしていたのだ。

 浮かれてはしゃいでいる私をグレイさんが見ていることに気が付き、恥ずかしくなって縮こまる。あーもうこういうところなのよエミリー! こんなんだからセシリアに子供っぽいって言われるの!


 大人しくなった私を特に気にすることもなく、グレイさんは言った。


「本当に喜んでいたんだ、ただ……」

「ただ……?」


 グレイさんはそこで言葉を切り、また目をつむって俯いてしまう。そのまま何もしゃべらないのでどうしたのだろう、と焦っていると、グレイさんが小さい声でぽつりと零した。


「…………自分で作れ。と言われてしまった」


 え。


 固まる私。グレイさんは顔を上げると綺麗な瞳で正面を見据えながら、しかしどこか遠くを見るように話した。


「すぐに俺が作った花冠じゃないとバレた。あいつはこういう細かいところによく気付くやつなんだ。『これはこれとしてもらうがおまえはおまえでちゃんと作れ』と言われたんだ」

「な、なんでバレちゃったんでしょうね……?」

「曰く、『不器用な人間がいきなりこんなにきれいに作れるか』とのことだ」


 グレイさんはやっぱり表情を変えない。いつもの冷たい目で、氷のような鋭い雰囲気を纏っている。けど、もしかして、落ち込んでる……? 全然いつもと変わらない様子なのに何故か姿が小さく見える。


 何と言うべきかわからなかった私だが、突然言葉が口から滑り出た。「練習しましょう」グレイさんが私を見る。


「練習?」

「はい。練習すれば絶対にいつかはうまく作れるようになります。それで、うまくなって、一番きれいに出来たものをその方にプレゼントしましょうよ。私でよければ作り方は何度でもお教えしますし!」

「……そうしてもらえるなら助かるが、本当に良いのか? 迷惑にならないか?」

「大丈夫です。それに私が見てみたいんです。あなたが作った花冠」


 たった数日しか会ってないけれど、そんな私にですらわかる。グレイさんが優しい人だってこと。外見や雰囲気は確かに人を寄せ付けないものがあるけれど、でもそれがすべてじゃない。誰かの為に花を贈ろうとして真剣に考える人だもの。そんな人が怖い人なわけない。グレイさんが花冠を作れるようになったなら、きっとそれはとっても素晴らしいものになる。優しい人の指先が丁寧に編むのだから。


