11-美しいもの
眼球を潰す感触。
何とも形容し難い、汚らわしい感覚だった。
人を傷つけるとはどういうことか、身を持って知った。
願わくば、もう二度とこんな思いをしたくはない。
少女が俺を突き飛ばす。
獣じみた、あるいは悪魔じみた咆哮を上げながら。
この少女が身に秘めていた邪悪さの発露か。
逃げ出そうとするその背に銃弾を叩き込んだ。
「終わりだ」
左手で銃を抜き何度もトリガーを引く。
反動が俺を苛む、だが何度も経験した、何度も耐えて来たものだ。
生身の感覚は、俺を裏切らない。
彼女の頸椎を弾丸が砕いた。
それでもまだ生きているかも知れない、ワンマガジン全弾を撃ち込む。
痙攣する死体に無心で、俺は10mm弾を埋めて行った。
しばらくすると立ち上がろうとしていた鉄骨兵が完全に動きを止めた。
どうやら死んだらしい。
「オーリ、大丈夫ですか!」
「毒でも塗られてなきゃ大丈夫だよ。まだ、何とかなってる」
銃をホルスターに戻して、拳に刺さった棘を見た。
細長い紡錘上の針で、見た目とても鋭そうだ。
だが棘などはないため、もしかしたら抜けるかもしれない。
先端を持って強く引く。
自分の体から嫌な音が鳴っているのが分かる、そして痛い。
痛ましい感覚に耐えながらも針を引き抜き、捨てた。
「まったく、ラッキー以外の何物でもなかったぜ」
「ラッキーでも生き残れているのだから、大したものですよ」
素直な賞賛がくすぐったい。
あるいはバカにされているのかもしれないが。
「……お前たちには申し訳のないことをした」
アルフォンソさんが俺たちに詫びる。フィズは頭を振った。
「あなたのせいではありません、埋め込まれた無線装置が悪いのです」
「えーっと……つまりどういうことなんだ?」
「彼女は無線電波に干渉して機会を操る力を持っていたのです。
後天的なものか先天的なものかは分かりません。
ですがそのせいで操られていたことに間違いはないでしょう」
彼女の話は専門的で、時々何が何だか分からなくなる。
「でも、あいつは死んだんだからもう大丈夫ってことだろ?」
「ええ。それより……降りましょう。ここにはもうなにもありませんから」
俺は改めて部屋を見渡した。
フィズの攻撃によって沈黙していた機械は再び明滅を始めた。
先ほどまでと同じ、何も変わらない動きを続けている。
死んでいるのと同じだ。
フィズは倒れた魔法使いを背負い、歩き出した。
俺たちも後に続いて行く。
この人にも、あの女に操られるだけの何かがあったのだろう。
それを聞くことは出来るだろうか。
エレベーターを下り、塔の下層へ。
入ってきた時とは打って変わって、何の抵抗もなく外に出ることが出来た。
正面玄関を開けると、眩いばかりの光が迎えて来た。
「眩しいな……ほんの数時間だってのに、なんだか懐かしい」
「生きて出られただけ、幸運ですね」
俺は婆さんから渡された地図を広げた。
魔塔から上層の扉まではほんの数百メートルしかない。
このまま進んでしまおうか。
「アルフォンソさん、ありがとうございました」
「頭を下げるな。俺は何もしていない、むしろお前を危機に晒しただけだ」
アルフォンソさんはそう言って頭を振るが、俺にとってはそうではない。
俺は彼がいなければ死んでいただろう。
彼と縁を結ぶことが出来たおかげで俺は生き延びられた。
「不躾なことだが」
アルフォンソさんは遠慮がちに言い
「ともに行かせては貰えないか」
願ってもない申し出だった。
「俺にはもはやここに居場所はない。お前たちさえ良ければ……」
「もちろんです。みんなも、それでいいよな」
振り返り、みんなの顔を見た。
フィズは仕方なさそうに、シオンは笑顔で俺に答える。
少し離れたところにあった階層のゲートへと向かう。
踏みしめる雪の感触も、ここで終わりか。
名残惜しくもあり、解放される喜びもある。
「オーリ、見てください」
フィズは振り返り、何かを見ていた。
俺もその声に従い、後ろを見る。
ゲートからはちょうど、この階層を広く見渡すことが出来た。
純白の平野と雄大な稜線、それが人工太陽に照らされキラキラ輝いていた。
宝石箱をひっくり返したような――陳腐だが――美しさ。
これが見れただけでも、ここに来た価値はあるかもしれない。
この世界は残酷で醜い。
だが美しいものだってある。
それが見られるなら、踏み出してみる価値はあるのだ。




