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02-たった一人の戦い

 骨が軋み肉が傷む。

 だがオークが潰れて行くのを見るのは爽快だった。


「やったぁ……! やった、やったんだな俺たち!」


 歓声が上がる。


 しかし、道を塞いでいた瓦礫の一部が崩れ出した。

 そこから出て来たのは、オークの手。

 瓦礫を掻き分けるような動きをしている。


「ダメだ、やってねえ! みんな下がれ、さっさと下がるんだ!」


 瓦礫に埋もれていたオークたちが立ち上がる。崩落した通路からオークたちが這い出て来る。奴らは大小の傷を負っている、だがまるで止まる気がないらしい。町の中まで侵攻されることも予想していた、最終防衛ラインは教会だ。問題は辿り着けるかだが。

 大通りへと続く通路にはバリケードが築かれており、真ん中は逃走用に開けられている。フィズは小石を投げてしんがりに立つ、俺もそこに……


 ダメだ。

 痛みのせいで上手く動けない。すぐ後ろにはオーク。

 バリケードまで辿り着くのと、こいつが俺をぶん殴るのとどっちが速い?


 明白だ。


 横に転がりなぎ払われたオークの腕をかわす。肋骨にヒビが入っているのかもしれない、滅茶苦茶痛い。それでも痛む体を強いて立ち上がり、走り続けた。


「オーリ! こっちに来なさい、オーリ!」

「俺じゃなくてみんなを守ってくれ! そっちの方が人手がいるだろ!」


 立ち上がろうとした瞬間、オークのバカデカい爪先が見えた。慌てて銃を掲げて蹴りを受け止めようとした。が、受け切れず俺は吹っ飛ばされた。


「オーリ!」

「行け、さっさと! みんなを守れ!」


 銃はひしゃげて使い物にならなくなった。オークに向けて投げつけ、立ち上がる。幸か不幸か、蹴り飛ばされたおかげでオークとの距離を稼ぐことが出来た。

 オークの軍団は最短ルートを進もうとしている。教会への最短ルートを、その方が多くの人間を殺せると思っているのだろうか。おかげさまで俺を追いかけて来ているのは一体だけ。いや、それでも十分な脅威なのだが。


「クソッタレ、これでも喰らいやがれ」


 振り返りざまに拳銃を引き抜く。プレデター10mm拳銃、バラバラになった形見の代わりに調達したものだ。あれよりずっと軽く、扱いやすい。派手な発砲音とともに吐き出された10mm弾がオークの体表を抉る。

 細かな散弾を撃ち出すフレシェットならともかく、ストッピングパワーと貫通力を両立させた10mm弾ならオークに対しても有効な威力があるようだ。とはいえそいつは効くというだけで、一撃で殺せるような威力はないのだが。


「殺す……調子に乗ったガキャア、殺してやるわ!」


 オークは怒声を響かせながら寄って来る。瓦礫の雨に打たれて痛む体を引き摺りながら。人を殺すため、どうしてあそこまで必死になれる?

 走りながら後方に向けて撃つ。照準は滅茶苦茶、撃った弾の半分は外れた。マガジンを投げ捨て次の弾を装填。このまま走ってどうなる、相手の体力はこっちより上。全力で走っても追いつかれるだろう。土地勘があるとはいえ、これは。


 家屋に沿って進むと畑に辿り着いた。農家の皆さんに心の中で頭を下げながら、柵を飛び越える。足下に植わっていた根菜の苗を踏み潰す感触。開けた場所で隠れるところもないし、大通りにも入れそうにない。どうすれば。

 爪が土を掻く音が聞こえた。ガルムだ。咄嗟に転がり、跳びかかって来たガルムをかわす。膝立ちになりガルムに発砲、だが軽やかなステップでかわされた。


「追い詰めたぞ、人間めがぁぁぁぁ!」


 今度は横に転がった。一瞬遅れてオークの拳が地面を抉る。地面が爆ぜ、土と石の破片が俺の方に飛んで来た。まさに絶体絶命、オークの嗜虐的な視線が俺を射る。左側にはターンしたガルム、一撃を避けてもガルムに食い殺されるだけだ。




(ガルムは視覚が弱い代わりに嗅覚が発達していますからね)

(体毛がなく……発汗も少ないので……熱も有効……)




 思考がスパークし、過去の光景がフラッシュバックしてきた。俺は反射的にコートをまくり、その下に入っていた血入りのビンをオークに向けて投げつけた。弧を描き、クルクルと回転しながら飛ぶそれを、撃つ。ガラスが砕け中身が撒き散らされる。オークは家畜の臓物と血に塗れた。


 オークは顔を拭い侮蔑的に笑った。

 拳を振り上げ、そして――ガルムに噛み付かれた。


「があああああああ!? な、なんだぁ!?」


 ガルムは尻尾を振り、嬉しそうに噛み付いた。

 オークは体毛が薄く発汗が少ない、ならば体臭も弱い。

 臓物と血とで塗り潰されてしまうほどに。


 ガルムは視覚が弱く、嗅覚が強い。

 どうやって調教した?

 襲うべき相手の匂いを覚えさせているのか?


 なるほど、そういう事情ならば臭いが薄い自分たちは都合がいいだろう。

 ならばもっと強い臭いで上書きしてやればいい。


「追い詰めたのはこっちだぜ、クソ豚野郎!」


 距離は5m以内。外しはしない。

 転んだままプレデターをオークたちに叩き込む。


 撃ち込んだ弾丸はオークを、ガルムを貫く。

 次のマガジンを差し込み、また撃つ。

 相手が死ぬまで、相手が動かなくなるまで、徹底的にやる。


 先に死んだのはガルムだった。

 ガルムの死骸を投げ捨て、オークが立ち上がる。


 右目は丸ごと食われ、両頬の肉が抉られていた。

 爪を突き立てられた上半身は傷だらけで、血塗れだ。

 無論、弾痕も体中に刻まれている。

 どうすれば生きていられるのだろうか。


「言っただろうが、手前は殺すってェッ!」


 弾倉に残った銃弾を残らず吐き出す。

 拳を、肩を、足を、心臓を抉られても、オークは止まらない。

 バカデカい拳を振り上げ、真っ直ぐ振り下ろしてくる。


 頭部を砕かんと放たれた一撃は、しかし俺の頭を僅かに外れた。右目を失くし、距離感が狂ったのだろう。対して、俺は冷静に相手を見ることが出来た。銃口を右の眼孔に突っ込み、トリガーを引く。頭蓋骨を貫き弾丸が抜け、汚い脳ミソが辺りに撒き散らされた。


「はっ……はっ……はっ……」


 倒れ込んで来たオークの血を浴びながら、俺は呼吸を整えた。

 死体を退け、立ち上がる。死力を尽くし、幸運を掴み、どうにかオーク一体を殺すことが出来た。他の場所ではどうなっているのだろうか?


「まったく、これは……どうなっているのだ……!?」


 残念ながら、そうはいかなかった。もしかしたら、この場から生きて帰ることも出来ないかもしれない。俺は声のした方向を見た。


 そこに立っていたのは、オークたちのリーダーだった。

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