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新訳 その人の名は狂気  作者: 無道
最終章 その人の名は狂気
41/44

王馬和彦 1

難産でした。

Side 和彦


 グラウンドの中で、和彦は一体の感染者と対峙していた。


「ハッ、ハッ……このぉおおお!!」

「キガハ!?」


 和彦のありったけの力を込めたスイングは、感染者の顎を破壊し、顔面を歪な形に変形させた。だが、それでも感染者は止まらない。


「ぐぉ!?」


 感染者の振るった爪を躱し、慌てて後退。それを追うように感染者が突進してきて、和彦は吹っ飛ばされた。

 悲鳴を上げる暇もない。バリケードに背中からぶつかり、肺から息を絞り出される。見ると、防御した金属バットは、僅かに凹んでいた。


「ヒャァアアアアア!!」


 入れ歯でもなくしたような間抜けな声だが、迫ってくる感染者は脅威そのものだ。

 今の突進で肩でも脱臼したのか、どこか不格好に走ってくる感染者を、和彦はギリギリまで引き寄せる。そして、感染者が手の届くところまで来た瞬間、横に転がって感染者を躱した。


「ヒャァアアアアア!!」


 見ると、感染者の振るった腕は、バリケードの鉄柵を易々と貫通していた。

 それゆえ、なかなか腕が抜けずにもがく感染者の後頭部に、和彦はバットを振り下ろす。頭蓋骨が陥没し、断裂した皮膚から血液が滴り落ちる。今度こそ、その感染者は永遠の眠りについた。


「ハァハァ……っぐう……ハァハァ」


 感染者がもう動かないことを確認した和彦は、バリケードによりかかる。今までにないくらいの量の感染者との連戦で、既に満身創痍だった。

 和彦の眺めるグラウンドの一帯では、まだ感染者と人間の闘いが続けられていた。

 和彦たちが本格的に戦線に加わり、それから数分とかからずにバリケードの一部が突破され、そこから湯水のように感染者が侵入し、グラウンドが戦場と化すまで大した時間はかからなかった。


「このぉ! ……ッ! うびょごぉ!」


 薙刀を持った女子の腹に、感染者が直接手を差し込む。そのままグルグルと手をかき混ぜ、引っこ抜いた感染者の手には、少女の様々な臓物が握られていて、それを喜々とした様子で頬張っていた。


「ダメ……いや、ぐぶふぅうああああああああああああああ!!」

 グラウンドの端で感染者に囲まれたのは槍術部の少女だ。

 一斉に群がってきた感染者に、少女は断末魔の声を上げた。助けにもいこうにも、もう手遅れだ。

 だが、こちらが明らかに劣勢というわけでもない。


「みんな伏せて!」


 屋上から掛け声と共に、いくつもの弓矢が感染者に降り注ぐ。

 それらは殺傷力こそ低いが、確実に感染者だけに命中し、僅かにだが行動を阻害する。

 そこに静香や玲子といった得物を持った集団が一斉に襲い掛かる。


「ハァッ!」

「このぉ!」


 それぞれ裂帛の気合と共に得物を突き出し、感染者の目や口といった柔らかい部分に攻撃を浴びせる。そこに殺傷力の高い刃物を持った女子がトドメを刺す。

 個対個で挑めば勝ち目は薄いが、集団戦になればその限りではない。勿論、先ほどの人たちみたいに集団からはぐれたり、突然集団に飛び込んでくる個体によって被害は出るが、最小限にはとどめることは出来ている。


「――和彦!」


 新たに集団からはぐれた者、つまり和彦を狙ってやってきた感染者一体を横合いから突き飛ばし、俊介がやってくる。和彦が多少無茶して飛び出しても、俊介がフォローにまわって事なきを得ていた。


「お前が助けた女の子がありがとうだってさ。けど、和彦をフォローする俺の身にもなってくれよ」

「それは本当に感謝しかないけど……悪いけどまた付き合ってくれ!」

「――あ、おい!」


 再び集団からはぐれた人を見つけて和彦は走り出す。あの娘はまだ間に合う。

 和彦は、感染者の背後から、思い切りバットを振り下ろした。






「ハァハァ……今ので最後か……?」

「はい……おそらくは……」


 声の疲労の色を滲ませて聞いてくる玲子に俊介が頷く。

 周りには、数えきれないくらいの死体が転がっている。その中には見知った人物もいたし、それがやがて動き出して自分たちを襲うと考えると寒気がした。もし俊介が感染者になったとき、殺すことが出来るだろうか。

