03-困難続きの旅
一週間かけて調子を取り戻した。勇者ならば傷の治りも早く、休息後の体力低下も低いという。だがこちとら生身の人間、持っているものでやるしかない。
「っし、それじゃあ行くとするか。準備も万端、バッチリ行けるぜ」
右肩に散弾銃を、左肩にライフルを。
コートのホルスターにプレデター二挺。
袖にナイフを仕込み装備の準備は完了。
ホルスターには忌避剤や誘因剤――まあ要するに家畜の血と肉――、火炎ビン。これから出て来るであろう脅威への対策は万全だ。
正直なところ、かなり重い。これに日用品やキャンプ用具まで入れなければいけないのだからたまったものではない。これでも速度が落ちないギリギリまで荷物を削ったのだが、必需品だけはどうしても減ってくれなかった。
「正直、何度も死にかけたアンタを旅に出したくはないんだけどねえ……」
ベアおばさんは最後までいやがった。
だが最後には折れてくれた。
「大丈夫なのです、ベアさん。オーリはきっとやりますよ、多分」
「そこは力強く『大丈夫です』って言ってくれねえのかなぁ」
思わず苦笑したが、こんなもんだろう。
こいつは絶対に言い切らない。
「頑張れよ、オーリ。町のことは俺たちでどうにかするから気にすんな」
そういうダニエルさんは腕をギプスで吊っている。先の襲撃で犠牲になった人は多い。町の復興に携わって欲しいという思いもあるだろう。だが、彼らは何も言わなかった。
「生きて帰って来い。お前と、レミと、グレイで。それだけが望みだ」
「ええ、絶対に生きて帰ってきます。死んだりしませんよ、俺は」
不思議だ。
帰って来たくないとさえ思ったのに、いまはそうではない。
命を懸けてこの町を守った。
それが俺の心を変えたのかもしれない。
『静寂の平原』を越え『虐殺の丘』へ。
警戒しながら歩いているものの、ガルムの襲撃はほとんどなかった。
というより、生物の気配をほとんど感じなかった。
不思議な事だが、そういうものを感じられるようになっていた。
「臭いや足音、僅かな痕跡を見逃さなくなっている証拠ですよ」
「そりゃ、実態のないものを感じられるわけないしな。でもなんで……」
「オークの侵攻で、このあたりにいたガルムが奥に引っ込んだのでしょう。
それに、レミやグレイが腕試しでガルムを狩ったのかもしれません。
突破にはいいですね」
「ほいほい。せいぜい他人の尻馬に乗っかってやるとしましょうか」
戦いは少なければ少ないほどありがたい。
ガルムとやりあって勝てるわけがない。
必要最低限の戦い以外は回避して進むべきだ。
『虐殺の丘』は多少の起伏がある以外は見通しがいい。
だから、数キロ先の様子もよく見えた。
怒号と発砲音、悲鳴。戦闘が起こっている。
「どうする、フィズ。スルーするか、それとも……」
「ちょっと見て優位に進んでいるようなら戦いましょう。不利なら無視しましょう」
ごもっとも。
姿勢を低くして丘を登り、その下で繰り広げられている戦いを見た。
「……うわっ、これは……ヒドイ有り様だな。これじゃあ生存者は……」
牽引のトレーラーが横転し、先頭車両からは火の手が上がっている。
周りには事故で死んだ人が折り重なるように倒れているが、それだけではない。
襲ってきた魔獣に倒され、あるいは戦い、死んだ人も多い。
魔獣はこれまで見たことがないものだった。
黒く長い毛で全身を覆った二足歩行の怪物。
人間よりも少し背が高く、また筋力にも優れているように見える。
特筆すべきは肩甲骨のあたりから伸びたもう一対の腕だ。
あれで掴まれ、殴られたらひとたまりもない。
「フォースベア、ですか。それなりの数が分布していると聞いていましたが」
「奴らの生息地に間違えて迷い込んでしまった、ってことなのか?」
「フォースベアは20から30頭ぐらいのグループが移動を繰り返します。
運悪く奴らの移動ルートと噛みあってしまったということ……!」
フィズは振り向きざまに回し蹴りを放った。ドムッ、という重いサンドバッグを叩くような音がして、背後に近付いてきたフォースベアが水平に吹っ飛んだ。
「それから足音を消して歩くのが得意です。気を付けてください」
「肝に銘じておく……っていうか、これはマズいぞ……」
いつの間にか囲まれ、退路を塞がれていた。
どうすればいい?
「こうなれば突破するしかありませんね。前に出るのが一番安全でしょう」
「……そうなるよな。そうなるよな。ああ、まったく仕方がねえ……!」
背中から散弾銃を取り、四本の腕を突いて突進してきたフォースベアの鼻っ面にスラッグ弾を撃ち込んでやった。『ギャン』という悲鳴を上げたやつが死んだかは分からない、だが確認する暇もない。踵を返し走り出す。
崖をほとんど滑り落ちるようにして駆け抜ける。一度でも倒れれば終わりだ、全神経を集中させて走る。時折障害物となるように倒れた死体を跳んで避け、気配を感じれば後ろに散弾銃を向け出鱈目に撃つ。どれだけ敵が残っている?
上空から耳をつんざくような咆哮が聞こえた。
見ると、10mほどまで飛び上がったフォースベアがいた。
獰猛で残忍な意志の籠もった瞳と目が合った。
あの高さからの位置エネルギーを加えた一撃、受ければバラバラだ。
両足に力を込め、全力で前に跳んだ。
落ちて来たフォースベアの四本腕が地面に叩きつけられる。
砕けた岩が衝撃で撒き散らされ、叩きつけられる。
痛みの中俺は前を見た、警備兵の持っていた銃が落ちているのを。
無我夢中でそれを掴み、転がり、トリガーを引く。
安全装置も射撃モードも確認しなかったが、どうにか撃つことが出来た。
「くたばれや!」
軽快な発砲音とともに、いくつもの弾丸が撃ち出される。いままで感じたことがないほど強烈な反動が全身を襲うが、何とか堪える。立ち上がり襲い掛かって来たフォースベアは銃弾の雨を受け、たまらず後退した。
腰からビンを取り出し、投げる。地面に当たると中の炸薬が爆ぜ、辺りに白い煙が撒き散らされる。村で作って来た煙幕弾だ、多分効くだろう。さっき飛び上がって来たフォースベアと目があった、人と同じように視覚で相手を捉えているのだろうと推測出来る。
「怖くない、怖くない、怖くない……!」
相手の視界を塞いでいる間に逃げなければ。
そう考えていると、震えた小さな声が聞こえてきた。悲鳴と怒号の戦場で聞こえたのが不思議なくらい小さな声が。
視線を向けると、そこには鎧に身を包んだ少女が膝を抱えていた。




