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殲滅の狂戦士

作者: 往復ミサイル/T


 森が、燃えていた。


 巨大な樹の群れによって埋め尽くされていた広大な森に放たれた炎は、容赦なく樹の群れに燃え移り、幻想的な森を灼熱と炎が支配する空間へと変貌させている。黒焦げになった巨大な樹の枝が火達磨になりながら落下していき、数多の炎の中から生れ落ちた火の粉が舞い上がる。


 その燃える巨大な樹の周囲に転がっているのは、防具を身につけた無数の死体たちだ。


 甲冑の隙間に撃ち込まれた矢で殺された兵士や、巨大なハンマーで防具を叩き割られ、撲殺された騎士たち。五体満足の死体や原形を留めている死体もあるが、大半は四肢のどれかがなくなっており、無残な状態になって転がっている死体ばかりである。


 その死体の群れに囲まれながら激突するのは――――――――漆黒の防具を身に纏い、雄叫びを上げながら剣を振り上げる騎士の隊列と、クロスボウや弓矢を装備し、その騎士たちを迎え撃とうとする戦士たちだ。


 隊列を組みながら矢の準備をする戦士たちの頭の左右からは、人間よりもはるかに長い耳が伸びており、エルフであることが分かる。弓矢やクロスボウを構える彼らの隊列に向かって突っ込んで行く騎士たちは、ごく普通の人間たちで構成された部隊である。


 無数の死体が転がり、巨大な樹が燃え上がる森の真っ只中で彼らが戦う羽目になったのは―――――――漆黒の防具を身に纏う騎士たちが所属する『アートルム帝国』が、領土拡大のためにエルフやハーフエルフたちの住む『アネモスの里』へと侵略を開始したのが原因である。


 帝国は侵略前に、アネモスの里の戦士たちに武装解除を要求したが、里の戦士たちはすぐにその要求を却下した。


 アートルム帝国は周辺の国を侵略し、強引に領土を広げてきた軍事国家である。武装解除して大人しく彼らの帝国に併合されれば、里に住む人々は帝国で奴隷として売り捌かれるのが関の山だ。だからこそ里の戦士たちは、強大な騎士団を保有する帝国と真っ向から戦うことを選んだのである。


 しかし、物量に大きな差があり過ぎた。


 里が派遣したエルフの戦士たちの数は、たった500人。彼らにとってはその戦士たちが主力部隊であり、派遣できる全ての兵力である。


 それに対し、侵攻してきた帝国の騎士たちの人数は30000人。しかも彼らは主力部隊などではなく、あくまでも”中堅レベルの部隊”でしかない。少数の戦士しか派遣できない里を陥落させるには中堅レベルで十分だろうと高を括った帝国は、練度の高い精鋭部隊を温存し、それ以外の戦力で里を攻めることを選んだのだ。


 だが、帝国は里の戦士たちの実力を完全に侮っていた。


 エルフたちの寿命は人間よりもはるかに長い。つまり、人間よりもはるかに長く自分の技術を磨くことができるという事である。人間よりも長い人生で、弓矢を用いた狩猟を何度も経験してきた戦士たちの錬度は帝国の想定をはるかに上回っており、すでに投入された騎士たちの3割が森を利用した待ち伏せや弓矢による正確な狙撃で死体と化し、森の中に転がる羽目になった。


 巨大な樹の根元に転がっている死体の大半は、アートルム帝国の騎士たちの死体である。


 しかし、強引な前進によってアネモスの里の防衛ラインは既に何度か打ち破られており、帝国の騎士たちは里のすぐ近くまで迫っていた。


 未だに抵抗を続ける戦士たちを壊滅させるため、帝国はついに精鋭部隊の一部を戦場へと派遣する。


 魔物の掃討作戦やドラゴンの討伐作戦で何度も活躍し、アートルム帝国が引き起こした戦争では、常に最前線で戦っていた虎の子の精鋭部隊の一部を、ついに彼らはアネモスの里を攻略するために投入することにしたのである。


