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褪せることのない花冠を  作者: やまぐち光緒
1/5

01.始まりのリボンはするりと解ける

 ガラガラと鳴る車輪の音に顔を上げた。店の入り口から顔を覗かせれば馬車が走り去っていくのが見える。こんな朝早くから一体何事なのだろう。疑問を抱くが、すぐにまた開店準備へと戻る。


「おはようエミリー」

「あ、おはようございます奥さん!」


 店の奥から現れた花屋の女主人にエミリーは元気よく挨拶をした。

 今日もまた変わらぬ朝がやってくる。




 鮮やかに色付いた花を丁寧に包む。淡い青のリボンを結って、椅子に座って待っていた少女へと手渡した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうに笑う少女を見て、私、エミリーも嬉しくなる。


「おばあさん、元気になるといいね」

「うん!」


 女の子は明るく頷くと、笑顔のまま店を去っていった。その後ろ姿が見えなくなるまで私が手を振っていると、後ろから奥さんに声を掛けられる。


「エミリー、そろそろ休憩してもいいわよ」

「はーい!」


 エプロンを脱いでカウンター近くの椅子に腰かけると、奥さんがクッキーとお茶を持ってきてくれた。漂う甘い香りに頬が緩む。一つを手に取って口に放り込めばサクサクとした食感が広がって、堪らずもう一つに手を伸ばした。


「おいしい!」

「そう? なら良かった」

「もしかして最近出来たお店の?」

「ええ。気になって買ってきちゃった」


 そう言って奥さんは悪戯っぽく笑う。彼女はこの花屋の店主で街でも評判になるほど奇麗な人である。旦那さんはあちこちを旅して回っているらしく、私は会ったことがない。奥さん曰く「ほんとどうしようもない男」だそうだけど、そういう割に奥さんの顔は優し気だったのを覚えている。


「……エミリーもうちに来てから一年以上経つのね」

「え? もうそんなにですか?」


 私は驚いてクッキーを食べる手を止めた。


 半年。父と母が亡くなって全部失ってから、もう一年。


「あの時はただもう必死で……環境も何かも変わってしまったものだから。そんなに時間が経っていたんですね」

「今ではうちの仕事もちゃんとこなせているし……たまにミスはあるけれど」

「あれ~?」


 奥さんの指摘を誤魔化すように私はティーカップを手に取った。



 私は元々とある貴族の一人娘だった。といっても貴族なんて名ばかり。資産なんて過去の代でとうに食い潰されてほとんど残っていなかった。土地と屋敷の維持費だけで精一杯で没落生活と言っても差し支えない。それでも私は幸せな生活を送っていた。優しい父と母が居たからだ。


 しかし、私が十五の時に二人は病気で亡くなった。父が先に死んで後を追うように母が。私に残されたのは土地と屋敷と使用人達。いずれ婚約者の元へ嫁ぐための教養や作法だけを学んでいた私が、貴族としての仕事をこなせるはずもなかった。


 そう、私には婚約者が居た。二つ年上の人で私が小さい頃に父が必至で取り付けた婚約だ。一人になって何の力も無かった私に頼れるのは彼の家だけだった。


 そんな私の期待は敢え無く外れることとなる。簡単に言えば全部取られてしまったのだ。どういう過程を経てそうなってしまったのかさっぱり分からないけれど、領地も、お屋敷も、少しの財産も全て婚約者の家のものになってしまった。


 無知な小娘一人にできることも、どうにかする力も無かった。呆然とする私に婚約者は言った。


「お前は本当に馬鹿な女だったなあ、エミリー。いや、何も知らなかっただけか。まあ同じことだ。お前なんかと結婚することにならなくて本当に良かったよ。これでさよならだ」


 その言葉を最後に、私は居場所までもを失くしたのだった。



「……どこにも行く場所が無くなってうろついているところを奥さんに拾ってもらって。本当、運が良かったです」

「……それを運が良いって言えるのがすごいわ。でも、何回聞いても腹が立つわね。その婚約者の家をどうにかしてやりたいとは思わないの?」

「思ったってどうしようもないですよ。どうせ私なんて死んだことになってるんじゃないですか? ……それに、別に復讐したいなんて思ってないんです。会ったら何発か殴っても合法だとは思いますけど……」


 復讐なんて一度も考えたこと無かった。勿論、怒りが全く無かったわけじゃない。でも、それ以上に。


「悲しかっただけなんです。大事な人を失ったことが。信じていた相手に裏切られたことが。それだけなんです」

「……エミリー」

「で、も!」


 私は言葉に力を込めて、奥さんに笑ってみせる。


「そんな人と結婚しなくて良かった! って今は思ってるし、奥さんみたいな良い人に会えたし、何より今の生活が大好きなんです! 本当に、心の底から満足しているんです。だから、いいんです」


