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新訳 その人の名は狂気  作者: 無道
第1章 目覚める狂気
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定期連絡会

こんなに連続で投稿したのは初めてです……。

 職員室に集まってきた警備班とやらは高校生くらいのガキと中年のおっさんがほとんどだった。

 人数は俺を合わせて十五。本当は五人の組が四つの全部で二十人いるそうだが、ここにいない一班は現在校門の見張りをしているらしい。全員が集まったところで職員室中央の偉そうな席に座っていた道野がこれまた偉そうに片手を挙げた。


「いやぁ皆さんご苦労様です。これから定期連絡会を始めたいと思います。まずは新たに手伝ってくれることになった人を紹介します。八代智也くんです!」

「よろしくお願いします」


 軽く頭を下げた俺に警備班の人たちも会釈を返す。四十代くらいの大人たちに頭を下げられるというのはむずがゆい。


「八代くんは二十歳! ここでは最年少の大人として充分に活躍してくれるでしょう。それでは次にそれぞれの報告をお願いします」


 道野に促されて中年の男が前に出る。いかにも仕事帰りといった感じのスーツを着た男だ。


「岸本組は体育館を巡回していましたが、特に大きなトラブルはありませんでした。ただ、女性の方から女子トイレのトイレットペーパーが切れそうなので交換してほしい、との要望が出ました」

「トイレットペーパーですね、分かりました。後で給仕をしてくれている女性の誰かに交換をお願いしておきましょう。では先ほどまでの校門の番をしていた班はどうでしょうか?」


 すると、一歩前に出たのは、先ほど校門で出会った少年の一人、確か……岡崎俊也と言ったか。岡崎は高校生とは思えないくらい落ち着き払っていた。高校生で班長を任されているらしいし、事実そうなのだろう。


「校門を担当していたのは岡崎班です。校門には依然として感染者らしき人は現れず、やってきたのはそちらの八代さんだけでした」


 突然名前を呼ばれたので少し驚いた。岡崎はこちらを見ると薄く微笑んだ。隣にいた王馬も少しだけ頭を下げた。


「その八代さんについても目立った外傷はなく、定期連絡が始まる前に実際にボディチェックを行いましたが、外傷は見受けられませんでした」

「そうですか。もしかしたらこの辺りには感染者はいないのかもしれませんね。勿論、決めつけるには早計ですが……。では最後に、裏門を担当していた組は……後藤さんのところかな?」

「ええ、そうです」


 返事したのは、ジャージ姿の屈強な男だった。

 角刈りの頭に厳つい風貌、少し気になって先ほど道野に訊いたところ、彼は華和小学校の職員だったらしい。

 いかにも体育会系と言った感じの後藤は、見た目に反しない野太い声で報告を始めた。


「裏門についても、感染者と思われる人は誰も来ませんでした。ただ、避難してきた男性がこちらにも一名いましたが、この人についても外傷はなく、感染者と遭遇も無かったそうです。この会合が終わり次第道野さんに会ってもらおうと思ってます」


 なるほど、わかりましたと道野は笑みを絶やさずに頷いた。


「道野さん。ところで自衛隊の方はどうなりました? まだ何も連絡はないんですか?」

「ああ……それなんですが、こちらから連絡を送っても未だあちらからの返答がないんですよ。どうやら向こうはかなり立て込んでいるらしく『物資を輸送する部隊は既に向かった』の一点張りでそれ以上は取り合ってもらえませんでした」

「もらえませんでしたって……それはかなりまずいんじゃないんですか?」


 道野の渋い顔にスーツの男――岸本は露骨に眉を寄せた。

 確かに道野の対応はあまりにも楽天家すぎる。いくら離れているとはいえここから自衛隊の駐屯地までは車で一時間とかからない。道野がいつ連絡をしたかは分からないが、それでも輸送の部隊とやらが移動してから一時間以上は経過しているだろう。こうなると、自衛隊が来ない可能性についても考慮せねばならない。

 そんなことを喋ったのは高校生班長の岡崎だった。話す順序も整理されていたし、おまけに道野の顔を潰さないようにしたのか、やんわりとした表現での提案だった。若いのに気が回る。俺は岡崎の顔を記憶に刻んだ。


「なるほどねえ。岡崎くんのいう事も一理ある。実際、学校の食糧もあと三日がせいぜいだからねぇ」


 まるで明日の天気でも危ぶむような気軽さで道野は首を捻った。大丈夫かコイツ。


「やはり外に出て食糧を補充した方がいいのではないでしょうか。店自体は閉まってるでしょうが非常時ですし、代金はのちほど払うということにして」


 作業着のようなツナギを着たオヤジが突然話し出した。俺は驚いたが、周りは普通に応対する。


「やはりそうですかねぇ。行くとするならばここにいる警備班で、ということになりますがねぇ」

「しかし、流石に危険ではありませんか? 私たちのほとんどが感染者というものをテレビの画面上でしか見たことがありません。報道によれば、感染者は凶暴で、まさにゾンビのような症状を起こしていると言っていましたが……」