 抵抗を続ける里に対しての、あまりにも致命的なダメ押しであった。
















 

 アートルム帝国の騎士たちに支給されているのは、漆黒の防具である。他国の防具は白銀や灰色に染まったものばかりであるため、この防具はあらゆる戦場において非常に目立つ存在となっている。


 他国のものと比べるとやや重量があるものの、剣で斬られても殆ど傷がつかない上に、炎属性の魔術に対しての耐性の高さが特徴であり、初歩的な魔術で打ち破るのは不可能と言われている。


 その漆黒の防具に身を包んだ騎士たちの隊列の後方から、馬に乗った騎兵の隊列がゆっくりと進んでくる。身に纏っているのはやはり漆黒の防具であり、槍やロングソードを装備しているが、その騎兵たちの防具は普通の騎士たちの物と若干デザインが違う。


 腕や肩に、深紅のラインが1本だけ刻まれているのだ。暗闇を思わせる漆黒の防具に刻まれた鮮血のようなその模様が、通常のデザインの防具でも十分に禍々しい帝国の防具に猛烈な威圧感を加えていた。


 深紅のラインは、帝国騎士団の精鋭部隊の証である。


 アートルム帝国の領土拡大のために、最前線で剣を振るう騎士たち。陥落寸前であるにもかかわらず、未だに抵抗を続けるアネモスの里を完全に叩き潰すため、帝国の貴族と皇帝によって、精鋭部隊が里へと派遣されることになったのだ。


 その精鋭部隊が、ついに最前線に到着したのである。


「道を開けろ! 精鋭部隊だ!」


 周囲で隊列を組んでいた騎士たちが、大慌てで精鋭部隊に道を譲る。まるで巨大な怪物の肉を剣でゆっくりと切り取っていくように、漆黒の鎧を着た騎士で埋め尽くされた大地を、威圧感と禍々しさを発する騎兵の隊列がゆっくりと両断していく。


 やがて、騎兵隊が歩兵部隊の前にずらりと並び終える。アートルム帝国の戦法は、まず最初に騎兵部隊が敵の前衛を食い破り、そのまま防衛ラインをズタズタにして後方の指揮官を襲撃し、敵部隊を瓦解させるという短期決戦を想定した戦い方だ。簡単に言えば”浸透戦術”のようなものである。


 それゆえに、帝国の戦闘は常に短時間で終わる。今回のように小規模な敵の反撃によって消耗を強いられるような戦いは、彼らにとっては”異例”なのだ。


「前進!」


 隊列を組んだ騎兵隊の後方を、盾とロングソードを装備した騎士たちが前進していく。このまま前進していけば、やがてアネモスの里の哀愁防衛ラインへと到達するだろう。そうすれば、最前列を進む騎兵隊が敵の防衛ラインを食い破り、傷だらけのエルフたちが守ろうとしているアネモスの里を蹂躙するだろう。


 エルフたちの狡猾な戦術によって大損害を出した歩兵たちは、最前列を進む精鋭部隊の後姿を見つめながら、少しずつ士気を上げつつあった。魔物どころか凶暴なドラゴンの討伐にも成功している、帝国の切り札である。精鋭部隊のごく一部のみとはいえ、ずらりと並んだ騎兵隊の力があれば、どんなに堅牢な敵陣でも瞬く間に攻め落としてしまうに違いない。


 燃え上がる巨大な樹の間を通過し、戦死した仲間や討ち取られたエルフたちの死体を踏みつけながら進んでいく。数多の矢が突き刺さった樹を通過していくうちに、やがて巨大な城門にも似た門が姿を現す。


 森の中に生えている巨大な樹で造ったのか、やけに分厚い板を組み合わせて建造された堅牢な門。その左右に広がる防壁の上には、弓矢やクロスボウを装備したエルフの戦士たちがずらりと並び、帝国の兵士たちの隊列を睨みつけている。