 私の言葉に嘘は無い。完全に立ち直ってはいないけれど、今の私には大事な人も居場所もある。毎日充実した幸せな生活が送れている。これ以上望むことなんて。


「……そう?」

「そうです! 仕事があって、友人がいて、寝る場所も食べるものもあって。十分です」

「あら、でも一つ足りないんじゃないかしら?」

「え? 何がです?」


 奥さんに手招きされて耳を寄せればひっそりと囁かれる。「こ・い・び・と」私は真顔で奥さんを見た。


「欲しくないの?」

「えー……特には」

「嘘。枕元に恋愛小説隠してるじゃない」

「何で知ってるんですか!?」


 キャー! とふざけて顔を覆えば「そういうのいいから」とにこやかに言われる。ご、誤魔化しきれなかった。


「あなたも十六でしょう? 浮ついた話の一つや二つどうなの?」

「奥さーん。私今日まで必死だったんですよ? そんな余裕もありませんて」

「でも興味ないことないでしょ。恋愛小説読んでるんだし」

「あれは貸してもらっただけですぅ」

「あなたは何事にも一生懸命だし真面目なのが美徳だけれど、こうも恋愛の話を聞かないと不安になってくるわ。仕事の合間に男に会いに行ってる、くらいの話を聞けたら安心できるのだけれど……」

「でも実際にそんなことしてたら激怒ですよね?」

「当たり前でしょう」


 パチン、と音がして目線を下げれば、いつの間にか奥さんの手には剪定用のハサミが握られている。反対の手には頭を失くした可哀想な緑の細い体。


 私は見なかったことにして会話を続ける。


「まあそのうち、はい、そのうちに。前向きに考えてます」

「あ、私が紹介しましょうか? 知り合いに声を掛けて何人かぽいぽいっとお相手見つけてくるわよ?」

「ご厚意はありがたいんですけど~……」


 パチンパチン、と鳴らされるハサミに恐怖しながら曖昧な笑みを浮かべてやり過ごしていると、カランカランと店の扉のベルが鳴った。


「こんにちはー」

「あっ、セシリア!」


 私はすぐさま立ち上がって扉へと向かう。そこに立っていたのは私の友人であるセシリアだった。彼女はこの街の酒場の娘で、私がここに来て最初に出来た友人だった。明るくてしっかりしていて、良く笑う。彼女の笑顔には人を引きつける魅力があった。


「エミリー! ねえ今、暇?」

「ええ。ちょうど休憩時間だけど」

「じゃあパレードを見に行かない!?」

「パレード?」


 私が首を捻ると、奥さんが説明してくれた。


「ほら、最近まで魔物の被害が酷かったでしょう? 一時期は本当に危ないところまでいったんだけど、ついこの前、その魔物の親玉を討伐した冒険者一行が居てね。聞いたことあるんじゃない?」

「ああ! 『英雄様』!」


 街の人がそう呼んでいるのを聞いたことがある。勢力を増すばかりの魔物達。その首魁は普通の人間の想像を超えるものだと噂されていた。


 しかし、ある日それを打ち滅ぼした者たちが現れた。以来、魔物達による人への被害が一気に減ったのだという。人々はその人物達を『英雄様』と呼んでいたのだ。


「でも、その『英雄様』達、別に冒険者じゃないらしいですよ? 全員がこの国の出身で、力はあるけど持て余していた人を集めただけだとか」

「それで倒しちゃうのもすごい話だと思うけれど……」


 苦笑いをする奥さんに私も頷く。

 冒険者はその名の通り国を跨いであちこちを冒険する人のことだが、今回の『英雄様』は全員この国から出たことがないらしい。この街出身の人もいるんだとか。あくまで噂だけれど。


「で! その英雄様方の御功績をお祝いして感謝を送ろう! ってことで今日の昼から王城付近でパレードをするのよ! その時に英雄様達の顔も見れるわ! ね、ね! 見に行かない!?」

「それ、セシリアがかっこいい人を見つけたいだけじゃない……」

「悪い?」


 私が呆れてもセシリアは開き直ってしまっている。こういう素直なところが彼女の長所ではあるけど、こんなところで発揮しなくてもいい。


「んー……興味ある、かもしれないし無いかもしれないわ」

「どっちよ、それ」

「じゃあセシリアが見に行って感想を教えてくれればいいから。私はそれでー……」

「あ、じゃあその時にエミリーの恋愛について話し合う?」


 奥さんが私の言葉を遮ってきた。私は青ざめて奥さんの方を見るが、反対にセシリアは瞳を輝かせた。


「え? エミリーの恋について? 何それ面白そう! はいはい、私も混ざりたいです!」

「じゃあ、決まりね。まずエミリーの好みのタイプから――……」

「パレードお昼からだったかしら!? 今から行かないと間に合わないわよね!? さあセシリア行こう行こう! かっこいい殿方探しに行こう!!」


 私は強引にセシリアの手を引っ張って店から飛び出したのだった。





 私がまだ、『英雄様』に出会う前の話。

 

 

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