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新訳 その人の名は狂気  作者: 無道
最終章 その人の名は狂気
32/44

死闘

最終章開始です!

「八代さん――ッ」

「あは?」


 八代さんがやられた。

 これまで何度も良くしてくれた恩人の死に、和彦は途端に目の前が真っ暗になったように感じた。

 目の前の男の一撃は、正に人間離れした一撃だった。

 チェーンソーを振るった一撃は、成人している八代さんを道を挟む塀を飛び越えて家屋へと軽々と吹っ飛ばした。まるで、ゴルフボールのように八代さんは軽々と、だ。

 立ちふさがった巨体――モヒカン男は首をかしげる。

 この男を以前見たのは、華和小学校から脱出した直後、休憩していた家に乱入してきたときだ。

 相変わらずでっぷりした腹に口には輪のピアス。俺の知る中で最もイカれているのが目の前の男だったが、その容姿も以前とは違っている。

 何故なら――今の奴には“左目が無かった”。


「なに、コイツ……。目のとこが、食い破られてるの?」


 弓を手に震える葉月。そこで以前、八代さんが話した最後のモヒカン男の様子を思い出した。


「……以前、こいつに会った事があるけど、そのとき最後にこいつは大勢の感染者と闘っていたらしいんだ。多分、そのときにこいつも感染者になったんだ……」

「でも、武器を使う感染者なんて聞いたことがない! こいつは一体――」

「ひゃはっ」


 直後、モヒカン男と呼応するようにチェーンソーは一段と高く唸る。すると、後ろでいくつかの足音が聞こえてきた。


「後方から感染者! 数は四……五……まだ増えます!」

「……ッ! あいつのアレのせいで近くの感染者がおびき寄せられている……?」


 悲鳴に近い弥生の報告に、いつもクールな千羽の額にも汗が滲む。

 うろたえ始める周りに姫路が怒声を上げる。


「葉月、弥生は感染者の牽制を! 玲子、静香、あーちゃんは二人の護衛! 男に人たちは――ッ!?」


 振り返った姫路は言葉を詰まらせた。殿を任されていた指原と西川が、先ほど八代さんが吹っ飛んだ先の塀をよじ登っていたからだ。


「――貴様らっ!」

「へっ! こんなところで死んでたまるかよ!」

「い、いいから早く登ってください!」


 激昂する千羽を嘲笑い、塀を乗り越えた指原は一度こちらを見て笑う。


「せいぜい頑張って時間稼いでから死んでくれよ! じゃあな!」

「ッ! おい――」


 和彦の呼びかけに指原が答えることはなかった。


「ッ……ひゃっ……!」


 だが、逃亡に成功した指原とは対照的に、逃亡に失敗する者もいた。

 焦って塀をよじ登っていた西川だったが、あと一歩というところで、八代さんが吹き飛ばされた時の僅かな血に足を滑らせ、道の真ん中に落ちてしまったのだ。

 天に見放された彼に不幸は続く。落ちた先は、すぐそこまで迫ってきていた感染者のちょうど目の前だったのだ。


『キシャァアアアア!!』

「い、いやだぁああああああああああがあががががぐぎぃいいひぇえええああああああああああああびゃぁああ!!」

「ひゃははぁっ!!」

「くっ――さっちゃん!」

「御意!」


 西川の断末魔を歓迎するように嗤ったモヒカン男が駆け出すのと同時に、姫路も同じく大地を蹴る。驚異的な脚力で一瞬にしてモヒカン男と間合いを詰めると、姫路はそのまま大きくショベルを振りかぶる。