 しかし、守備隊がいるのは防壁の上だけだ。門の正面には、大剣を背負ったたった1人の戦士らしき男しか見当たらない。


 最前列を進んでいた騎兵たちは、溜息をつきながらそのまま前進を続けた。


 帝国の騎士たちの前に立ちはだかっている1人の戦士は、他のエルフの戦士たちと比べると”荒々しい”恰好をしていた。エルフたちはあまり金属製の防具を身につけることを好まず、革で作られた防具や私服を身につけて素早く動き回りながら戦う事を好むと言われている。それはその戦士も同じらしく、白銀の狼と思われる動物の毛皮で作られた服に身を包み、狼の頭を模した毛皮のフードをかぶっている。首には仕留めた獲物の物なのか、鋭い獣の牙で作られた首飾りを下げており、腰にはトマホークの入ったホルダーをいくつかぶら下げている。


 フードをかぶっているせいでエルフなのかは判別できないが、フードの耳の部分が膨らんでいる気配はないため、その戦士の種族が人間であるという事が分かる。


 一番目立っているのは―――――――やはり、その男が背負っている大剣だろう。


 刀身の分厚さは一般的なロングソードよりも一回り厚い程度だろうか。大剣にしては華奢な刀身で、全長はおよそ2m程度だ。戦闘の指揮を執る貴族が好むような装飾は一切ついておらず、実用性のみを追求しているらしく、金属製の柄の部分には布が巻き付けられていた。


 『ツヴァイヘンダー』と呼ばれる大剣である。


(エルフではないな…………傭兵か?)


 騎兵隊の隊長は、目の前に現れた荒々しい格好の男を見つめながらそう思った。


 陥落寸前の里を守るために、エルフたちが傭兵を雇った可能性は高いからである。戦場によく姿を現す彼らの錬度の高さは、魔物の討伐を経験している騎士団でも蹴散らされることがあるほどだが、百戦錬磨の帝国騎士団を食い止めるために雇われたとはいえ、たった1人の傭兵で里を守り切れるとは思えない。


「おい、貴様!」


 先頭を進んでいた騎兵隊の隊員が、目の前に立ち塞がる1人の傭兵に声をかける。警告のつもりだろう。無視して戦いを仕掛けてくるというのであれば、里もろとも葬ってやればいいだけなのだ。


「我々はアートルム帝国騎士団である! 我らの戦の邪魔をするのであれば、貴様もろとも里を消し去る! さっさとそこを退かんか!」


 しかし、帝国の騎兵に退けと言われても、その傭兵は微動だにしない。狼の頭を模した毛皮のフードをかぶったまま、背中の得物に手も伸ばさず、黙って門の前に突っ立っているだけである。


 痺れを切らしたのか、今しがた警告した騎兵が馬の速度を少しずつ上げ始めた。右手に持った槍の柄を握り締め、槍の先端部をその傭兵に向けて突進していく。


 警告しても無駄だという事を理解したのだろう。傭兵は基本的に好戦的な性格のものが多く、騎士団が警告したところであの男のように微動だにしないのが当たり前なのだ。むしろ、あの程度の警告で道を開けるような臆病者は、傭兵には向いていない。


「退け、邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 槍を構えた騎士が、叫びながら傭兵に突っ込んで行く。騎兵隊の隊長はその傭兵が槍に貫かれる瞬間を想像しながら、他の騎兵隊の隊員や後方の歩兵たちに目配せし、突撃の準備を整える。


 そして腰に下げていた剣を鞘から引き抜き、突撃命令を下そうとしたその瞬間だった。


 先陣を切った騎兵隊の隊員が貫こうとしていた傭兵が――――――――人間とは思えぬ瞬発力でジャンプしたかと思うと、馬に跨っている騎兵よりも高く飛び上がり、まるでダンクシュートを叩き込もうとしているかのようにその騎兵の兜を鷲掴みにしたのである。


