07-リハビリ
一歩一歩足を踏みしめる。
跳ね返ってくる衝撃で全身の骨が軋むのを感じた。
まだ治り切っていない、無理は禁物だ。あまり深くには行けない。
それにしても、これはいったいどういう状況なのだろうか?
「まるで気配を感じさせない……さすがです、オーリさん!」
「いやいやいやいや……何を言っているんでしょうねえ、この子娘は」
やたらと俺を持ち上げて来るシオン。
なんだか不機嫌なフィズ。
旅に同行させてください、とシオンは言った。
何をおっしゃる、と思う。
シオンほどの力を持っているならエルフの戦士団でも活躍出来るだろう。
それなのに旅について行くなど、自分のキャリアをふいにするようなものだ。
なぜ、と聞いてみた。
「オーリさんはすごい人です。
私は、自分で戦う勇気が持てませんでした。こんな力を持っているのに。
でも、あなたは違う。戦った、何の力もないのに! だから私は……」
『あなたの強さに近付きたい』。
シオンはそう言った。
人として、そう言われて悪い気がするやつはいないだろう。
しかし……
藪を掻き分け進んで行くと、木々の隙間からフォースベアの姿が見えた。
隠れて様子を伺う、四本腕の異形熊は俺に気付いていないようだ。
黒々とした毛皮に覆われた屈強な肉体を銃弾で貫くのは難しい。
サブマシンガンを連射しても殺せなかったのだから。
なので、新しい武器を使う。
コートの下からそれを取り出し、展開した。
「クロスボウ?」
薄い合金フレームで作られたクロスボウだ。
ホルスターに10本だけ収めた矢をセットし、弦を引く。
銃より連射は効かないが、音がし辛く貫通力に優れるという利点がある。
更に、矢にいろいろなものを仕込むことも。
矢の先端にはポイズンフロッグの毒を焼きつけてある。
こいつの効果はオークで実証済み、皮膚を貫けば十分に殺せる。
息を潜め、狙いを定め、トリガーを引く。
真っ直ぐ飛んで行った矢はベアの首筋に突き刺さった。
振り返り、奴は襲撃者の姿を探す。
やがて、身悶え始めた。
首を掻きむしり、毒を掻き出そうとしているのだろうか。
いずれにしても無駄だ、血中に浸透した毒がベアの身を焼く。
やがてベアは膝を突き、大口を開けて叫び声を上げた。
そして、倒れる。
「すごいです、オーリさん!
あんな怪物を倒してしまうなんて……!」
シオンは俺を賞賛する。
いや、だが、待て。
褒められることはしていない。
なにせシオンは俺が知恵を絞り、命を懸けて倒す敵をあっさりと殺せるのだ。
俺が小細工に頼っているのは、そうしなければどうしようもないから。
シオンはと言えば、剣を振るだけであいつらを肉塊に変えられる。
そう考えると賞賛も乾いたものに聞こえる。
まるで母親が、どんな小さなことでも子供を褒めるような……
「さて、オーリ。ベアが散ってしまうのですよ。
行かなくていいのですか?」
魔獣は時間とともに風化する。
あれだけのサイズならしばらくは大丈夫だろうし……
「後続が来る。いま出てったらやられちまう」
森の中から次々とフォースベアが出てきた。
四本の腕で地面を突きながら歩くベアは銃身が低い。
だからこういう、深い森で相手に気付かれずに動けるのだ。
その数は4。
真正面から撃ち合ったらやられる、相手の機動力は極めて高い。
気付かれていないうちに一体を仕留めるくらいは出来るだろう。
だがその次には続かない。
「さてと、この状況どうしたもんか……」
木々が生い茂る森の中。
上手く使えばあいつらを翻弄することが出来るだろう。
俺は懐から機械を取り出し、ボタンを押した。
ワイヤーが伸び、先端に付いていた錘が木に突き刺さった。
