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02-ガルム、再戦

 翌日。

 ベルトに忌避剤と爆弾、それから家畜の臓物を括りつけて俺たちは町を出た。守衛のダニエルさんが怪訝な表情で俺のことを見ていたのが印象的だ。


「もし俺が死んだら、絶対噂になるぜ」

「安心するのです。末代だから誰も気にする人はいないのです」


 それもそうだが、しかし後に生まれて来た子供たちに『この町にはガルムに食われに行った若者がいる』などと妙な言説が広まっても、その、困る。

 町から出て少し歩いてから、忌避剤を燻した。昨日の夜試したのだが、滅茶苦茶臭いのだ。半端ではない。虫の体液や腐った食べ物にも匹敵する強烈な臭いだ。こんな臭いを町の近くでさせたら、やはり噂になってしまうだろう。


「くっせえ……これ、マジでどうにかならねえのか。涙出て来た……」

「大いなる力には大いなる責任が付きまとうものなのです」


 言いながらフィズはダブダブの裾で口と鼻を覆った。


「やっぱり臭いんじゃねえか。自分が嫌なモン他人に勧めんじゃねえ」

「それは誤解なのです。私が嫌だからあなたに勧めたのです」

「確信犯かよクソが」


 知識と提言は確かだが、この女タチが悪すぎるぞ。




 やがて俺たちは『静寂の平原』に到達した。この間俺が倒された場所だ、自然と緊張してくる。耳を澄ませ、目を凝らし、辺りの様子を藪越しに伺う。


「何体か藪の中に潜んでるな……この間は、緊張して分からなかったけど」

「多少はものが分かるみたいですね。

 息を殺したガルムの気配を察知するのはとても難しいのです。

 誇ってもいいのですよ、オーリ」


 貶されるのはムカつくが、褒められるのも何だかむず痒い。


「とにかく、あいつらをどうにかしないと突破は難しいだろうな」

「そういう時のためのこれなのです。あいつらをおびき寄せるのですよ」


 俺はポーチから血入りのビンを外した。果たして血と臓物の臭いに引き寄せられたりするのだろうか? それ以外にもいろいろ入れてはいるが……

 ままよ。オーバースローで湖の近くにある岩目掛けてビンを投げた。岩にぶつかりビンが砕け、血と臓物と肉のカクテルが辺りに撒き散らされる。それに呼応して、藪の中からガルムがゆっくりと姿を現した。


「オイオイ、冗談だろ……どこにあんな数が隠れて立って言うんだ……!?」

「ガルムはかくれんぼの達人なのです。踏み込んで行かなくてよかったのです」


 呆けている暇はない。俺はもう一つのビン、破片入りの爆弾を取り出した。ガルムたちは警戒しながらもエサに近付いて行く。その距離が段々縮まっていき……


 ビンを投げる。

 弧を描きながら飛んで行く。

 それをガルムは目で追う。

 コート下のホルスターに収めた拳銃を抜き、狙いを定める。

 ガルムが俺の方を向いて、牙を剥き吼える。


 ビンが岩に当たり、砕ける。

 衝撃で炸薬が発火し、爆発。

 周囲に破片がばら撒かれる。

 ガルムたちの悲鳴。

 至近距離にいた奴らはもろに破片の雨を浴びた。


(一発一発、落ち着いて撃て。相手を殺す手段は限られているんだ)


 両手でしっかり銃をホールド。

 呼吸を落ち着けサイトを覗く。

 そしてトリガーを引く。


 放たれた10mm弾がもがくガルムの脳天を撃ち抜いた。相手が体勢を立て直すまで数秒、その間に撃てる限り撃つ。一体、二体、三体。死体が増える。

 やがて、立ち上がり突撃してくるガルムが現れる。だがその動きは遅い、破片によって全身を貫かれているためだ。中には足が千切れかかっているやつもいる。あんなダメージを負っても生きていられるのだから驚嘆に値する。


(急げ、急げ。焦るな。焦ったっていい結果は出ないから……!)


 装弾数は12発。

 ガルムの数は10。

 一射一殺なら弾数に余裕はある。


 もっとも、現実はそれほどうまくいかない。具体的には最後に残った二体を相手にする際に計算が狂った。3mの位置に近付いたガルムへの対処をミスしたのだ。撃った弾はやや下にズレて右足の付け根に当たった。ガルムは止まらない、舌打ちしもう一発。今度は頭蓋骨を粉砕し地面に脳ミソをぶちまけてやれた。

 最後の一体に照準を合わせ、発砲。だがガルムは死力を尽くして横に跳んだ。弾丸が地面を抉る。弾をすべて撃ち尽くし、銃はただの鉄塊と化す。


(やべえ)


 主観時間が鈍化した。

 世界のすべてが――俺も含めて――泥の中を進むようにゆっくりと動く。

 ガルムが力づく地を蹴り、大口を開けながら突進して来るのが見えた。

 ナイフを引き抜き、切っ先をぽっかりと開いた口に突っ込んだ。


 ガルムは自らの力でナイフを深く突き刺させた。

 刀身がガルムの後頭部から外に出た。

 ピクピクと痙攣するガルム、刃を捻ってとどめを刺した。


「ハァッ、ハァッ……最後は、ヤバかったな……」

「これはもうダメかと思ったのですよ。やるものなのですね」


 フィズは茂みから顔を出し、パチパチと手を叩いた。


「見てねえで手伝えよ」

「この程度の相手に勝てないようでは先に進むなど夢のまた夢なのです」


 まったくその通り。舌打ちし、ナイフを振って血を払う。

 死の感触が手に残っていた。


「ともかく、これで周辺のガルムは一掃したって考えていいのか?」

「ガルムの巣が見つかっていないですから、多分まだガルムはいるのです。ここにいた連中を倒せたってだけで、明日にはまたいっぱいです。一先ずの安全は確保出来ましたが」


 町の人間や勇者が何度か討伐隊を編成しているが、ガルムや魔獣を根絶出来たという話は聞いたことがない。生命力と繁殖力、それが魔獣の力。

 ガルムの死体が急速に劣化していく。真っ黒だった体毛の色が段々と白く、石灰化しているのだ。俺は慌てて胸にナイフを突き立て、開く。心臓のあたりからコロリと輝く球体が転がり落ちた。


 俺はそれを手に取る。

 青白い光を放つ球体は、じんわりと温かい。

 これが魔導核(マギウス・コア)、俺たちの世界を動かすエネルギー源。


「とにかく少しでも距離を稼ぐのです。で、どこに行けばいいのですか?」

「分からないで自信満々に歩いてたのかよ。二十九階層へと続く道が……」


 俺は『静寂の平原』を見渡し、周辺地図と見比べた。北西側に上り坂があり、そこをまっすぐ行くと二十九階層の町に着くのだという。


「俺も行ったことはないが……5キロ先にある場所らしいぞ」

「警戒しながら行くとなると時間がかかりますね。野営の必要があるかも」

「野営か……町の外で寝るのは生まれて初めてだな」


 少しだけワクワクしてしまう。

 フィズの方は顔をしかめていた。


「魔獣避けの香はずっと焚いていなければいけないのです」

「消しちゃダメなのか?」

「ガルムのエサになりたいなら好きにするのです。それから寝ずの番も立てておかなければなりません。火を絶やせないし、ガルム以外の魔獣がいるかもしれませんから」


 やっぱり旅は簡単なものでも、楽しいものでもないらしかった。

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