 いくら片手で手綱を握っていたとはいえ、常人離れした瞬発力と握力で頭を鷲掴みにされれば、馬に跨っていられるわけがない。頭を鷲掴みにされた騎兵はそのまま落馬すると、地面へと頭を叩きつける羽目になった。


 しかし、傭兵の剛腕はまだ騎兵の頭を掴んだままだ。彼を馬の上から”落とす”のが目的ではなく、”地面に叩きつける”のが目的だったらしい。


 ぐちゃ、と頭が潰れる音が、燃え上がる森の中に響き渡った。重い代わりに防御力の高い帝国性の防具がひしゃげるほどの衝撃を頭に叩き込まれれば、人間の身体が無傷で済むわけがない。頭蓋骨があっさりと砕け、猛烈な衝撃でぐちゃぐちゃになった脳味噌をその破片が貫く。無数の肉片と鮮血を吹き上げながら動かなくなった騎兵の傍らに、血まみれの眼球が転がった。


「てめえが邪魔だ」


 手足が痙攣している騎兵の死体から手を放した傭兵が、ゆっくりと立ち上がりながら笑う。


「こいつのせいで数えきれなかったが…………結構いるな」


 鮮血と肉片がこびりついた右手を背中の剣に伸ばし、布で覆われた柄を握りながら、長大な刀身を強引に引き抜く。2mにも達する大剣が鞘の中から解き放たれ、切っ先が騎兵たちへと向けられる。


 その刀身を目にした瞬間、騎兵隊の隊長はぞくりとした。


 狼の毛皮を身に纏い、あのような長大な大剣を振るう傭兵の噂話を、何度か聞いたことがあったからである。


「こりゃ楽しそうだ…………!」


「―――――――突撃ッ!!」


 しかし、こちらの騎兵の頭を潰して殺したのだから、これ以上警告を続けるわけにはいかない。この男もアネモスの里と共に、完全に葬り去る必要がある。


 引き抜いた剣を振り下ろし、騎兵隊に突撃を命じる。いきなり仲間を殺された騎兵たちが雄叫びを上げ、命を落とした仲間の仇を討つためにその傭兵に肉薄していく。


 突進していく騎兵の後に続くのは、剣を構えた無数の歩兵たち。精鋭部隊と比べれば練度は低いとはいえ、たった1人でこの歩兵たちを食い止めるのは不可能だろう。あの傭兵が持つ剣と比べると歩兵の持つ剣は短いが、こちらの方が小回りが利く上に、兵力も多い。騎兵を地面に叩き落して頭を割るほどの力がある傭兵でも、歩兵部隊からの集中攻撃には打ち勝てない筈だ。


 そう思いながら騎兵隊の隊長も馬を加速させ始めたが――――――――バキン、と金属製の鎧が割れるような音が轟くと同時に、先陣を切った筈の騎兵隊の隊員たちが、両断されて真っ二つになった状態で宙に舞ったのを目の当たりにした瞬間、騎兵隊の隊長どころか歩兵たちまで凍り付いてしまう。


 今しがた燃え上がる森の中で舞い上がったのは、防具の一部に深紅のラインが刻み込まれた精鋭部隊たち。凄まじい量の鮮血や千切れ飛んだ馬の頭を引き連れながら、ぐるぐると空中で回転し、そのまま騎士の隊列の真っ只中や燃え上がる樹の幹へと叩きつけられ、真っ赤な血痕を周囲に刻み付けていく。


 傭兵の周囲に転がっているのは、首から上が消え去った馬や、腰から上が切断された騎兵隊の下半身。堅牢なはずの防具はあっさりと切断されていて、金属製の防具の断面と、内臓や肉が詰め込まれたグロテスクな断面を、これから里に攻め込もうとしている騎士たちに見せつけていた。


