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02-オークの執念

 バリケードから身を乗り出し、前衛を支える村の若衆がビンを投げた。忌避剤を詰め込んだビンであり、入り口のところには導火線が付いている。火を付け投げれば望むところであのクソ臭い煙を撒き散らす、という寸法である。

 凄まじい悪臭を受けてガルムたちの動きが鈍った。さすがに訓練されているだけあり、闘志は萎えていない。だが動きを止めた隙に散弾のシャワーを浴びせられた。皮膚と筋肉、脂肪の層が薄いガルムには十分な効果がある。次から次へと死体が増えて行く。


「へへっ、魔導核を回収出来ないのが残念で仕方ねえな……! 入れ食いだ」


 隣に並んだ鍛冶屋のロジャーさんが言う。

 強がっているが震えは隠せない。


「ガルムの突撃で相手を撹乱し、混乱している隙に本隊が突入する。

 オークの戦法はだいたい変わりません。次の波が来ますよ、準備を」


 フィズは殺戮の最中にあって、冷静だ。

 一切心を乱さず、一切奮い立たず。

 心が凍え切っているようでもある。

 頼もしくもあり、恐ろしくもある。


 フィズの言葉通り、オークたちの恐ろしい咆哮が辺りに響いた。揺らめく炎に照らされて、醜悪な豚人たちが突進してくる。濃い肌色の皮膚を晒した裸、腰蓑さえも付けていない全裸だが、あんなのでも防具を着た俺たちより頑丈だ。

 我先にと走り来るオークたち。が、そいつらは一斉に転倒した。


「おお、あんな簡単な罠でもどうにかなるもんなんだなぁ……!」


 あらかじめ蔓のロープを通路に張っておいたのだ。藪の中に隠しておいたとはいえ、まさか本当に引っかかるとは。あいつらに『慎重』という言葉はないらしい。

 だが二体、運よくロープを乗り越えて来るものがいた。他の連中は引っかかって転倒し、倒れた奴に足を絡ませ、そいつに押し留められ先に勧めずにいる。だが一人でも無事に残っていればマズいことになる。


 フィズの両手が閃いた。いつの間にか握られていた小石はなくなっていた。意気揚々と突進していたオークたちは、何かに弾かれたように頭から地面に落ちて行く。フィズが投げた石がオークの頭を射抜いたのだろう、ここからでも頭にへこみがあるのが分かる。


「壊して、早く!」


 砦の上の狙撃犯が動く。精密な狙いで油壷を撃ち抜き、粉々に破壊した。どろりとした液体が地面に撒かれ、枠線に沿って流れて行く。オークたちが起き上がろうともたもたしている間に、前衛が仕掛けを作動させる。炎が油に落ちる。

 轟、と大気が焦げた。熱波が砦の上にいる俺の方にも来たように錯覚した。それだけ膨大な熱量、凄まじい炎。赤々とした炎が道を、オークを焼いた。


「よっしゃあ! やった、やったぞ俺たち!」

「まだやってません! あいつらの生命力を舐めないで!」


 フィズの言葉通りオークたちは炎に巻かれながらも進んで来た。あれで死なないのか、と戦慄する。スラッグ弾を詰めた散弾銃を構え撃つ。砦の上からの射撃と前線の攻撃、弾幕に晒され生き残ったオークたちもどんどん数を減らして行く。フィズもデカい瓦礫を掴み投げる、狙いは恐ろしいほど正確だ。


 これなら勝てる。

 そう思った時、オークたちの攻撃がぴたりと止んだ。


「オークが後退して行く……? 撤退したのか?」

「あまりにも犠牲が少なすぎます。あいつら、この程度で下がるタマじゃないです」


 あの撃ち合いだけで20は死んだはずだが、それでも少ないのか。オークとはどれだけ多産な種族なんだ? っていうかあいつらバカなのか?


「下がっても無駄だ。油がある限り炎は燃え続ける……」

「それはあいつらにも分かっているはずです。何かをするつもり……」




 10分後。

 オークたちが横一列に並び突っ込んで来た。


「オイオイオイ」


 そしてあいつらは自ら、燃え盛る油の海に飛び込んで行ったのだ。


「イカれてる……!? あいつら、ホントは死にたいんじゃないのか!?」

「ある意味合理的ですよ。あそこにいる間仲間は燃えない……」


 オークたちは自分たちの体で窒息消化を試みたのだ。炎の渦に飛び込んで行ったオークたちにより、さながら橋が出来上がったようだ。オークたちはそれを踏み越えて奥へ向かう。炎の壁はあっという間に無力化されてしまった。


「みんな、下がってください! 撤退支援を、前線は捨てます!」


 砦の上から撤退支援を行う、予定通りに。だが予定通り行かないこともある。オークたちの侵攻は予定より速く、そしてより命知らずだった。背中から殴られ、蹴り倒され、次から次へと村人が殺される。農家の見習いマーク、教会の手伝いシリウス。ようやく親父に仕事を任せてもらえると喜んでいたニックも死んだ。


(クソッ、クソッ、クソォォッ……!)


 無心でトリガーを引く。フィズも次から次へと瓦礫を投げる。ロープを垂らし、逃げて来た味方が昇るのを助ける。オークたちも迫って来るが、バリケードに阻まれ思うように進めずにいた。


「進め、進め! グライフォスの加護が我らを守るであろう!」


 ガラガラとした不快な声が響く。声のした方向を見ると、一団の誰よりも大柄なオークがいた。他の連中は裸だが、そいつは胸当てと拳の部分に棘の付いた手甲、そして雄牛のような鋭い角が突き出した兜を身に着けていた。

 あれが敵のリーダー。真正面に姿を現してきたが、しかしここからでは狙えない。周りのオークたちが邪魔だった。


(仲間には死ねというくせに、自分は安全なところにいるのか!)


 いや、それは自分も同じだ。砦の上という比較的安全なところでオークと戦っている。ようは、立場の違い。やることの違い。


「フィズさん、全員後退完了しました!」

「オーリ、何をやっているのですか! 崩しますよ、早く降りて!」


 言われてはっとした。もう周りには誰も残っていない。慌てて俺は砦から飛び降りた。爆薬の起爆装置を、神父様が操作するのが見えた。


 轟音と爆炎、衝撃と熱波。

 衝撃に煽られ俺は吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。かろうじで立ち上がった俺が見たのは崩れていく天井、そしてそれに巻き込まれて潰れて行くオークの姿だった。

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