透明な女
今回も短めです。まあ、連続投稿だか(ry
華奢な体つきと、透き通るような美貌を持つ有斐さんは緩くウェーブがかった栗色の髪が目を引く、そんな女性だ。神秘的、とでもいうのか。つ女性で、この人といると、たまに瞬きすれば霞んでしまいそうなほどに存在が朧げに感じることがある。それは単に、彼女が類まれなる美貌の持ち主だから、というのだけが理由ではあるまい。
有斐さんは俺の通う大学の医学の講師だが、去年知り合ったのは別のことがきっかけだ。
まさかこのタイミングで会うとは。
心の中で舌打ちをしながら、俺は即座に笑顔を作る。
「お久しぶりです。こんな時に奇遇ですね。ここらへんに住んでいたんですか?」
「うん。いつも街中で会ってたから分からなかったけど、案外近くに住んでたのね。私たち」
有斐さんは温度の低い笑顔を浮かべた。
少し困ったような、苦みを含んだ笑みは相変わらずだった。
彼女はいつも息を吸うのでさえ辛いという表情で笑う――
「……八代くんは、やけに避難してくるのが遅かったね。ここに来るまで大丈夫だったの?」
「ここに来るまでの道に感染者が沢山いましてね。昨日は迂回する道などを決めていたら陽が暮れちゃって」
「それでこんなに遅かったんだ……。ねえ、大丈夫だったの? 私はテレビでしか知らないけど、その……感染者って、とても凶暴なんでしょ?」
感染者、という言葉を使うのを躊躇う有斐さんに、俺は頷いた。
「はい。初めて追いかけまわされたときは、本当に生きた心地がしませんでしたよ。まあそれでも運よく生き延びて、ここに逃げおおせたわけですけど。あはは」
「もう、笑いごとじゃないよ」
茶化すように笑った俺を、有斐さんは困り顔で叱る。そして「でも」と言って、
「八代くんが無事でよかったわ」
と、薄く微笑んだ。
俺は表情を緩ませる。
この女は厄介だ。なにせ彼女と出会った時、俺は彼女の前で大の大人五、六人をボコってしまっている。俺の腕っぷしを知っている以上、彼女が避難所で余計なことを言う可能性は充分にあった。
だが幸い、彼女はたった今『合格』した。これで趣味に合わない『外れ』だったら殺すしかなかったが、彼女ならば十分に俺を愉しませてくれるだろう。
「ところで有斐さん、実は俺、さっき道野って人に頼まれて警備班の手伝いをすることになったんです。それでもしよければ、俺が警備で出てるときは、万が一に備えてこのリュックだけ盗まれないように見ていてほしいんですよ。勿論、有斐さんがいないときは、俺が有斐さんの分も荷物番するので、お願いできませんか?」
「あ、そういえば八代くんってすごい強かったもんね。うん、勿論いいよ。八代くんが私たちを守ってくれるって言うんだから、是非協力させて」
案の定、俺の提案に有斐さんは快く二つ返事で了承してくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
俺は表情を緩める。つられて有斐さんも微笑んだ。
有斐さんを見る。相変わらず美しい女だ。中身も善人そのものだ。
だからこそ彼女は選ばれたのだ。俺の名誉ある――最初の獲物に。
なおも笑い合う俺たちだが、その理由はお互い全く違った物だった。
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