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02-迫る軍勢

 29階層と30階層の、ちょうど真ん中にある『虐殺の丘』の入り口に俺たちは立った。見晴らしがよく、遮蔽物もない平原は隠れる場所がない。だからもし、ガルムの群れに遭遇してしまった場合はまったく逃げられないのだ。相手を殺し尽くすか、それとも殺されるか。そんな物騒な場所に怪物の集団がいた。


「あれが全部オークなのか……! すごい数じゃないか」

「せいぜいが100体くらいですが……この階層に来る量としては異常ですね」


 そりゃそうだ、オークなど見たこともないのだから。もしあれと真正面から当たることになれば、勇者だってただでは済まないだろう。双眼鏡で覗いていると、向こうにいる化け物と目が合った気がした。慌てて視線を逸らすが、気付かれた様子はまるでなかった。


「ナーバスにならなくてもいいのです。この距離なら気付かれませんから」

「分かってる。分かってるけど……あいつらいったいどうしてここに?」

「さあ?

 タルタロスは最上層へと続く一本の道からどんどん枝分かれしています。

 それを把握することは誰にも出来ない……新しい道を開拓したのかも。

 人間の帝国を迂回して下に降りられるルートを探し出したのです」


 タルタロスの構造について、いままで考えたことがなかった。漠然としたイメージしかなかったが、フィズは俺より多くのことを知っている。


「下の方を押さえようとしている、ってことなのか?」

「上と下、両面から人間に圧力をかけられるようになるかもしれませんね」


 そうなれば、魔獣との戦いはこれまで以上に困難なものになるだろう。


「……スタルトに戻ろう。この先にあるのは、俺たちの町だけだ」

「そうですね。部隊の一部がすでに欠けていることを彼らは理解している……

 いえ、おおざっぱなオークのことだから数えていないのかも……

 ただその可能性は、うーん……」


 フィズはブツブツと呟いている。

 自分の中で考えをまとめているのだろうか。


「集団の中心にいた、やたらとデカい奴。あれがオークのリーダーなのか?」

「体格はあんまり関係ないですけど、一番狡賢(ずるがしこ)い奴がリーダーになるのです。

 集団を、特に戦闘集団を引っ張っていくのに必要なのは悪意ですから。

 どうすれば敵を困らせられるか、どうすれば敵が一番嫌がってくれるか」

「そしてあいつがオークの中で一番狡賢い、ってことか……」

「この中にいるオークでは、という枕詞が付きますけれどね。

 オークの中でもっとも残忍で、狡猾で、強いのはオーク王国の王……

 オーク(キング)グライフォス」


 いったいどういう奴なのだろうか。

 あいつらよりも醜いのだろうか?




 俺たちは踵を返してスタルト村へと戻って行った。それでも一日がかり、俺が村に戻れたのは陽が昇り、沈み、また昇って来た頃だった。


「オークの軍勢が攻めて来ている、って……それは本当なのか!」


 警備のダニエルさんが血相を変えて俺に詰め寄って来る。

 頭を縦に振るしかない。


「信じられないだろうけど、事実だ。俺と、ここのフィズが一緒に見た。

 まあこいつが信用出来ないのは仕方ないかもしれないけどさ……

 俺の目は信じてくれ、頼む」

「なんだかすごく、バカにされた気がするのです。

 リスペクトをきちんとするのです」


 やかましい。

 警備隊長のスレイマンさんは両手を組み、唸っている。


「かつて、そんな例はない。こんな低層にオークが現れるなど……」

「かつてないことが起こっているのです。認めなければならないのです」

「フィズの言う通りだ。このままじゃスタルト村は滅ぼされる」


 いい思い出も、悪い思い出も、この村にはたくさんある。不思議だ、旅立った時は帰って来なくていいとさえ思ったのに。機器を見逃すことは、俺には出来なかった。


「戦おう、俺たちで。オークが襲ってくるんなら叩き返してやればいい」


 拳を打ち付け、俺は俺を奮い立たせた。

 もちろん反応は芳しくない。


「だが、私たちだけでオークを倒せるとは思えない……」

「戦ったこともないし……」「ガルムとやり会うのだってキツいのに……」


 警備隊の中にも動揺が広がって来る。

 もちろん、それは当たり前のことだ。


「分かってる、荷が重い仕事だってのは。だが俺たちには心強い味方がいる」


 フィズの背中を力強く叩き、押し出す。正確には存外重いし踏ん張る力も強くて押し出せなかったが、フィズが空気を呼んで一歩踏み出してくれた。


「上層での戦闘経験がある勇者様だ。

 オークなんぞどれだけ殺したか覚えちゃいねえ。

 こいつの話をよく聞くんだぜ、みんな。

 俺だってオークを殺すことが出来たんだからな」


 またウソを吐いた。

 フィズは空気を読んで胸を張ってくれる。


「本当なのか?」「俺たちにもオークを?」「そんなにすごい人が……」


 警備隊の面々は半信半疑、といった感じでフィズを見る。

 彼女は髪を掻き上げ、


「ひれ伏すのです。私がケツに卵の殻付いたひよこを一人前にしてあげるのです」


 違う、そうじゃない。


「うおおおおおおお!」「フィズ様!」「勇者フィズ様!」「やったあ!」


 ヒくほど盛り上がった。

 この村はもうダメなんじゃないだろうか。


「それで、フィズ。あの数のオークを相手にするために、俺たちはどうすればいい?」


 フィズはふっと笑い、両手を上げた。

 みんな、一斉に黙る。


「不安はあると思いますが、私の言う通りにすれば問題はありません」


 この女の不敵な――そして残忍な――笑顔には、それだけの力があった。


「お楽しみはこれからなのです。焼き豚パーティの始まりなのですよ」

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