限界を超えた戦い 2
実はまだ決着じゃなかったという。
「神奈ッ!」
「ッ……うがぁああああ!!」
「――!」
拳から骨を折る感触が伝わってたにも関わらず、姫路はまだ倒れなかった。
俺を蹴り飛ばして強引にショベルから引き剝がし、膝を付く。
「はぁ、はぁ……つぅう……!」
「神奈ッ!」
「チッ、しぶてぇな」
姫路を庇うように前に出た神奈に、俺はやれやれと肩を竦める。
「肋骨を破壊した。折れた肋骨が内臓に傷を付けたかもわからん。まともな医療も受けられない今、もうそいつは助からねえよ」
「貴様ッ――」
「さっちゃん!」
駆けだそうとしたところで、千羽が姫路に呼び止められる。
「……あいつは……そうやって、さっちゃんを挑発して……誘ってるんだよ……。一人だけじゃ、あいつは倒せない……。二人で、協力しな、いと」
「しかし神奈! その身体では……!」
「……大丈夫。あいつを倒すくらいならへっちゃらだよ。ここで私たちが倒さないと、みんなが……」
「――はっ。ここまで来てまだ仲間想いの善人を気取るとはな」
「ッ……なんだと?」
こちらに強い殺意を向けてくる千羽を、俺は嘲るように笑う。
「事実だろ? お前ら、いくら和彦が赦したからって、まさか今まで俺たちにしてきたことを忘れたわけじゃないだろうな? 俺らと一緒にいた眼鏡のガキも、道野も、岸本も、矢沢も、全部テメエらは殺したんだろうが。今の俺みたいによぉ」
「違う! 私たちは貴様のように好きで殺したわけではなく、皆を護る為に――」
「そうやって自分を正当化してきただけだろ。殺される側からすれば、そんなのどっちだって変わらないぜ。いい加減自覚しろよ。お前らは只の人殺しだ。殺人鬼だ。――お前らの審判は決まったんだ。大人しく報いを受け入れろよ」
俺は腰からサバイバルナイフを抜くと、ゆっくりと構える。
千羽には迷いが見える。今までもずっと良心の呵責に苛まれていたのだろう。
馬鹿が。後悔するくらいなら最初から殺さなきゃいい。お陰で、今なら楽に殺すことが出来そうだ。
さて、そろそろこの仕合も終わりにするか――。
俺が一歩踏み出そうとしたそのとき、千羽の後ろから前に出てくる影があった。
「神奈……」
未だダメージの色濃い神奈は、ショベルを引きずりながらも千羽の前に立つ。
砂埃に汚れた髪が、風に揺られて紅蓮のカーテンのようにたなびく。
「……あんたの言う通り、カズくんだけが特別で、今までの男の人が私を赦さないことはわかってる。もしかしたらここであんたに殺されるのが、本当は正しいのかもしれない……」
言葉とは裏腹に、姫路から紅く、強烈に瞬く『何か』が全身を迸る光景を、俺の網膜が映し出していた。
幻覚か、とも思ったが、やがて俺はこの光景を以前見たことがあることに気づいた。
それは十数年前、俺がまだ年端もいかないガキだった頃。不運な事に、強盗事件に巻き込まれたことがあった。
銃を振り回して怒鳴り散らす強盗を見て、当時の俺は相当な恐怖を覚えていた。
『――大丈夫だ。俺を誰だと思ってやがる』
そのとき、たった一人で駆け付けた警官――一馬の身体からも、今の姫路のように『何か』が全身を迸っていた。
「そうか……その光は……」
誰かを、護りたいっていう気持ちか――。
次の瞬間、こちらを真っ直ぐ射抜いた彼女の瞳は、ルビーのように紅く、美しい輝きを放っていた。
「それでも――――――私は皆を護る!!」
直後、地面を蹴った姫路が、高速で俺へと飛んできた。
他者を護る力、か――。
「面白れぇ!」
俺は全力で横に飛び、勢いの乗った姫路の一撃を回避。後ろに回って攻撃しようとしたところで、不意に後ろで地を蹴る音。
「はぁ!」「ッ!」
振り向きざまに放った一刀が千羽の刀と火花を散らす。金属独特の激突音が、グラウンドに響いた。
「くっ……」
「腕力じゃ俺には勝てねえ、よ!」
千羽の刀を弾き返したところで、再び横合いに飛ぶ。予想通り、迫ってきていた姫路が、俺を追うようにショベルを振りかざす。
「はぁあ――がっ!」
裂帛の気合と共に、渾身の一撃を放とうとしていた姫路の喉から、引き攣った声が出る。
その姫路の胸には、俺の投擲した石が喰いこんでいた。
そこは、さぞかし“効く”だろうな――。
「――ァアアアアアアアア!!」
「――ッ!?」
しかし、姫路は獣のような咆哮を上げると、そのまま俺を蹴り飛ばした。
咄嗟にガードはしたものの、あの超人的な膂力を持つ足で蹴られたのだ。車にでも撥ねられたような衝撃が襲い掛かり、地面を転がる。
「覚悟ッ!」
「このっ……!」
やっと身体が止まったと思ったら、そこに千羽が追い討ちをかけてくる。
上段からの袈裟斬りを膝立ちの状態で受け止め、徐々に押し返すが、その隙にも、姫路はこちらへとゆっくり近づいてくる。その両手に持つショベルの柄は、彼女が握っている箇所に段々と“罅”が入りはじめ――。
濃厚な死の予感。
「ッ――くそがぁ!」
「くぅうううう!」
急いで千羽を押し返そうとするが、体勢が悪く、すぐには押し返すことが出来ない。
そのうちにもう姫路は目と鼻の先まで来ている。防御は出来ない。しても意味がない。
敗ける? 俺がこいつらに? まだここからってときに――。
「……私もすぐにそっちに行くよ。そのとき、私のことは好きにしていいから――」
「ふ、ざけ、んなよ……ぉおお!」
「ぐぅう……神奈ッ!」
遂に姫路が俺の前に立ちはだかる。頭上には、見上げるほど巨大なショベル。
この瞬間、勝負は決まった。
俺はこいつら二人に負けたのだ。あれだけ自分を強者と思いながら、超人とはいえ、こんな小娘二人に……。
「……認めてやるよ」
――だが、だ。
武人としての八代智也は負けても。
“人類悪としての”八代智也は負けることはない。
「今はお前らの方が……強い!」
大上段に構えられたショベルが振り下ろされる刹那、俺はずっと前から待っていたであろう“ソイツ”の名を呼んだ。
「やれ――――――早川ッ!!」
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次回からはまた和彦視点になります。