 やがて校舎の中から屋上にいた人達もやってくる。その数が思ったより少ないことに、和彦は戸惑いを覚えた。

 そこで気づいた和彦は生き残ったメンバーを見渡して、下唇を噛んだ。

 集まってきた人の中に、灯さんの姿はなかった。


「校内でまだ生きてるのは私たちだけよ。……他は全員、校舎に入ってきた感染者にやられたわ」

「そうか……」


 和彦たちの意図を組んだようにそう説明した弥生の表情は暗い。肩を落とした玲子は、周りに立つ人たちを指さしながら数えた。


「六、七……八人か。五十人近くはいた筈なんだけどな……」


 和彦は闘いが始まる前、八代さん……八代が言っていた台詞を思い出す。確か、四十九。それがここにいる生きた人間の数だったはずだ。今、ここにいるのは和彦に俊介、玲子と静香、弥生、葉月、そして弓道部と槍術部から一人だけだった。

 ……いや、待てよ。ここにはいないが、違うところで闘っていた仲間がいたではないか。


「ッ――姫路、姫路と千羽はどうしたんだ! あの二人は、直接八代さ……ッ! 八代と闘っていたはずだ!」

「そ、そういえばそうだ! 神奈様は! 弥生たちは屋上から見えなかったのか!」


 玲子が問うと、弥生は泣きそうな表情になった。


「……咲と神奈様は、あの男に体育館に連れ去られたわ」

「は? ……嘘だろ!」


 信じられないと玲子が弥生に詰め寄る。

 そこでポツポツと弥生が喋りだした内容に、和彦たちは再び口を閉ざした。


「私だってすべてを見ていたわけではないけど、神奈様たちは本当に良く戦っていたわ。それでも、あの男の強さは、本当に化け物みたいで……。それでも、最後は神奈様たちが勝ちそうだったの! けど、信じられないけど……最後にあの男が、は、早川って呼んで……、そしたらどこかから銃声が響いて、神奈様が」


 語尾は蚊の鳴くような声だった。

 沈黙が痛い。こんなところで突っ立っている時間はないというのに、誰も動こうとしない時間が続いた。

 グラウンドには濃厚な死の匂いが立ち込めている。月光が辺りを照らしているが、地に伏す仲間や感染者の表情までは見えない。そして、それに安堵している自分に気づき、和彦は死体から目を逸らした。

感染者を倒したとはいっても、いずれは今やられた仲間たちが感染者となり和彦たちを襲うのだ。本来ならすぐさまここから脱出せねばならない。だが、体育館に連れ去られた姫路と千羽はどうする。和彦としては助けたいが、もし二人が既に帰らぬ人となっていたら――。

 そこまで考えたとき、遂に沈黙を破る者が出た。

それは虚空に薙刀を振るった静香だった。


「――体育館へ行きましょう。神奈様を連れ戻しに。弥生の話が真実なら、まだあの外道は体育館にいるはずです。何の目的があるかは知りませんが、神奈様と千羽さんを連れ去った以上、二人がまだ生きている可能性は高い。罠である可能性は高いですが、あの二人を見捨てるわけにはいきませんし、何より……あの男が未だに生きていることに我慢なりません」

「よっしゃ、乗ったぜそれ!」


 静香の提案に即答で玲子が乗っかる。それを皮切りに、他の女子も概ね賛成の意を示した。


「神奈様がそう簡単に死ぬわけないよね! 弥生先輩、私たちも協力しましょう!」

「葉月……分かったわ。でも、相当危険よ。皐月も、それでも良いの?」

「はい!」「承知の上です」

「……そ。それなら私が止める理由もないわね」

「……で、お前らはどうすんだ? もうあたし達も無理に来いとは言わないぜ」


 着々と話がまとまりを見せる中、玲子が和彦たちに顔を向けた。

 和彦は俊介を見る。俊介は頷くと、ゆっくりと息を吸い、


「――勿論、俺たちも行くよ。けど、助けたまでで終わりじゃない。退路を確保する係と二手に分けよう」


 と言った。

 意外だったのか、全員が目を丸くして俊介と和彦を見る。


「……言っとくけど、お前らにとって姫路と千羽がすごい大事な存在なんだろうけど、俺たちにとってもあの二人はもう大切な“仲間”だ。仲間を出来ることなら助けたい。当然だろ」


 馬鹿にするなよ、と少し不貞腐れたように言った和彦に、やがて呆れ笑いが返ってきた。


「……はは、男のくせに格好つけやがって。後で逃げたいって言っても遅いからな」

「ふん、男だから格好つけるんだよ――」


 その後、手短に作戦を話し合い、やがて和彦たちは体育館へと赴いた――。


読んでいただきありがとうございます。

本当に締めに入る故、ここからは更新速度落ちると思います。

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