隊長さんから貰ったもので、ワイヤシューターと言うらしい。
掌大の丸い筐体に、10mくらいの長さがあるワイヤーが入っている。
ボタン一つでそれを撃ち出し、固定することが出来る。
本来は陣地設営などに使うようだが……
「えーっと、これをこうして……」
もう片方の錘にビンを括りつけ、木に固定する。
中には火薬、ビンの入り口には着火剤。
空気に反応し発火するようになっており、蓋がなくなれば爆発する。
「どうするんですか、オーリさん?」
「まあ、見ていてくれ。多分これで上手くいく……はず」
やや後ろに立ち、ライフルを取る。
無防備な頭を撃ち抜けば、大きなダメージを与えられるはずだ。
一撃で死ぬかどうかは、微妙なところだが。
スコープを覗き込む。
あの戦い以降、訓練は欠かしていない。
ほんの少し距離が違うだけで撃ち方は大きく異なる。
必要なのは集中と経験、それを積み重ねるために戦う。
(んじゃ行くぞ、熊野郎)
トリガーを引く。
まっすぐ伸びて行った弾丸が、正面にいた熊の脊椎を撃ち抜いた。
悲鳴が上がる。
熊たちが一斉に振り向く。
撃った奴は?
振り向くが動作は緩慢だ。
脊椎にダメージを負った奴を無視し、次のターゲットに照準を定める。
残った熊3体は四本の足を地に付け、咆哮を上げる。
威嚇しているつもりなのだろうが、無駄だ。
右端の一体に銃弾を撃ち込む。
突進しているところに弾丸を受け、全身がグルリと宙を舞った。
弾数はそれほど多くない。一発一発を大事にしろ。
そう思っていたが、真ん中の一体に撃った弾丸は鎖骨のあたりに当たった。
あの位置ではいくら撃っても無駄だろう。
(来い、来い、来い!)
一拍タイミングを置く。
ベアの前足がワイヤーに引っかかり、ピンと張ったワイヤーが動く。
引っ張られ、ビンの蓋が外れる。激しい反応が起こるのを見た。
腹の底に響くような爆音が辺りに響いた。
実際のところ、かんしゃく玉だ。
爆発力は強くなく、至近距離で爆発しようと俺さえ殺せない。
だが音と、光はかなりのものだ。
ベアたちは本能に従い危険そうなものを見る。
ダブルタップ、奴らが意識を逸らした瞬間を見計らいトリガーを引く。
それぞれ2発の弾丸をベアの頭に撃ち込み、沈黙させた。
そっと、息を吐く。
どうやら生き残れたようだ。
「オーリ、まだです! 生きています、2体目が!」
はっとした。
頭を撃ち抜き、派手に転がったはずの死体が、ない。
頭部に当たった弾丸だが、脳を完全に破壊は出来なかったようだ。
そしてあの派手な爆発が、俺の目をも塞いでしまった。
恐ろしい咆哮が頭上から聞こえる。
ライフルを投げ捨てサブマシンガンを取る。
頭上に向けトリガーを引いたが、しかし間に合わない。
大質量が俺目掛けて――たとえ死んでも――落ちて来るのだから。
そう思ったが、違った。
いきなりベアが横合いに吹っ飛んで行ったのだ。
ベアの体は脇腹から入った刃によって、文字通り両断されていた。
二つに分割されたベアの死体が、太い木の幹に突っ込んで行きぶつかった。
「大丈夫ですか、オーリさん?」
いつの間にかシオンが跳躍し、剣を打ち放ち、ベアを殺したのだ。
着地した彼女を見た瞬間、俺はそれを理解した。やはり、強い。
「すごいですね、オーリさん! たった一人であんなにあんな……!」
シオンは感極まった、と言う感じで俺を賞賛する。
『はいそうですね』としか言えなかった、あんなものを見せられては。
フィズの視線もどこか冷たいような感じがした。
とりあえず殺したフォースベアから魔導核を回収し、俺たちは町に戻った。




