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紅の誓い  作者: 弌祈
第二章
9/17

◆◇◆二話◆◇◆



 今や広く人間の間に広まっている魔法という技術は実は300年前に方法が確立したまだ若い文化であった。

 熱い注目を浴びている魔法学だがいまだ才能によるところが多い。しかし魔法の元となった召喚術よりはずっと扱いが楽だろう。


 何故魔法が産み出されたか……、それは300年前に、魔王と呼ばれる存在が魔物と魔族を率いて人間と対立していたからだ。その争いは現代では人魔大戦と呼ばれている。


 ◆◆◆


 この世界には精霊種、人類、魔物が存在する。その中で圧倒的に能力が劣るのは人類である。しかし今の人の世から分かるように、魔物に脅かされながらも人類は確実に増え、歴史を積み上げ、生き残るために知恵を絞り魔物に対抗する術を覚えた。

 その頃には身体魔法があったが(魔法とするかそれとも高次元の存在に神秘の力のみを乞う召喚術なのかは人の間で議論されているらしい)元素の力を借りる召喚術を人が見つけたのは私が生まれるより前の時代だ。実際に見聞きしたわけではないので股聞きになるが、それまでは生活で火を起こす、飲み水を湧かす程度に使っていた召喚術を、ある日魔物相手に使った際にうまく撃退できたためあっと広まったらしい。

 私が生まれてから見た召喚術は攻撃性が強いものだったため、最初は生活を豊かにするために使っていたとはにわかに信じがたいが……、まぁ、この話は置いておこう。

 今のところ人が、元素は(万物の根元を成す不可欠な究極的要素とかいっていたか)火と水、そして地と気と定めてはいるが、治金技術が盛んな時期では物質元素などの説もあったらしく定まってはいないらしい。

 これからも様々な説が乱立され、説明が不足している部分を解明していき、熟成され人々にこれだという満足のいく説が広まるには数百年かかるのではないだろうか……。

 何故召喚術に直結する元素の解明がいまだなされていないのかというと、精霊種は人間の絶対の庇護者ではないからだ。精霊種と一言にいっても私のように肉の体を持つエルフや、精神体など数多あるが、総じてその根元は自然と共にあることだ。

 命の廻りを見守り、己もその輪の中を廻る。

 人間から歩み寄ることはあるだろうが、私たちの目的に人間との共生はない。

 人間は勘違いしているようだが、私たちが人間に力を貸すのは助けるためではない。ただの気紛れだ。

 それなのに精霊種の力は人間が支配できると考える者もいるらしい。が、人間に興味を持つような自我の芽生えた精霊種は数が少ない。試そうにも気に入られなければ意味がないし、人間の寿命は短い。故に召喚術や元素の解明は進んでいないのだ。

 しかしそんな長い歴史の中で、偶然魔法は産み出された。己の身の内に”魔力”を感じとり、その力で元素に介入し事象を起こすのだという。気紛れな精霊種に頼らずともそこに至る回路さえ覚えていれば発動する魔法が瞬く間に発展するのは自明の理であった。



 ◆◆◆


 何故人魔大戦が起きたか、魔族とは何か、およそ知能というものがない(中にはあるものもあるが共生能力がない)魔物をどうして魔王は従えられたのか。


 まず魔族とは、平たくいうともとは精霊種である。中でも肉体を持つ精霊種を中心に魔族に分類されていた。エルフである私も肉の体を持つが、そこは人間の都合で何故か精霊種に当てはめられている。その都合というものは、人間から見て好意的かどうかだ。エルフは無害と判断され、敵とすると面倒だから味方ということにされたのだろう。どうでもいいが。

 しかし人間が魔族だといって憎むのは肉の体を持つ精霊種だ。元は精神体で現世に干渉するために何らかの生物に擬態できる、人間に興味を持つような自我を持つ精霊種でも、個性として人間が嫌いな奴もいる。しかしそいつらが何かしても”天災”であり、肉の体を持つ精霊種が何かすれば”敵対”なのだ。ここのところの人間の考え方が私には分からない。分からなくても困らないが。まぁ、元が精神体の精霊種のほうが使える力は大きいが、あまり力を使いすぎると命の巡りが滞るため、滅多に争いに顔を出さないこと、どう倒せばいいかわからないことが大きな理由だろう。


 魔族の説明はここまでとして、魔王と魔物の説明をしたいところだが何故魔王が産まれたか、それは分からない。いつの間にか魔王は存在し、そして人間に滅ぼされた。時間感覚が人間のそれとは違うエルフである私が、ことが終わったあとに認識したのだからそれほど長い間存在していたのではないだろう。それほど激しい争いでもなかったはずだ。

 

