ハッピーエンーーーー……
Side 和彦
目の前の光景は、正に英雄の凱旋のようだった。
食糧確保の目処も立ち、また、『女性』に一人も怪我人が出なかったことから、留守番をしていた人たちからまた一つ、姫路を神格化する声が上がった。
「――でもね、今回私たちが無事なのは、カズくんのお陰なんだよ」
しかし、それらの声を否定して、こう言った姫路に、当初は全員が狼狽した。
「ひ、姫路様……一体何を? このような男が、神奈様を助けるなど」
「ううん、これは事実。……この探索が終わったら言おうと思ってたんだけど――」
姫路が話したのは、和彦と俊介を奴隷ではなく、仲間としようということだった。
流石に、男に対する固定観念――つまり男がインフルエンス・パニックを起こしたという『設定』までは壊すわけにはいかず、「私たちを救ったことで、彼等は罪を悔い改めたのだ」としたが、勿論それでも予想した通り多くの非難を浴びることとなったが、そこで意外な助太刀が入った。
「……けどさ、あたし達がこいつらに助けられたってのは事実だぜ?」
「ええ。大変不本意ですが、彼等がいなければ、ここに顔を見せていない者だっていたかもしれません」
「お前ら……」
そう声を上げたのは、男を毛嫌いしていた部活の筆頭である槍術部、薙刀部の玲子と静香だった。
「玲子先輩に静香先輩まで……」
「二人とも……」
それまで非難の声を上げていた二人の後輩たちだけでなく、和彦や姫路まで息を呑み、結果的にはそれが決め手となった。
元々部内の結束が強く、それを束ねる部長の二人は特に信頼が厚かったのだ。トップである二人が男を認めたならば……と、それまで姫路にさえ苦言を呈していた一同が押し黙ったのだ。それほどまでに二人の信頼は厚かったということだろう。
何はともあれ、結果的に渋々ではあるが、『協力者』と認められた俺たちは、その晩、姫路に招かれ、校長室へと足を運んだ。
扉を開けると、月夜の光だけの薄暗い室内に、千羽と姫路がいた。
「……やぁ、カズくんに岡崎くん。疲れてるだろうに呼びつけて御免ね」
「いや、俺たちも話したいことがあったしいいんだ」
部屋の中央にあるソファーに座った和彦たちは、対面に座る三人を正面から見据える。
そして、俊介と同時に深く頭を下げた。
『ありがとう』
「……へ?」
仰天する姫路に、和彦は顔を上げずに続ける。
「今日、帰ってきてから正直不安だったんだ。いくら姫路が皆から信頼されてるからって、周りがそう簡単に納得するのかって。でも、姫路の言った通り、皆納得してくれた。やっぱり、お前はすごいよ」
「そ、そそそそそんなことないよ! 私こそ、カズくんたちには今日散々助けてもらったし! それに、お礼をするなら玲子ちゃんたちに言ってよ。あの娘たちがああ言ってくれたから、ああもすんなり納得したんだよ」
「それは俺も意外でした。まさか、ああも俺たちに否定的だった二人が擁護してくれるなんて」
俊介が言うと、姫路は「ノンノン」と指を振る。
「もう仲間なんだしタメ口で良いよ。岡崎くんも、今日はありがとね」
「いいえ――いや、それこそ俺より和彦に言ってあげてくれ。最初にあの化け物から君を助けようとしたのは和彦なんだから」
「お、おい俊介。それはいいだろ」
突っ込んだはいいものの、千羽と俊介がいなかったら和彦は死んでいたし、それなら二人に言うべき――そうした言葉は、俺の喉まで出てきて止まった。
「――ありがとう、カズくん。それに、ごめんなさい。今日だけじゃなくて、今までのことも含めて」
「……ッ! いや……」
こちらの瞳を覗きこんできた姫路の顔が、すぐそこまで迫る。
彼女の瞳を見て、あー、瞳の色は赤くないんだなーとかどうでも良いことが頭に浮かび、なんで今そんなことを考えているのかと苦笑を浮かべる。
「あ! 笑った! ひどーい!」
「王馬和彦……貴様、不敬罪で斬りますよ」
「ちょ、刀抜くのは駄目だろ! 今のは違うんだって!」
「和彦……今までありがとな」
「俊介まで!?」
驚く和彦を見て、我慢できずに姫路が噴き出した。
釣られて和彦、俊介、千羽までもが笑い声を上げる。
部屋の中に朗らかな笑い声が反響する中、こんなに思い切り笑ったのはいつぶりだろうか、と和彦は思った。
最初は和彦たちを殺そうとしていた姫路たちとさえ、こうして今は笑いあえるようになったのだ。世の中、無理だと思うことだって力を合わせればなんとかなる。
そのとき、薄暗い視界が、突然懐かしい風景に切り替わった。
それは、つい一ヶ月前、インフルエンス・パニックが起きる前の世界の一部。そこで、和彦たちは学校の制服を着て、姫路たちと談笑している。机を挟んで座る二人も、淡い桃色の制服に身を包み、楽しそうに笑っている。
それは確かに幻だったのだろう。和彦はインフルエンス・パニック以前に姫路たちと話したことはないし、そもそも知り合いですらなかった。
それでも、刹那に見た幻視は、和彦の心に希望の息吹を与えた。外は感染者が跋扈し、今にでも壁を越えてこの部屋に押し寄せてくるかも分からない。それでも希望は生まれるのだ。
「おーい、どうしたの、黙り込んじゃって」
「……いや」
小首をかしげた姫路に、和彦は小さく頭を振ると、
「俊介、姫路、千羽。これからよろしくな――」
と微笑んだ。
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次回、いよいよクライマックスに入ります!