 まるで、この男に挑んではならないと死んだ騎士たちが忠告しているようにも見える。


「ば、バカな…………ッ!」


 突っ込んで行った騎兵たちを瞬殺した傭兵は、刀身が真っ赤に染まった大剣を肩に担ぎながら、楽しそうに笑っていた。


「き、貴様………ッ! やはり、『ランツクネヒト』の生き残りか!?」


「へえ、俺たちの事を知ってたのか」


 戦友たちが話していた噂話は、どうやら正しかったらしい。


 帰り血まみれになりながら笑う獰猛な傭兵の顔を見てぞくりとしながら、騎兵隊の隊長は唇を噛み締めていた。


 かつて、世界中の戦場で大きな戦果をあげ続けていた『ランツクネヒト』と呼ばれる傭兵一族が存在した。狼の毛皮で作られた服を身に纏い、騎士のような防具は一切身につけず、『ツヴァイヘンダー』と呼ばれる長大な大剣を変幻自在に操る傭兵たちは、圧倒的な身体能力と荒々しい剣術であらゆる敵を圧倒し、数多の傭兵や騎士たちに恐れられていたという。


 しかし、彼らが強大になる事を恐れた各国の騎士団の精鋭部隊による討伐作戦によって壊滅した筈である。


「な、何のつもりだ………ッ!? 貴様、一族の復讐でもするつもりか!?」


「バカか? 確かに一族を皆殺しにされたのは腹が立つが…………俺はな、ただ戦いたくてここにいるだけだ」


 ツヴァイヘンダーに付着した血を振り払い、切っ先を騎士たちへと向ける。


「錆び付いた剣と、血の臭いが恋しくてなぁ…………。その臭いを嗅ぎながら、剣を振るって獲物をぶち殺さなきゃランツクネヒトの一族は生きていけねえのさ」


 ランツクネヒトたちが好んだのは、戦場である。


 無数の死体が大地を埋め尽くし、負傷兵が呻き声を上げる地獄を好んだ彼らは、雇い主から与えられる報酬が少なくても、大喜びで戦場へと飛び込んでいった。時には報酬がないにもかかわらず、全く関係のない戦場へと飛び込んだこともあるという。


 やはり目の前にいる男も、ランツクネヒトの生き残りという事なのだろうか。


 まるでこれから遊びに行く子供のように楽しそうな笑顔を浮かべながら、傭兵は言った。


「―――――――だから、付き合ってくれや」


 狼のような牙を剥き出しにしたのを目の当たりにした騎士たちは震え上がったが、ここで退却することは絶対に許されなかった。


 あと一歩でアネモスの里は陥落するというのに、たった1人の傭兵によって返り討ちに遭って逃走することなど許されるわけがない。しかも、一部のみとはいえ帝国の切り札である虎の子の騎兵隊まで投入されているのだから、そのような無様な結果を出していいわけがなかった。


 それゆえに騎兵隊の隊長は、この恐ろしい男に戦いを挑むことを選択するしかなかったのである。


 















 燃え上がる樹が発する臭いと血の臭いに支配された空気を思い切り吸い込んだ傭兵は、震え上がる騎士たちを睨みつけながら剣を構えた。


 もう既に、先ほどの一撃で数名の騎兵を両断した時点で、騎士たちの指揮はかなり下がっている。しかし騎士たちは撤退するつもりはないらしく、未だに猛烈な殺気を彼へと向けながら、ゆっくりと接近してくる。


 傭兵からすれば、そちらの方が良かった。


 むしろ、敗走する敵を追いかけて両断するのはかなりつまらない。戦うのであれば、殺気を向けながら得物を振り上げて突っ込んでくるような強敵を完全に叩き潰すような戦いが、ランツクネヒトの好む戦いである。


 彼らが好むのは、死闘なのだ。


「突撃ぃッ!!」


「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」」」」


 虎の子の騎兵をあっさりと瞬殺されたという恐怖を、強引に抑え込みながら迫ってくる歩兵たち。生き残った騎兵たちも槍を構え、たった1人の傭兵に向けて突撃してくる。


 後方のエルフたちの方をちらりと見てから、傭兵も剣を構えて突っ込んで行く。


 両手で長大なツヴァイヘンダーの柄を握り締め、突撃してくる騎士たちに真正面から突っ込んで行く。刀身の切っ先を地面に刻み付け、血の混じった傷跡を生み出しながら全力疾走する傭兵。やがて歩兵を追い越した騎兵が、槍を突き出しながら傭兵に向けて突進してくる。