 じっとグレイさんが私の目を見てくる。私もそれを見返してると、先に逸らしたのはグレイさんだった。


「――恩に着る。これからよろしく頼む」

「こちらこそ! 精一杯努めさせていただきます」

「そういえば、自己紹介がまだだったな」


 そう言ってグレイさんが立ち上がった。男性にしては細身で、女の私よりもずっと背が高いその人は透き通るような声で自分の名を名乗った。


「俺はグレイ。グレイ・ベルナドットだ。この前までは魔物を狩っていた。今は暇を持て余している」

「な、なるほど。私はエミリーと申します。エミリー・ダズリーです」

「ああ、覚えた。俺のことは好きに呼べばいい」

「わ、私も好きに呼んでくださって結構ですよ!」

「そうか。ではエミリーと。いや、先生の方がいいか? どちらが良い?」

「えっ、え!? え、ええ、エミリーで!」


 先生なんて恐れ多い。私がそう言うと、グレイさんは「了解した」と深く頷いた。






「なかなかうまくいかないな。難しいものだ」


 あれからのんびりと花冠の練習をしているがまだまだグレイさんには難しいみたいだ。こういうのは自分のペースで頑張るのが大事だと思うので、根気強く頑張ってほしい。


「これならば魔物を切る方が余程簡単だ」

「魔物……」

「先ほども言ったが、俺はついこの間まで魔物を倒す生活をしていた。近隣に潜伏していた首魁を倒したので今は何もすることがないんだが」

「あ、知ってますよ。私、グレイさんのことパレードでお見掛けしましたから」

「……見たのか? 俺を」

「? はい」

「……そうか。いや、俺はああいう人前に出ることが苦手でな。なんとか辞退できないか思ったんだが結局無理矢理乗せられてしまった。目立たない位置には居たがな」


 その気持ち、わかる。私があんな風にパレードに出るとしたら絶対グレイさんが居た場所に居るもの。


「そうだ、グレイさん。良かったら冒険の話を聞かせていただけませんか?」

「冒険の話?」

「はい。ちょっと興味あるんです。グレイさんたちがどんな風に魔物を倒しに行ったのか」


 グレイさんは腕を組んで首を傾げた。


「俺の話、面白くないと思うぞ」

「え、何でですか?」

「俺がつまらない男だからな。それに、よく『お前は言わなくていいことをしゃべって言ったほうがいいことをしゃべる』と言われる。まあ要するに俺は黙っていたほうがいいらしい」

「……私はグレイさんとお話しするの楽しいですよ」


 お世辞でもなんでもなく、本当にそう思う。誰かと話していると程度の差はあれど私は疲れてしまう。でも、数日前に会ったばかりのグレイさんと話していても全然平気だから不思議。寧ろいつも聞き手に回りがちな私なのにどんどん口から言葉が出てくる。積極的に話ができる。


「そんなことを言われたのは初めてだ」


 グレイさんがそう言ってまた首を傾げたところで、ちょうど私が作っていた花冠が完成する。


「出来ました!」

「見事だな。俺のものとは全く違う」


 グレイさんに出来上がった花冠を渡すと、観察するようにじっと眺めていた。かと思うと、おもむろに花冠をグレイさん自身の頭の上にのせたのだ。


「こんな感じか?」

「ふ、ふふっ、ふふふふふ」

「何故笑う?」

「あっ、ご、ごめんなさい! その馬鹿にしたんじゃなくて、か、可愛かったから……ふふふ」


 グレイさんの綺麗な髪に淡い色の花はとても良く似合っている。びっくりするくらい顔立ちも整っている人だから絵になる。絵になるんだけど、笑ってしまう。普段のイメージとは違うものを付けているからなんだと思う。


「ほ、ほんとにごめんなさい……! グレイさ……」


 笑いを堪えきれず下げていた顔を上げる。その瞬間、私の体は痺れたように動かなくなってしまった。


 花冠をのせたままグレイさんは笑っていた。風に吹かれて揺れる髪が光のせいで透けてみえる。鋭い目を柔らかく細めて、僅かに口角を上げるだけの控えめな微笑み。たったそれだけのことで私の頭は真っ白になってしまってもう何にも言えなくなった。


「よく笑うんだな。俺はいつも人には怖がられるから、お前みたいに笑ってくれる人は少ないんだ」


 瞬きをした時にはいつもの無表情のグレイさんだった。あの一瞬は幻だったかのように。でも私の心臓はドクドクと煩いままだ。


「……どうかしたか?」

「や、えっと、その、大丈夫、です……」

「具合が悪いのか? 気がつかなかった、すまない」

「いえ! 体調は平気なので! ちょっとぼーっとしてしまっただけなので!」

「そうか? だが、結構な時間が経ってしまってるな。続きはまた今度にしよう。それでも構わないか?」

「あ、はい! 明日も今日と同じくらいの時間なら空いてます」

「そうか」


 グレイさんは立ち上がって帰ろうとする。が、ふと動きを止めた。そして私の方に向き直る。


「……今日は楽しかった。また明日もよろしく頼む。エミリー」


「こっ、こちらこそ! また明日! グレイさん!」


 私が小さく手を振るとグレイさんも小さくひらひらと手を振り返してくれた。遠ざかって行く背中をずっと見送っていたのだが、私は気が付かなかった。


 グレイさんが花冠をのせたまま歩いて行ってしまったということに。



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