「誰か、実際に感染者と遭遇したという人がいれば話も聞けるんですが……」

「遠目から見たという人は何人かいましたが、実際に遭遇したという人はなかなか……」


 そうこうしているうちに、途端に職員室は言の葉の飛び交う空間へと変貌した。

 発言に制限を設けなければ話し合いという体裁を保てなくなるのは子供も大人も同じだ。

 俺は既にその場の話し合いには見切りをつけ、有斐さんをどうするかについての思案にシフトしていた。

 あれから少し考えたが、やはり有斐さんはすぐに殺すには惜しい容姿だ。

 決して豊満ではないが、確かに存在を主張する胸。くびれたウエスト。透明な美貌。決して努力だけでは為しえることの出来ないあの肉体をただ感染者に喰わせるのは逆に失礼にあたるというものだ。あの身体をたっぷりと堪能してから餌にしても遅くはないだろう。そうなるとやはりどこかに監禁するのがいいか。そして出来れば監禁する前までにもっと信頼感を上げて、俺が裏切ったときの絶望感を上げておくとなお良いのだが――


 ――視界が一気に拡がった。ふと舞い降りた天啓に身震いしそうになった。


 これだ。たった今突然閃いた自分の策略を俺はすぐさま実行することに決めた。そこまで考えた時には脊髄反射の要領で俺は右手を挙げていた。


「あの、お――僕、感染者を見たこと、あります」


 語尾を強めに発した後、職員室に静寂が訪れる。

 全員の視線が俺に集中するなか、俺は言葉を選びながらゆっくりと口を開いた。


「あの、なかなか言い出せなかったんですけど、僕、ここに来るまでに感染者を見かけたことがあります。あと、見つかって追いかけられたことも……」

「――どうして早くそれを言わなかったんだ! それじゃあ、感染者がどんな感じなのかもわかるのか?」


 後藤が子供を叱るような口調で咎める。実際、学校でも彼は生徒にこのように接していたのだろう。彼にとっては教え子の小学生も俺も大した変わりはないらしい。


「……すみません。感染者についてですが――大した脅威にはならないと思います。本当に映画に出てくるゾンビみたいに凶暴で、多少の傷では怯みもしませんが、動きは緩慢で身体能力低く、知能もありません。これは僕個人の推察ですが、自衛隊がなかなか来ないのは感染者に撃退されたのが理由ではなく、今国会で揉めている『感染者の人権』についてどうするかの件が絡んでいるんだと思います」

「ああ、あの話かい。たしかに、まだ論争が続いてる今朝もニュースでやってたからなぁ」


 インフルエンス・パニックは同時多発的に起こっているパンデミックだが、実は未だその魔手が届いていない所も多い。

 国会議事堂がある東京も、未だインフルエンス・パニックの発症者が出ていない地方の一つ。そのため、まだ猶予があると勘違いしている馬鹿な政治家が、昨日今日に続き誰も助けられやしない倫理観の有無を鬱屈した会議室で額を寄せて唾を飛ばし合っているのだ。愚かだとは思うが、そのおかげでこうしてホラ話に説得材料が生まれているのだからむしろ感謝すべきなのかもしれない。

 その場にいた大人たちが皆納得しかけていたとき、しかし突然横槍が入る。

 それは先ほど少し注意すべき、と頭に刻み込んだ高校生(ガキ)、岡崎だ。


「――待ってください。今朝の時点で政府の発表では感染者は既に十五万人を超えたと聞きました。昨日の今日でここまでの速度で感染が広がるのは異常です。八代さんを疑うつもりはありませんが、感染者にはまだ私たちの知らない脅威が存在する可能性があります」


 余計なことを……。


 申し訳ないという風にこちらに軽く頭を下げる岡崎に俺は愛想笑いしながら首を振る。


「確かに、感染者に引っ掻かれたり噛まれたりすると感染するというのは分かっているけど、他にどんな感染経路があるかもわからないからね。そう考えると、不用意に外に出るというのはあまり得策ではないかもしれないね」


 道野がしたり顔で言うが、お前はただ単に自分が外に出るのが怖いだけだろ。まあ、結局行くことになっても、こいつは避難所を護るって名目でどのみち行かなそうだが。

 しかしこの流れはマズイ。最悪、食料が切れる三日後まで延々と自衛隊を待ちかねない。食糧不足で飯に飢えるのは俺もごめんだ。

俺はせめてもの妥協点として、


「しかし、食糧がいずれ底を尽きるのも事実です。それでは、明日の午前中までは自衛隊を待って、来なければ食糧探索に乗り出すというのはどうでしょうか? 今日来たばかりの僕が仕切るようで申し訳ないんですが」


 と提案した。

 これには異存はないようで、岡崎を入れて職員室にいた者から反対の声は上がらず、それで昼の定時連絡の集いは幕を閉じた。


読んでいただきありがとうございます!

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