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褪せることのない花冠を  作者: やまぐち光緒
3/5

03.小さな種の中には素敵なものが詰まってる

 翌日の私は全く仕事が手につかなかった。ぼーっと花に水を遣る私に奥さんがついに話しかけた。


「……エミリー?」

「あっ、はい、何ですか!」

「あなたちょっと休憩してきなさい」

「えっ」

「思えばあなた、今までがむしゃらに頑張りすぎたのよ。そういう日もあるわよね」

「あの……」


 言い返す暇もなく私は店から放り出される。呆然と立ちつくす私を通りすがりの人が心配そうに眺めていった。


 昨日のグレイさんとの出会いの衝撃が強すぎて上の空になっていた自覚はある。だって、全然思ってた人と違った。ずっと無表情だし最初は怖かったけどなんというか、素直! 直球! みたいな人だった。多分、自分が思ったことをそのまま口に出す人なんだろうな。それがキツい印象を人に与えてるのかも。

 でも、グレイさん悪い人じゃないと思う。恋人いるし。お礼言ってくれたし。お花くれたし。あのアルベルクの花はどうしようどうしよう、と悩んだ結果とりあえず花瓶に差している。


 ……今日も行けば、会えるかな。


 花を勧めた手前、どうなったのか気になるところではある。多分、奥さんはしばらく私をお店に入れてくれないだろうし。私は行く先を決めて歩き出した。






 ……いた。いらっしゃった。


 私は昨日と同じようにこっそりと様子をうかがっていた。グレイさんはやっぱり背を向けていて、けれど今日はその場に座り込んでいた。手が動いているのはわかるので、何かしているのだろうか。


 突然、グレイさんがぐるっとこっちを振り向いた。


「やはりな」

「こ、こんにちは……!」


 何故バレる! 何故急に振り向く! バクバクする心臓を必死に落ち着かせながら私は近寄った。


「その、昨日の者ですが……」

「ああ、気配が同じだったからな。すぐにわかったぞ」


 てことは、私がコソコソしてるのにも気付いていらっしゃったのね……は、恥ずかしい。私は自分の頬が熱くなるのを感じたが、グレイさんの手が話してる間も動いているのが気になった。そういえば何をしているのだろう。私はグレイさんの手元を覗き込んだ。


 グレイさんが花を何本か手に取っているのはわかった。が、なぜかどれもぐちゃぐちゃの状態になっている。他にもしなしなと萎れた花の残骸や散ってしまった花弁がグレイさんの周りにあるのがわかった。


「あの……」

「何だ」

「何をなさっているのか聞いてもいいですか?」


  グレイさんは無言だったが、やがて「ああ」と頷いて話を始めた。


「昨日、あの後すぐに花を持って行ったんだ」

「その、お花を頼まれた方に?」

「そうだ。渡したところ『お前にしてはセンスがある。及第点』と言われた」

「て、手厳しいですね……」


  その評価はそのまま私のセンスの評価に直結するので、うーん及第点か……。というか、英雄様に対してこんな頼み事ができるなんてもしかしてすごい人なのかしら。あ、恋人なんだっけ。


「いや、あいつにしてはこれはかなり褒めているほうだ。いつももっと酷く言われる」

「そうなんですか!?」

「ああ。とにかくあいつは花を褒めてはくれたんだが、こうも言った。『芸がない』と」

「げ、芸……」


 あまりにも無難すぎた、ということなんだろうか。英雄様の恋人はなかなかに手ごわい相手と見た。


「そこでこれを作ってくるように言われたんだ」

「……これ?」


 私は再度、グレイさんの手元を見る。


「ああ。花冠だ」


 花冠。はなかんむり。グレイさんが? 作ってるの?


「ごほん! ふ、んんっ! ん! すみません。咳が……」

「構わない。いざ見様見真似で作ってみたんだがこの有様だ」


 そう言って私な手元の花冠(なのだろう、恐らく)を見せてくる。


「恥ずかしい限りだ。俺は剣を振るしか能の無い男でそれ以外のことはさっぱりなんだ。特に手先の不器用さは改めて指摘されるまでもない。掃除をすれば何かしらを壊し、料理をすればオムレツすら焦がす。周りからはよく何もしないで立っていろ、と言われる」


 掃除……料理……。グレイさんもそういうことするんだ……。


「……おまえは、作れるか?」

「えっ」

「花冠だ。作れたりしないか?」


 グレイさんが私の顔を覗き込む。灰色のあの目に私の間抜けな顔が映っている。整った顔が急に近づいてきたという事実に一瞬動きが止まるが、慌てて距離を取る。


「え、えっと、はい! 花冠なら作れます」


 狼狽えながらも答えると「本当か」とグレイさんがこちらにまたぐいっと顔を近づける。

 いや近い近い!


「ほ、ほんとうです……」

「……非常に厚かましい申し出だとはわかっているが、一つ頼みを聞いてくれないか」

「た、頼み?」

「俺に花冠の作り方を教えて欲しい」


  あ。グレイさんて睫毛すごい長い。


 そんな馬鹿みたいなことが浮かんでくるくらい、私たちの距離は近くって、沸騰寸前の頭で私は言った。


「あの……ち、近いです……!」





 深く頭を下げて謝罪するグレイさんにこちらも頭を下げての謝罪バトルを終えて、いざ花冠作り。と、なったはいいものの。


「……」

「だ、誰にでも失敗はありますよ! 最初からうまくできる人なんてそうそういません!」


 グレイさんびっくりするくらい不器用。でも頑張ってるのがわかってるだけに、私も上手に教えられないのが申し訳ない。


「すまないな」


 グレイさんがぽつりと言葉を零す。


「やはり、俺には向いていないのだろう。おまえが丁寧に教えてくれているにも関わらずこの体たらく。恥ずかしい限りだ」

「そんなこと……あ、そうだ! 私が作ってみます! 」


 そうよ、実際に何か見本になるようなものがあればいいのよ。

 そう思い立った私は花を摘んで編み始める。可愛らしい白い花に、柔らかなピンクの花を。丁寧に、きれいに、優しく優しく。

 そう念じながら編むことしばらく。控えめな花冠が完成した。私は出来たものをグレイさんに見せる。


「こんな感じです! 私も最初は不恰好なものしか作れなくて……でも、続けていれば絶対に上手になります!」

「……そうだろうか」

「そうですよ!」


 私は笑いながら答える。と、持っている花冠にグレイさんの手がそっと触れる。白くて細くて、きれい。なのに、私とは全然違う長い指が壊れ物を扱うように私が作った花冠を撫でていた。


「これ、貰っても構わないか?」

「えっ!」

「とても上手で、その、可愛らしい。あいつにも見せてやりたい、と思ったんだが……」


 ダメか? と尋ねるグレイさんに「全然!」と返す。


「勿論大丈夫ですよ。これで良ければどうぞ」

「ああ、ありがとう。本当はもっと教えを乞いたいところなんだが、もう行かなくてはならないんだ。明日、良ければ今日と同じくらいの時間にここに来れないか?」

「え、え、あ、行けます! 大丈夫です!」

「そうか……ではまた明日」


 そう言って昨日と同じようにグレイさんはスタスタと歩いて行ってしまった。い、今、私グレイさんと約束したんだよね? 明日もここで会おうって。自分のことなのに信じられなくてソワソワして落ち着かない。


「……あれ」


 そういえばグレイさん、あの花冠を見せると言っていたけれど、グレイさん本人じゃなくて私が作ったものを恋人に見せて大丈夫なのかしら?



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