 自分の走っている速度と騎兵の速度を瞬時に観察し、あとどれくらいで自分の剣の射程距離に入るかを計算した彼は、そのまま地面に擦りつけていた剣を振り上げると見せかけ、一瞬だけ、ぴたりと剣を止めた。


 前へと進む自分の足と身体に置き去りにされかける得物。まだその長い柄を握っていた右腕の中の筋肉をフル活用し、地面を抉っていた得物を強引に引き抜く。神経から与えられた命令を聞き入れた強靭な筋肉が一気に膨れ上がると同時に、長大な剣の切っ先が地面から離れた。


 そのまま身体をぐるりと時計回りに回転させ、まるで柔道の背負い投げをするかのように、地面から引き抜いた大剣を強引に振り下ろす。


 荒々しい一撃が、傭兵を串刺しにするために接近していた騎士の胸板に食い込む。しっかりと防具に守られていたにもかかわらず、その猛烈な剣戟はあっさりと胸の部分の防具を叩き割ると、訓練で鍛え上げられていた筈の騎士の胸筋をあっさりと抉り、胸骨を粉砕した。


 そのまま右斜め下へと刀身が食い込み、胃や腸の一部をズタズタにしながら、数本の肋骨を両断して脇腹を突き破り、肉片や内臓の一部を刀身に付着させたまま躍り出る。返り血を浴びながら傭兵は皿に前進しつつ、一旦ツヴァイヘンダーの柄から離していた左手を腰のトマホークのホルダーへと伸ばしていた。


 ホルダーから突き出ていた柄を大きな左手で掴み取り、地面に激突した剣を右手で持ち上げている間に、そのトマホークを思い切り投擲する。ぐるぐると回転しながら飛んで行ったトマホークは歩兵を追い越そうとしていた騎兵の首へと襲い掛かると、禍々しい防具をその騎兵の血で真っ赤に染め、槍を手にしていたその騎兵を馬の上からたたき落してしまう。


 今度は両足に力を入れ、一気に前進する。両手でツヴァイヘンダーの柄を握り、切っ先を地面に擦りつけながら前傾姿勢になった彼は、正面から突っ込んでくる歩兵へと狙いを定めた。


 小回りが利く歩兵の方が、今は厄介な存在だからである。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「―――――――いい殺気だなぁ!」


 両手でロングソードの柄を握り、歩兵が正面から突っ込んでくる。その剣が振り下ろされるよりも先にタックルを叩き込み、その歩兵の攻撃を台無しにしつつ、再びぐるりと時計回りに回転。左右から挟み撃ちにしようとしていた数名の歩兵を、回転しながら振り回したツヴァイヘンダーの荒々しい剣戟で真っ二つにする。


 剣を握ったままの腕や兜をかぶった兵士たちの首が舞い上がり、タックルで吹っ飛ばされた兵士と傭兵に降りかかる。


「だがな…………やかましいッ!」

 

「ひっ――――――」


 そして、タックルで吹き飛ばしたばかりの騎士の頭を、がっちりした右足で思い切り踏みつぶした。


 防具がひしゃげる感触と、人間の頭蓋骨が潰れ、脳味噌に食い込んでいく感触を感じながら、頭の潰れた死体を置き去りにしてさらに前進する。


 このまま無数の歩兵たちとの死闘を楽しんでいたいと思っていた傭兵だが、ちらりと森の様子と里の状態を確認し、舌打ちをしながら敵兵を両断する。


 森に燃え移った炎を早く消さなければ、里が全焼してしまうだろう。それにこのままいつまでも戦い続けていれば、別動隊や増援部隊を派遣され、反対側から里が襲撃されてしまう可能性がある。


