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新訳 その人の名は狂気  作者: 無道
最終章 その人の名は狂気
36/44

ハッピーエンーーーー……

Side 和彦


 目の前の光景は、正に英雄の凱旋のようだった。

 食糧確保の目処も立ち、また、『女性』に一人も怪我人が出なかったことから、留守番をしていた人たちからまた一つ、姫路を神格化する声が上がった。


「――でもね、今回私たちが無事なのは、カズくんのお陰なんだよ」


 しかし、それらの声を否定して、こう言った姫路に、当初は全員が狼狽した。


「ひ、姫路様……一体何を? このような男が、神奈様を助けるなど」

「ううん、これは事実。……この探索が終わったら言おうと思ってたんだけど――」


 姫路が話したのは、和彦と俊介を奴隷ではなく、仲間としようということだった。

 流石に、男に対する固定観念――つまり男がインフルエンス・パニックを起こしたという『設定』までは壊すわけにはいかず、「私たちを救ったことで、彼等は罪を悔い改めたのだ」としたが、勿論それでも予想した通り多くの非難を浴びることとなったが、そこで意外な助太刀が入った。


「……けどさ、あたし達がこいつらに助けられたってのは事実だぜ?」

「ええ。大変不本意ですが、彼等がいなければ、ここに顔を見せていない者だっていたかもしれません」

「お前ら……」


 そう声を上げたのは、男を毛嫌いしていた部活の筆頭である槍術部、薙刀部の玲子と静香だった。


「玲子先輩に静香先輩まで……」

「二人とも……」


 それまで非難の声を上げていた二人の後輩たちだけでなく、和彦や姫路まで息を呑み、結果的にはそれが決め手となった。

 元々部内の結束が強く、それを束ねる部長の二人は特に信頼が厚かったのだ。トップである二人が男を認めたならば……と、それまで姫路にさえ苦言を呈していた一同が押し黙ったのだ。それほどまでに二人の信頼は厚かったということだろう。

 何はともあれ、結果的に渋々ではあるが、『協力者』と認められた俺たちは、その晩、姫路に招かれ、校長室へと足を運んだ。

 扉を開けると、月夜の光だけの薄暗い室内に、千羽と姫路がいた。


「……やぁ、カズくんに岡崎くん。疲れてるだろうに呼びつけて御免ね」

「いや、俺たちも話したいことがあったしいいんだ」


 部屋の中央にあるソファーに座った和彦たちは、対面に座る三人を正面から見据える。

 そして、俊介と同時に深く頭を下げた。


『ありがとう』

「……へ?」


 仰天する姫路に、和彦は顔を上げずに続ける。


「今日、帰ってきてから正直不安だったんだ。いくら姫路が皆から信頼されてるからって、周りがそう簡単に納得するのかって。でも、姫路の言った通り、皆納得してくれた。やっぱり、お前はすごいよ」

「そ、そそそそそんなことないよ! 私こそ、カズくんたちには今日散々助けてもらったし! それに、お礼をするなら玲子ちゃんたちに言ってよ。あの娘たちがああ言ってくれたから、ああもすんなり納得したんだよ」

「それは俺も意外でした。まさか、ああも俺たちに否定的だった二人が擁護してくれるなんて」


 俊介が言うと、姫路は「ノンノン」と指を振る。


「もう仲間なんだしタメ口で良いよ。岡崎くんも、今日はありがとね」

「いいえ――いや、それこそ俺より和彦に言ってあげてくれ。最初にあの化け物から君を助けようとしたのは和彦なんだから」

「お、おい俊介。それはいいだろ」


 突っ込んだはいいものの、千羽と俊介がいなかったら和彦は死んでいたし、それなら二人に言うべき――そうした言葉は、俺の喉まで出てきて止まった。


「――ありがとう、カズくん。それに、ごめんなさい。今日だけじゃなくて、今までのことも含めて」

「……ッ! いや……」


 こちらの瞳を覗きこんできた姫路の顔が、すぐそこまで迫る。

 彼女の瞳を見て、あー、瞳の色は赤くないんだなーとかどうでも良いことが頭に浮かび、なんで今そんなことを考えているのかと苦笑を浮かべる。


「あ! 笑った! ひどーい!」

「王馬和彦……貴様、不敬罪で斬りますよ」

「ちょ、刀抜くのは駄目だろ! 今のは違うんだって!」

「和彦……今までありがとな」

「俊介まで!?」


 驚く和彦を見て、我慢できずに姫路が噴き出した。

 釣られて和彦、俊介、千羽までもが笑い声を上げる。

 部屋の中に朗らかな笑い声が反響する中、こんなに思い切り笑ったのはいつぶりだろうか、と和彦は思った。

 最初は和彦たちを殺そうとしていた姫路たちとさえ、こうして今は笑いあえるようになったのだ。世の中、無理だと思うことだって力を合わせればなんとかなる。

 そのとき、薄暗い視界が、突然懐かしい風景に切り替わった。

 それは、つい一ヶ月前、インフルエンス・パニックが起きる前の世界の一部。そこで、和彦たちは学校の制服を着て、姫路たちと談笑している。机を挟んで座る二人も、淡い桃色の制服に身を包み、楽しそうに笑っている。

 それは確かに幻だったのだろう。和彦はインフルエンス・パニック以前に姫路たちと話したことはないし、そもそも知り合いですらなかった。

 それでも、刹那に見た幻視は、和彦の心に希望の息吹を与えた。外は感染者が跋扈し、今にでも壁を越えてこの部屋に押し寄せてくるかも分からない。それでも希望は生まれるのだ。


「おーい、どうしたの、黙り込んじゃって」

「……いや」


 小首をかしげた姫路に、和彦は小さく頭を振ると、


「俊介、姫路、千羽。これからよろしくな――」


 と微笑んだ。


読んでいただきありがとうございます。

次回、いよいよクライマックスに入ります!

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