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02-逆転

 3m近い巨躯。

 下顎から突き出した短い牙。

 金色の三白眼。


 血の巡りのいい肌の色は赤に近く、浮き出した血管が如何にも恐ろしい。両腕には棘付きのナックルダスターを付けており、手には見知った人間の手足が握られている。


(相手を恐怖させるためにあんな物を使っている……大丈夫、諦めない限りは)


 銃を捨て、ナイフを抜き構える。

 ウェイトの差は圧倒的、まともに組み合って勝てるはずがない。

 それでも諦めた瞬間が死だ、そう考えれば戦える。


「卑小な人間如きが……貴様らのせいで計画が滅茶苦茶ではないか!」


 オークリーダーが駆け出した。目で追えないほどではないが、速い。体が反応に追いつかない。なぎ払われた足を左腕で受け止める。ミシリと音がしたのは、どちらか。いずれにしろすでに何度か使われていた足はグチャグチャに砕け、俺は2mばかりふっ飛ばされ地面を舐めた。

 ホルスターから爆弾を抜き、投げる。背を向け体を丸め、爆発に備える。爆音とともに破片が辺りに撒き散らされ、コート越しに突き刺さった。至近距離での爆発、ある程度効果はあるのではないか。そう思ったが無情にも俺は蹴り飛ばされた。


「はっはぁ……! なんだ、これは。涙ぐましい努力だな」


 無様に蹴り飛ばされ、泥だらけになりながらも立ち上がった。やはり、こいつは人を痛めつけることを楽しんでいる。一息で殺せたはずだ、あれだけの隙を見せれば。相手が俺を舐めているなら、まだ勝ち目はあるだろう。

 至近距離で爆発と散弾を受けたはずだが、オークリーダーはピンピンしていた。どうすれば殺せる、何をすれば殺せる。考えている間にリーダーが右側面に回って来た。


(受ければ折れる。頑張れ、俺。耐えろ)


 ナイフの刃を振り払われた手元に合わせる。人の腕が脇腹にめり込み、ナイフの刃がオークリーダーの小指を裂いた。少しだけ腕の勢いは鈍ったが、それでも致命的な打撃であったことに間違いはない。体が文字通りへこむのを感じた。潰れているのは内臓か、肺か。少なくとも筋肉だけでないことは明らかだ。


 体の奥から俺を動かす熱が逃げていく。

 喉がイガイガしたので咳をすると、どす黒い血の混ざった痰が出て来た。


(ああクソ、なるよな。こうなるよな)


 這いずって逃げる。なるべく哀れな風に。

 オークリーダーはノシノシと歩み寄り、俺の襟首をつかんで引き上げた。

 視界が高く、広くなる。


「どういう気分だ、ああ!? 人間、仲間を殺せてどんな気分だ!」

「最高だよ」


 回収した銃をオークリーダーの臭く汚れた口に突っ込み、トリガーを引いた。


「オガァッ」


 分厚い皮膚と脂肪の層。それらから外れたもっとも柔らかな部分。

 そこを10mm弾が撃ち抜いた。これで殺せればいいのだが……


「ごああああああ! ごのっ、ぐぞぐあああああああ!」


 声帯を破壊され声もまともに出せなくなったが、生きている。

 マズい、死にかけた豚の力じゃないぞ。


 オークリーダーは布きれを振り回すかのような気軽さで俺を投げ捨てる。

 背中から家の壁に激突、全身を衝撃が襲う。


「ごろじでやる、ごのぐぞやろう!」


 荒々しい動きで近付いて来たオークリーダー。バカデカい足の裏が見える。俺を踏み潰そうとしているのだ。避けられない、動けない、死んだか……


 いや、まだ腕は動く。

 右手でナイフを掴み構え、折れた左腕で支える。

 振り下ろされた足裏にナイフの刃を突き立てようとした。

 だがナイフは先端が通っただけ、貫通はしなかった。

 圧倒的な力に圧され、ナイフの柄が俺の胸を打った。


「じねっ! じね! んじねぇぇぇ!」

「死ぬかよ、豚クソ野郎が!」


 力いっぱい押し返す。

 胸が、体が、潰れそうだ。

 死ぬ、殺される。


 だが最後の瞬間まで抗う――!


 俺とオークリーダーの間に黒い風が吹いた。

 瞬間、圧力がスッとなくなった。

 俺も、オークリーダーも、茫然と足を見た。

 太い足が太ももから真っ二つに切断されていた。


 オークリーダーが手を伸ばす。

 その手が手首から切り落とされた。

 恐れたリーダーが一歩下がる。

 胸が一瞬にして十字に切り裂かれた。


 目で追うのが精いっぱいの一撃。

 これほどの力を、持っていたのか。


 黒い風が再び吹いた。

 ふわりとそいつはオークリーダーの背後に着地した。


 一歩、二歩とよろよろとリーダーは歩き、やがて膝をついて倒れる。

 その時、リーダーの首が落ちた。

 すれ違いざまの一瞬に、一撃で首を落としたのだ。


「……ははっ、さすがに笑えて来るな。これが、勇者の力ってやつか……」


 どれだけ努力しても、どれだけ鍛えても、決して埋まらない力の差がある。

 俺が目指す場所は遥か遠く、そしてどこまでも険しい。

 只人の身でそこに辿り着くことは、もしかしたら不可能なのかもしれない。


「……オーリ、大丈夫!? すごい、酷い怪我だよ! 待っててね!」


 彼女は、レミは俺の体をひょいと担ぎ上げた。

 もはや指一本動かせない、されるがままだ。背負われたまま俺は町を見た。オークたちによって破壊しつくされた故郷を。


 それでも……まだ、生き残っている人はいる。

 戦った意味はあった。


 どれだけ遠くても、険しくても。絶対に諦めない。

 俺は戦い続ける。タルタロスを脱出してみせる、俺の力で。


 それが俺の夢。

 俺の目標。


 意識を保っているのも限界だった。

 優しく深い闇の誘いを受け、俺は意識を手放した。

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