10-安息の地
吹きすさぶ嵐がすべてを吹き飛ばす前に、俺たちはシェルターに避難出来た。
ほぼ前周囲を雪に囲まれてはいるものの、吹雪の中よりはマシだ。
ふう、と息を吐くと、吐き出す息が白くなった。
気温もかなり低く、ここにいても凍えてしまいそうだ。
「雪は断熱効果が高いそうですから、敷物を敷いて厚着をして耐えましょう」
「そうだな、そういえば暖房器具も持って来てるはず……」
これも29層で服屋のおやじから押し付けられた品だ。
こんなシチュエーションではそんなものでもありがたい。
俺はフィズの荷物を漁り始めた、と。
その時、背中に柔らかいものが覆い被さって来た。
鼓動が聞こえる気がした。
「あー……シオン。いったい、どういうつもりなんだろうか?」
「ほら、その、お婆さんが言っていたじゃないですか。
くっつけば温かい、って」
言っていた。
非常に嫌な、ニヤニヤとした笑顔で言っていた気がする。
「よかったですねえ、オーリ。
美少女にまとわりつかれるなんて初めてでしょう」
フィズは部屋の隅に唾を吐き捨て、壁に背中を預けた。
凄まじく態度が悪い。
「見くびるなよ、お前。そんなわけがないだろうが」
「幼馴染とか、そういうのはノーカウントですからね? 当然?」
「……そんなわけがあるわけなくはないかもしれないな、うん」
女の子に抱き着かれると、子供の頃レミと遊んで以来だった。
「どうですか、フィズさん? あなたも一緒に温まりませんか?」
「断固として断ります、発情猫。
そんなところに行くくらいなら私は舌噛み千切って死にます」
そこまで拒まなくたっていいだろうに。
フィズは言葉だけでもなく、態度までも頑固だった。
自分の体をギュッと抱き、まるですべてを拒絶するような姿勢になった。
ここまで来ると呆れてくる、と、そこで「ワン」と犬が一鳴きした。
「お前もこっちに来るか?
いや、来てくれると俺も温かくていいんだけど」
犬に手を伸ばすと、そいつは近付きその手をぺろぺろと舐めた。
くすぐったい。
それなりに大柄な犬で、白と黒の縞模様が特徴的だ。
銀灰色の瞳は美しく、吸い込まれそうだ。
ヘハヘハと舌をだらんと垂らし呼吸し、尻尾を振る様は何とも愛らしい。
それでいて戦うに際してはあれほど勇敢な姿になる。
そのギャップもまた魅力的だった。
犬の胴を撫でる。
やわらかい毛を撫でると気持ちがいい、犬もくすぐったそうに身をよじった。
思わず笑みが漏れてしまう。
「こいつ、可愛いし賢いな。この辺で飼われてたのかな」
「そうでしょうね。
人に慣れていますから、野生のワンちゃんじゃありません」
シオンも身を乗り出し、犬を撫でる。
そうすると、犬は「キューン」と鳴いて尻尾をパタパタと振った。
そしてゴロンと寝転がり、四肢を丸めて腹を出した。
腹を見せるのは服従のポーズだとどこかで聞いたことがあった。
とするとこいつはシオンに屈服したということだろうか。
俺よりもシオンに撫でられた方が恐ろしい、と言うことか。
いや、分からないでもないけれど。
「ホント、可愛いなこいつ。あいつらとは大違いだ……」
ガルムと犬、姿かたちは似ているがまったく違う。
まったく……
「……なあ、フィズ。魔獣と犬、いったいどこが違うんだと思う?」
ピクリ、とフィズの方が動き、彼女は視線を上げた。
「犬もガルムも同じような姿をしているよな。
群れを作って、集団で狩りをするところも同じ。
ガルムは人間には懐かねえけど、犬も一部はそういうもんだよな?
じゃあ一体犬とガルムを隔てるものって、いったい何なんだ?」
疑問にさえ感じたことはなかったが、どういうことなのだろうか。
「魔獣は魔獣で、犬は犬……ですよね、オーリさん」
シオンの方は疑問を抱く方がおかしい、と言う感じになった。
「基本的には魔導核のありなしですよ。
ガルムにはあり、犬にはありません。
人の手によって作られたかどうかも基準だとされていますが、私は違うと思う。
犬だって人間の手によって数え切れないほどの世代が交配されてきました。
ならば、犬も魔獣もまた人が作り出したものに相違はありません。
だから私は魔導核の有無だけを問題にします」
「魔獣を人間が作っただって?」
聞き捨てのならないことが軽く流されたような気がした。
「魔獣の成り立ちがどうであろうと、何か変わりはありますか?」
「いや、それは……ないかもしれないけど」
「魔獣を、タルタロスを作ったのが人間であっても、どうでもいいことです。
重要なのは遥か過去のことではなく、いまから訪れる未来のことなのです。
かつて地上に住めなくなった人類がタルタロスを作り出した……
そして畜獣、そしてエネルギー源として魔獣を作り出し、反乱が起こった。
そんなことは、いまに何の関係もありませんから」
フィズは俺たちの知らないことを多く知っている。
だが、それを決して表に出そうとはしていない。
だが時たま――漏れる。
それは、秘密がそれほど重いからか?
「ワンッ」
どう続けようか、そう考えているとまた犬が鳴いた。
そして立ち上がり、フィズの方に歩み寄った。
膝を抱えた少女の足下に座り、長い鼻を彼女の体に擦りつけた。
まるで『どうしたの?』と心配しているようでもある。
「いい子ですね、あなたは。私は大丈夫、何ともありませんから」
フィズはニコリと笑い、犬の頭を優しく撫でた。
彼女がこれほど穏やかで、悲しそうな顔をしたことがあっただろうか。
何かを聞きたいと思ったが、結局聞くことは出来なかった。
どうしていまのフィズに詰問することが出来るだろうか?