 ランツクネヒトは戦いを楽しむ獰猛な傭兵一族ではあるが、彼が引き受けた依頼は”里の死守”。ここで騎士たちを皆殺しにすることではない。それに、報酬よりも戦いを重視するとはいえ、雇い主(クライアント)からの依頼を無視するのは論外だ。


 傭兵として、必ず雇い主の命令通りに戦果をあげなければならない。それが一族の掟である。


(チッ、もう終わりか…………。とりあえず、指揮官を狙う)


 もう既に、敵の士気はかなり低下している。辛うじて脱走兵はいないようだが、指揮官が戦死したという事を知れば、この騎士たちは一気に敗走を始めるだろう。そもそもアートルム帝国の基本的な戦術は騎兵隊の突撃による短期決戦であり、このような長期戦は全く想定していないのだ。


 槍を持った兵を槍ごと両断し、まだ生き残っていた騎兵を切っ先で串刺しにし、後続の騎士たちの方向へと死体を投げつけながら、彼は指揮官を探す。


 このような騎士団の指揮官は、ほとんどの場合は貴族である。貴族は派手な装飾を好む傾向があるため、装備や防具に派手な装飾がついていることが多い。それゆえに、見分けるのは非常に簡単だ。


(あいつか)


 雄叫びを上げながら突っ込んでくる歩兵の向こうに、防具の一部に深紅のラインが刻まれた騎兵の生き残りがいる。腰に下げている剣には微かに黄金の装飾がついており、鍔の部分にはルビーと思われる宝石のようなものが埋め込まれているのが見える。


 貴族にしては地味な装飾だが、装飾付きの装備を身につけているという事は、その男が指揮官なのだろう。


 左手を柄から離し、右腕だけで強引にツヴァイヘンダーを振るう。右から左へと剣を薙ぎ払う途中に何度も刀身が何かにぶつかり、何かを砕いて肉を切り裂く感触を感じながら前進し、今度は左から右へと剣を振り払う。千切れ飛んだ人間の上半身や首が宙を舞い、切断された人体の山が出来上がっていく。


 歩兵たちを蹂躙していくにつれて、段々と突っ込んでくる騎士の数が減り始めた。迂闊に突っ込めばあの荒々しい剣戟と猛烈な大剣の一撃で殺されるという事を理解したらしい。一旦距離を取って様子を見るのは正しい判断だが――――――――傭兵が望んでいたのは、歩兵たちがそうやって距離を取る事であった。


 剣を装備している以上、剣が届く距離まで接近しなければ意味はない。様子を見るために距離を空ければ空けるほど、相手に攻撃を叩き込むまでの時間が長くなっていくのだから。


 その隙に狙いを定めていた傭兵は―――――――ツヴァイヘンダーを一旦後方に叩きつけたかと思うと、右腕を強引に振り下ろし、長大な大剣を前方へと思い切り放り投げた。


 通常の剣ですら投擲すればすぐに落下してしまうというのに、当たり前のように長大な剣を片手で振るっているせいで鍛え上げられた彼の筋肉は、長大な大剣を容易く放り投げてしまったのである。


 巨大な剣を軽々と放り投げてしまった男の筋力に度肝を抜かれている騎士たちの頭上を、回転する巨大な剣が空気を蹂躙する不気味な音を奏でながら、ツヴァイヘンダーが通過していく。その切っ先が数秒後に切り刻むことになるのは、馬の上に跨って目を見開いている騎兵隊の隊長だ。


 しかし、その騎兵隊の隊長もドラゴンの討伐作戦に参加したことのある百戦錬磨の騎士の1人である。馬を移動させている余裕はないと瞬時に判断した彼は、鞘から引き抜いていた剣を構え、大剣の刃が迫ってくる瞬間に、その剣を左から右斜め上へと振り上げる。