「はぁああああ!」

「ひゃははぁ!」


 次の瞬間、ショベルとチェーンソーが錯綜し火花を散らす。チェーンソーの刃が次々と破損し周囲を舞うが、モヒカン男は意に介さずチェーンソーをがむしゃらに振るう。


「ひゃはっ! ひゃはっ! ひゃははぁ!」

「ぐぅうう!」

「あの姫路が押されてる……!?」


 チェーンソーとぶつかるたびに、弾かれそうになるショベルを握りしめ、姫路はチェーンソーによる斬撃を耐える。

 これまで驚異的な膂力を見せてきた姫路が力負けしているなんて――。

 冷や汗が和彦の頬を伝ったが、そこに横合いから千羽が現れる。千羽は、抜き身になった刀を構えると、モヒカン男の死角から、頭に突きを放った。


「去ね――」

「――!」


 千羽の素早い突きを、モヒカン男は直前で首をひねり躱そうとする。どうにか直撃は逃れるが、逃げ遅れた右耳が宙を舞った。


「――躱した?」

「ひゃはっ!」


 振り向きざまに振るわれたチェーンソーを間一髪で躱し、千羽は後退する。

二人に挟まれる形になったモヒカン男だが、奴は二人を気にも留めず、地面に落ちた自分の耳を拾い――口の中へ放り込んだ。


「ひゃはっ」

「ッ! 気狂いめ……!」

「挟み込むよ!」


 姫路と千羽が同時に走り出す。一気に勝負を付けるつもりだ。

 モヒカン男はくちゃくちゃと口を動かしながら腕を振りかぶる。奴のデタラメ具合を身を以て知っている俺は奴のしようとしていることに気づき血の気が引いた。


「千羽伏せろぉ!!」

「ッ!?」


 和彦の叫びに反応して、千羽が身を屈めた瞬間、彼女の頭上をチェーンソーが掠った。

 モヒカン男が千羽に向かってチェーンソーを放り投げたのだ。

 普通なら持ち上げるのすら両手でやっとのチェーンソーを、ましてや片手で放り投げるなんて……。

 改めて目の前で対峙する男の異常さに目を見張った和彦だったが――そのとき急に心臓をぎゅっと鷲掴みにされたような悪寒が襲った。


「――さっちゃんを殺す気だったの?」

「ッ!」


 自分に向けられた殺気でもないのに、和彦はゾクリと背中に悪寒が走った。背筋が震えるほどのプレッシャー。

 その発生源である姫路はショベルを握り、激怒していた。彼我の位置はちょうどショベルの届く、姫路必殺の間合い。


「武器を自分から放るなんて、馬鹿なの? ――死んじゃえよ」


 冷徹に姫路は、一切の迷いなくショベルをふり抜く。

 傍から見ていても、目で追えない速さの一撃。それは狙い誤らず、モヒカン男の頭と胴体を分断する、と、傍から見ている者は信じて疑わなかった。

 ――奴を怪物(モンスター)だと知る和彦と俊介を除いて。


「――え」


 姫路のショベルによる全力の一撃は、モヒカン男の首の三分の一くらいまで喰いこんだところで止まった。――肩と頭で、ショベルを挟み込み勢いを殺したことによって。


「な、にそれ……?」

「あはっ」

「ひっ――」


 モヒカン男の狂った笑顔を見て、姫路の顔が今度こそ恐怖に彩られる。それは奴の前でそれは致命的だ。

 そしてそのときにはもう、和彦はモヒカン男に向かって走り出していた。


「――和彦ッ!」


 俊介の制止の声を振り払い、和彦は片方のポケットから石を、もう片方からは携帯ナイフを取り出した。


「ひゃはっ」

「ッげぇ!」


 モヒカン男の重いパンチが姫路の腹に喰いこむ。壁際まで吹き飛ぶ姫路にモヒカン男が追撃しようとしたところで、和彦は手元の石を奴に投げた。


「ぎひぃ!?」


 石はモヒカン男の無くなった左目の部分に当たる。ダメージは微々たるものだが、それでモヒカン男は和彦に視線を向けた。獲物を姫路から和彦へと替える。


「ひゃはっ!」

「ッ~~~ぷはっ!」


 達人を思わせる洗練された足運びで、モヒカン男は瞬時に和彦の目の前へと移動し、巨木のような太い腕でパンチを放つ。

 それを間一髪、左目の死角の方に転がり躱した和彦は、地面を転がることの痛みを無視して、四つん這いの態勢のまま左手の携帯ナイフを奴の右足のアキレス腱めがけて差し込んだ!

 ずぶり、と不快な感触が手に伝わり、ナイフの刀身が男の足に埋まる。


「ひゃは――あ?」


 モヒカン男はすぐさま身体を反転させて攻撃しようとするが、そこで自分の右足の踏ん張りが利かないことに気づかず、バランスを崩す。

 感染者は痛覚が無い。今までの逃亡生活で和彦の頭に浮かんでいた仮説だったが、どうやらそれは正しかったようだ。自分の足が突如動かなくなったことに気づいたモヒカン男は、不思議そうに自分の右足を注視する。


「今だ!」

「ッ!」「はぁ!」


 千載一遇のチャンスと、俊介と千羽が走り込む。千羽の刀による振り下ろしは、モヒカン男の出した右腕を両断し、俊介の首筋を狙ったバットの横薙ぎは、奴の抜群の反応速度による掌底で、下から弾かれた。


「あはははははは!」


 モヒカン男は止まらない。右手を両断され、右足の腱をやられた状態で、左足を軸にして跳躍。右足の膝蹴りで千羽の顎を破壊しにかかる。

 まだ動けるとは考えていなかったのだろう。咄嗟のことに反応が遅れた千羽は、体を反らすも顎に掠り、バランスを崩して倒れる。

 モヒカン男は左足で着地すると、再び跳躍。そのまま落ちる勢いを乗せて左肘を立てて千羽に落下する。奴の体重でアレを喰らえば確実に――。


「さっちゃんっ!!」

「ッ!」


 千羽は先の一撃で軽い脳震盪を起こしたのか動けない。姫路の身を切るような悲鳴が耳に届く。

 もう八代さんはいないんだ。今度は俺がみんなを――。


「ッおおおああああああ!!」

「あはっ!?」


 千羽がやられるギリギリで、和彦の体当たりがモヒカン男の落下の軌道を逸らす。そのまま、手近にあった千羽の刀を拾うと、無我夢中でモヒカン男の首に押し込んだ。


「ぐううううううううう!!」

「あひゃ……ばっ……が……」


 左手一つで刀を押し上げようとするが、それを和彦は許さない。

 そして抵抗する力が徐々に弱まり、遂に左手がぱたんと地面に倒れた。それでも和彦は刀を押しいれる。やがて、刀が地面を擦る音が聞こえ、モヒカン男の頭が胴体を離れて地面に転がった。


「ハァー、ハァー、ハァー!」

「和彦……もういい。もう、終わったんだ」

 

 後ろから不意に抱きしめられ、俺はようやく刀から手を放す。


「ありがとうカズくん……! カズくんのお陰で、大事な友達を喪わずに済んださ……っ」

「……そっか……良かった」


 姫路の言葉が胸を突く。暗雲としていた俺の心に、一筋の光が差しこんだ気がした。


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