 それと魔王は魔物を従えていたというが、にわかに信じがたい。命令をしようにも知能がないから理解できないだろうに……。諸説はあるが、その中に魔王は魔物を従えていたわけではなく、たまたま魔物の大繁殖期と魔王の出現がかぶって、まるで従えていたように見えた、など、元々魔王はいないという説も残されている。人間の創造力とは豊かであるな……。

 私は自分の中で好きに講釈していた書物を静かに閉じ、本棚に戻した。


 人間とは何かにつけて区別をしたがるなと思いながらその場を離れる。背が高く横幅も広い本棚はぎっちりと書物を詰め込まれており窮屈そうだ。それが何列も続いていて通路となっていた。通路の終わりに出ると机などが置かれているスペースが広がり、片側の奥にはカウンターと出入り口がある。


「あら、ザルエス様……。本日もいらしてたのですね」


 誰もいないと思ったが、声が聞こえた場所に合わせて視線を下げるとすぐそこに図書館の管理人である初老の女性がいた。私は顎を引いて首肯する。


「む」

「何か面白い本はありましたか?」

「それはあなたのほうが知っていると思うが」

「ふふ。それもそうですね」

「しかし、人間とは不思議なものだ。自分の知識を書物として後世に残す者が、これほどいるとは」

 管理人は目尻の皺を深め微笑む。

「お役に立ちませんでした?」

 そういうことか、と私は納得する。

「いや、役に立った」

「それはようございました」


「またいつでもお越しください」と管理人はにこにこしながら去っていく。

 私も図書室と呼ばれているこの部屋から通路に出る。ガラスが嵌め込まれ外の様子が分かるが、そこからは増設に増設を重ね、校舎から校舎へ繋がる通路が交錯した”空中回廊”が見える。私の感覚からすると、人間の技術の進化は早すぎて良く分からないものになっていた。この空中回廊も、無垢な子供が見れば凄いとはしゃぐだろうが、私からすると空中につくる必要はあったのかと思ってしまう。


 私が今いるのは文化塔と呼ばれ、図書室をはじめ様々な資料室、保管室がある塔だ。

 そう、ここはヴェルデに紹介された学園である。

 ここ以外にも通う生徒に応じて対応した様々な塔が立っている。乱立といった方が近いかもしれない。

 雑多でありながら規則的であるこの場所に違和感を感じるのは私が精霊種であるからだろうか。


 遠くから私を伺う視線を感じる。余程エルフが珍しいのだろう……。前時代の人類が肉を持つ精霊種は魔族だけどエルフは違う、と決めはしたが……人魔大戦が終わった今では曖昧な知識なのだろう。探るような好奇心に満ちた目だ。悪感情を感じないのはエルフの見た目が人間からするととても美しいからだろう。人は時に、美醜に凄まじい拘りを持つからな。


 関わる気のない私は視線を背に歩き出す。目的はないが、この国の王族にこの場所に招かれたのだ。何かあればヴェルデの名前を使えばいい。ヴェルデとはあれ以来会ってはいないが、元気だろうか。


 階段を降り、塔の出入り口から外へ。中庭に出ると西日になりつつある目映い光のなか、多くの学徒たちで賑わっていた。それを避けるように一つ外れた、植木のなかにある道を進む。

 しばらく進んで気がついたが、この道は中庭の先にある学園の門に通じているのではなく裏庭への道だと気がついた。引き換えそうか悩んでいる内に、不意に同族の気配を感じてそのまま進むことに決めた。

 やがて視界が開き、まわりが植木で囲まれこじんまりとしたその空間に視線を巡らせると____、


「……なんと」

 口から零れたのは、ため息ににた感嘆の声。

「黒髪とは、……珍しい」


 混じりけのない黒髪は濡れたような光沢を放つ……、一言で言い表すならば、ぬばたまのよう。

 黒髪は珍しい。しかし、これほどまでに、力に満ちた人間がいようとは。


 まだあどけなさの残るその人間は裏庭のベンチに座って本を読んでいたが、私の声に反応してゆっくりとこちらを向く。その赤い瞳に私の姿が映った時、ざわざわと胸が騒いだ。


 はじめて、出会った。

 いるとは聞いていたが……、まさか、こんな場所で、出会えるとは……。


「……誰だ」


 誰何の声は警戒に満ちていた。私へ向ける目付きも鋭い。

 少年に宿っている火の精霊がそっと教えてくれた。こいつは同族に貶され続けてやさぐれているんだ、と。やさぐれている、という言葉の意味が分からなかったが、初対面の相手を警戒しているのだろうくらいに受け止めた。

 私はいつの間にか詰めていた息を吐き出し、穏やかに話しかける。こんな気持ちで人間に話しかけるのははじめてだ……。


「私はザルエス。はじめまして、我等の愛し子よ」


 これが私とルフェの出会いだった。




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