 ガチン、と刀身同士がぶつかり合い、重い剣と激突した衝撃が隊長の腕の中を駆け抜ける。骨が潰れてしまいそうな衝撃は想定外ではあったものの、その一撃のおかげでツヴァイヘンダーの軌道は完全に狂い、奇妙な回転をしながら巨大な樹の幹へと突き刺さる。


 何とか今の一撃を凌いで安堵しようとした隊長だったが―――――――荒々しいランツクネヒトの生き残りは、投擲した剣が弾かれるという事を予測していた。


 だからこそ、投擲は”右腕だけ”で行い、左腕には”別の仕事”を命じていたのである。


 確実に隊長を仕留めるために――――――――”ホルダーからトマホークを引き抜き、若干遅れて投擲する”という仕事を。


「!!」


 派手な大剣を派手に投擲するからこそ、地味なトマホークを地味に投擲したことには気付かない。


 大きなツヴァイヘンダーを”隠れ蓑”にして、やや遅れてからもう1つのトマホークを隊長へと向けて投擲していたのである。凄まじい力で放り投げられたツヴァイヘンダーを弾いて安心していた隊長は、ぎょっとしながらすぐ目の前まで回転しながら接近していたトマホークを弾き飛ばそうと剣を振るうが、その剣がトマホークを弾くよりも先に、放り投げられたトマホークは隊長の顔面へと直撃していた。


「ガハッ――――――――」


 めき、と顔面の骨が砕け散り、武骨なトマホークの刃が脳を蹂躙する。顔面から歯の破片と鮮血を吹き上げる羽目になった隊長は、白目になりながら剣の柄から手を放し、跨っていた馬の上から落下する羽目になる。


 それを目の当たりにした騎士たちから、次々に殺気が消えていった。この指揮官が指揮を執っていたからこそ、騎士たちは戦い続けていたのである。


 虎の子の騎兵が容易く殺された挙句、その騎兵隊の隊長まであっさりと殺されたのを目の当たりにした歩兵たちは、次々に手にしていた槍や剣を投げ捨てると、叫び声を上げながら逃げ出し始めた。


 中にはまだ剣を握ったまま戦おうとする歩兵や、逃げ出そうとする歩兵に「逃げるな!」と酒部分隊長らしき男たちもいたが、血まみれになりながら笑う傭兵を見た瞬間に震え上がり、彼らも敗走する兵士たちと一緒に逃げ出す羽目になるのであった。


















「すげえな、ジノヴィ! 本当に帝国の騎士共を追い払っちまった!」


「英雄だよ、アンタは!」


 血まみれになったツヴァイヘンダーを拾い上げ、持っていた布で拭き取っていたジノヴィの所に、騎士たちがたった1人の狂戦士に蹂躙されていく光景を防壁の上から眺めていたエルフの戦士たちが集まってきた。


 彼らから差し出された水筒を受け取り、布で身体中の返り血を拭き取りながら、ジノヴィは苦笑いする。


 しっかりと里は守ったものの、出来るのであればもっと死闘を楽しんでいたかったのである。ランツクネヒトの一族たちは、戦いに勝利してから喜ぶのではなく、強敵との死闘の最中に喜ぶのだ。


 だからジノヴィは、物足りないと感じながら報酬を受け取ることにした。


「なあ、ジノヴィ。もう少し里にいて、ここを守ってくれないか?」


「あ?」


「帝国の奴らがまた攻め込んでくるかもしれん。だが、騎士たちを蹴散らしたお前がいれば、帝国も攻めてはこないだろう。…………もう一度里の防衛を依頼したいんだが、ダメか?」


「…………しょうがねえな」


 ここにいれば、また帝国の騎士団と戦うことにはなるだろう。今回は物足りなかったのだから、その時に思う存分敵を叩き潰して楽しめばいい。ジノヴィを倒すために、今度は更に強力な騎士たちや魔術師を投入してくるはずだ。そう思った彼は、まだ少し血がこびりついたツヴァイヘンダーを背中の鞘に納めると、ニヤリと笑うのだった。

 

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