02-防衛戦開始
村へと続く道は広い一本道。
ここ以外に通れる場所はなく、つまりは攻めやすく逃げにくい。
オークの襲撃に際して俺たちに残された手段は戦うことだけだった。
「さあさあ! 早くするのです! 日が暮れてしまうのですよ!」
フィズの指示で俺たちはバリケードを築いた。村の廃材を持ち寄り乱雑に組み立て、有刺鉄線を巻いたり隙間に刃物を差し込んだりして手を出し辛くする。村を守る4mばかりの門にも補強が施される。
「あいつらがいつ攻めて来るか、分かるか?」
「日が落ちてからでしょう。
奴らは光のない環境でも周りを見通せるように進化しています。
僅かな光でも彼らにとっては真昼のように明るいことでしょう」
やはり詳しい。
彼女がいなかったら、と考えるとゾッとする。
「フィズさん! 油壷を置くのはこの辺でいいんですね!?」
「オッケーです。松明も落としやすくしていますか?」
「ヒモで引っ張れば落ちるように設置してます。ダメなら壊します」
フィズはグッと親指を立てる。見え辛くしているが、足元には枠がある。油壷を破壊した時むやみやたらに油が散らばって行かないようにするためだ。オークは体に熱をためやすく、炎に弱い。試していないから本当かは分からないが。
「フィズさん、町中の武器をかき集めてきました!」
「ふむ、中々の貯蔵量ですね」
町中から散弾銃、ライフル、拳銃がかき集められてきた。自動火器の類はない、あっても専門の訓練を受けていない俺たちでは扱い切れないだろうが。
「それから、警備隊用の鎧も集めて来たんですけど……」
「それを使うような場面になったら、それこそおしまいですね。
理想を言えば白兵戦の距離に到達する前に相手を撤退させること。
そこまでうまくいくかは分かりませんが」
フィズはこめかみのあたりをトントンと叩き、何事かを考えた。
「この中で銃器の扱いに習熟したものは?」
我こそは、というメンバーが手を上げる。
俺の目から見ても腕のいい人たちが揃う。
「前線の味方に誤射しない自信がある人は砦の上からの援護をお願いします。
崩れた時に撤退を支援する役目でもあります。そこも考えてください。
それ以外の人たちはバリケードから、比較的近距離で敵の相手をします。
とにかく撃ちまくる、それが基本なのです」
とにかく弾の量で相手を圧倒しろ、ということか。100体近いオーク、一瞬でも弾を切らしたら負ける。誰も彼も責任重大だ。
「それから、教会に爆薬や武器の貸与を求めるって話は……」
「村長のカナートさんが話に言ってるよ。でも、望み薄じゃないかね……」
神父様は気さくな人だが、厳格な人だ。一般人に渡すなと言われている武器を、簡単に貸してくれるとは思えない。少ししてカナート村長が帰って来た、禿げ頭にはいつもより光沢がないような気がする。やはり彼も緊張しているのだろう。
「神父様の回答はいつも通りじゃ。勇者でないものには与えられない」
「まったく、頭の固い奴なのです。どういう状況か分かっているのでしょうか?」
「もちろん神父様も現状に危機感を抱いてらっしゃる」
村長の後ろから白衣に身を包んだ老人が出て来る。
「だからワシもオーク対策に協力させてもらうぞ」
神父様だ。フィズの方を見る、そっぽを向いてやり過ごそうとしているらしい。
「ワシも昔は勇者として上層を目指した……
膝に矢を受けて冒険を続けられなくなってしまったがな。
ワシの監督の下、爆弾を扱うのならば問題はあるまい」
「ありがたい話なのです。量にもよりますが最終手段とすべきでしょうね」
フィズは町へと続く道を見ながら言った。ブツブツと口中で呟き、時たま指さし何かを確認しているようだった。何となく、やりたいことが分かる。
「道を崩してオークの侵入を阻止しようと?」
「道を崩すのは当たり。
でもあいつらは強引に潜り抜けて来ます。最終手段ですが……
砦まで肉薄して来たら爆破して生き埋めにします。
撤退の時間も稼げますからね」
まだ読みが甘い、ということか。考えるべきことは多い。
「……さて! こんなところで話し合っていても事は進まないのです!
オークの進軍まで時間がありません、さっさと築城を勧めるのです!
最後の瞬間まで!」
人々は声を上げた。大気が震える。
これほど多くの人が集まれば、これだけみんなが一致団結していれば。
きっと、オークの軍勢を退けることが出来るだろう。
だが安心することは出来ない。敵の数はこちらの倍近いのだから。
※
その日の夜。
松明の火が辺りを薄ぼんやりと照らす。夜の世界がこれほどまでに恐ろしく、そして心細いものだと、俺は知らなかった。
「緊張しているようですね、オーリ」
「俺はお前ほど肝が据わっていないんでね……それ、なんだ?」
フィズは手元で小石を弄んでいる。
足下にはもっと大きい瓦礫もある。
「私が銃を持つと、戦う力を持たない人に武器が行き渡らなくなります。
私はこれで十分、オークだろうが何だろうが殺せる威力があります」
一つ、二つ、三つ。
片手で石をグルグルと回す。見事なものだ。
「俺たちはオークに勝てるんだろうか……専門家の目から見て、どうだ?」
「何度もオークと戦ってきたからよく分かるのです。でも言いませんよ」
フィズは小石のお手玉をやめて俺の目を見た。
「私が『勝てる』と言えば心が軽くなりますか?
『負ける』と言えば絶望しますか?」
「それは……」
「賽はもう投げられてしまったのです。あなたの望みになど一切関係なく。
流れの飲み込まれてしまったなら、全力で泳ぐしかないのです。
その時大切なのは、絶対に諦めないこと。死ぬと思った時人は死ぬのです」
重い言葉だ。これまで何度も死と向き合ってきたのだろう。
「……そうだな、泣き言吐いてもオークは帰ってくれねえんだもんな」
「そういうことです。あいつらの豚鼻に一発くれてやるのですよ」
その時、丘まで行っていた斥候たちが戻って来た。
「オークたちが来たぞぉぉぉぉ!」
息も絶え絶え、といった様子だ。否、実際に手傷を負っている。戻ってきた人数も少ない。すでに攻撃を受けていたのだ。
斥候のハービー、エレン、オックスをガルムたちが襲う。統率された動き、オークたちがガルムを飼っているとフィズは言っていたが、しかし。
「総員、戦闘開始! 決めていた通り、冷静にやりますよ!」
フィズが叫ぶ。
命令が全体に行き渡る。戦いの火蓋が切って落とされた。