限界を超えた戦い 1
驚愕した様子で呟いた千羽の言葉で、やっと和彦も何が起こったのか理解する。だが、そんなことが可能なのか? 八代さんは今、向かってくる矢を視ることさえしなかった。飛んでくる矢を撃ち落とすというただでさえ曲芸じみた技に加え、更にそれを一瞥もせずやってのけるなど、それはおよそ人間の出来る芸当なのか――。
「……アンタ、一体何者なの?」
硬い声で問いかける姫路でさえも、今見た光景を信じられないというように眉に深い皺を寄せている。
八代さんは、嘲笑するように姫路に言う。
「はっ。“お前と同じだよ。”姫路」
「――ッ!?」
姫路が動揺したのを、八代さんは見逃さなかった。
ノーモーションで走りだした八代さんは、数メートルはあった姫路との距離を、気づけばゼロにまで縮めている。姫路のような脚力に物を言わせた歩法でなく、まるで瞬間移動でもしたかのような――。
そして、そう見えたのは和彦だけではなかったらしい。
「神奈ッ!」
「……ッ!?」
叫びながら千羽が飛び出し、姫路が慌ててショベルを構えたのは、八代さんが鉄パイプを引き絞った後だった。
「フッ――」
「ッ……! ッ~~ぐぅ!?」
嵐のように始まった八代さんの猛攻を、姫路はかろうじて避けながら後退する。
八代さんの棒捌きは最早達人だ。以前、俊介に棒術を見せてもらったことがあったが、俊介には悪いが、それとは比較にもならない。変幻自在、疾風怒濤。むしろ、姫路はよく耐えていると思う。
「神奈ッ!」
姫路の防戦一方だったところに、やがて千羽が加勢する。それでも、勝負は五分五分のように見えた。
「――こ! おい、和彦っ!」
「……ッ!」
俊介に揺さぶられ、和彦はやっと我に返る。そうだ。戦闘を眺めている場合ではない。俺たちも防衛に回らないと――。
「――一体飛び越えたぁ!」
直後に、バリケードを飛び越えて侵入してくる感染者。まずはこちらをどうにかしないと、あっちの戦闘云々では無くなってしまう。
「ッ! 俺たちでやる!」
和彦は気合を入れるようにそう叫ぶと、最前線へと走りだした。
Side 智也
面白れぇ。
こんなヒリヒリした仕合は久しぶりだ。大量のアドレナリンが全身を駆け巡り、高揚が肌をチリつかせるように毛を逆立たせる。
「ッ!」
「フッ――」
千羽の面へのフェイクから胴への一撃を弾き返し、刺突で鳩尾を狙う。
ステップバックして躱した千羽と入れ替わるようにして踏み込んできた姫路が、大上段に構えていたショベルを思い切り振り下ろす。
「はぁああああああああっ!!」
「ッ!」
これは防げないと悟った俺は、素早く地面を蹴る。直後、爆音と共に先ほどまで俺のいた場所にぽっかりとクレーターが作られ、砂埃が盛大に舞った。
「ふん」
刹那の間、視界が潰れるが、俺は視覚に頼らなくても耳がある。
微かな息遣いを感知した俺は、そこに向かって勢いよく鉄パイプを振るった。
「がぁっ!」
「ははっ……あん?」
短いうめき声に歓声を上げかけるが、すぐに胡乱気な声に変わる。
土煙が晴れると、頭から血を流しつつも、こちらの鉄パイプを片手で握る、不敵な笑顔の姫路と目が合った。
「さっちゃん!」
「御意!」
「ッ! くそっ、放せよ……!」
全力で鉄パイプを引き抜こうとするが、全力で引いても片手で掴む姫路の腕はピクリとも動かない。
そのうちに、千羽が遂に俺を刀の間合いへと入れた。
「去ね」
鈍く光る真剣が、俺の喉元を捉える――直前で、俺は鉄パイプから手を離し、スウェーで横面を躱した。逃げ遅れた前髪がはらりと落ちる。
「なっ」
驚いた千羽が返す刀で追撃を入れるより早く、俺は前蹴りで千羽を吹き飛ばす。
直後に、鉄パイプを捨てた姫路から、必殺の一撃が飛んでくる――が、それを俺はショベルの柄を『掴んで止めた』。このタイミングで来ると確信していたからこそ出来た芸当だ。
「嘘ッ!?」
「ほんとだよ」
驚愕した姫路は、すぐにショベルに力を込めるが、それより早く、俺が姫路に足払いを掛ける。
ショベルばかりに気が向いていた姫路はあっさりとバランスを崩し、次の瞬間、その小柄な体に俺の拳が喰いこんだ。
「――殺った」
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