■□■□七話□■□■
◆◆◆◆ 9 ◆◆◆◆
真っ暗な部屋の中、私はただ宙を見つめていた。
あれから、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
勇者が……、いや、勇者と魔王が死んでから、今度は人間と人間、もしくは亜人が争うようになった。部屋の窓をあけているとどこからか聞こえてくる、(惜しい人をなくした)勇者の死を嘆く声。そのあとに続く声は何時も同じ。(もう少し役に立ってほしかった)(戦争の道具が)という言葉。
ザルエスが訪ねてきた数日後、姫巫女が訪ねてきた。
まるで人形のような、豪奢な赤毛の女の子だった。彼女は私に自分の侍女にならないかと言ったが、丁重にお断りした。最後に「あの方にお会いしましたら、姫巫女がお会いしたがっていたとお伝えください」と言われた。
次に、聖騎士か訪れた。鬣のような金髪の男だった。姫巫女のことを異様に気にしていた。お慕いしているのだろう。
「いけすかないが、たいした男であった」そういって武人らしい笑みを浮かべた。彼からはルフェが如何に強いかを聞かされ、そして姫巫女がいかに素晴らしく、そして可憐かを何度も聞かされた。
再び、ザルエスが訪ねてきた。里へ来ないか、と。エルフが人を里へ招くことは滅多にない。招かれた人間は、友として迎えられ、何かあったときにはエルフが助けてくれるという。……ルフェも、里へ行けばエルフが匿ってくれたのに。私をどうしても、切り捨てられなかったらしい。私は、気にしなかったのに。
その話もお断りして、私はいまだ、この部屋にいる。
その日も、来客があった。
その来客は真夜中に現れた。窓からこの部屋に侵入し、少し離れた場所から私を見つめている。
目深にフードをかぶっていて、顔はわからない。
「私ね」
独り言のように呟いた。
「あの子に出会う前は、本当に嫌な子だったのよ。孤児院の子供たちが親恋しさに泣いているのを、そんなことで泣くなんて、と心の中で思っていたの。私は、物心ついた頃には誰もいなかった……。いなくても普通なんだと思ってたから。今考えると、欠落していたのかしらね、そういう感情が……」
「案の定、敏感な子が一人、私のそんな部分に感付いてね。偽善者だって言われたわ。飛び出していったあの子は、敵をうとうとして。結局しんじゃった」
「でも、あの子に出会って、はじめて執着したのよ。きれいだと。欲しいとさえ思ったわ。この子は私のなんだって。掴んだ手が冷たくて、震えてて、怯えていたのに気がついたとき、とても、とても可哀想に思ったの」
「私が知らないことを、この子は知りすぎてるほどに知ってるんだって、何となく思ったわ。それから、優しくしてあげたいって。心を開いてくれる度に、嬉しかった。……私の欠落した部分を埋めてくれるようで」
「いつの間にか、私は愛していたみたいだわ」
客人は黙って聞いていた。
私は可笑しくて、少し笑ってしまう。
「あなたは本当、私には寡黙なのね。勘違いしてしまうわ」
立ち上がり、手を伸ばす。包帯に包まれた手が私に伸びて、指先が絡まる。
「おかえり」
「ただいま……」
掠れた、どことなく嗄れた声が響いた。
「来るのが、遅いよ」
「すまない。まっていてくれて、ありがとう」
どちらともなく歩み寄って、私達は軽く抱き締めあった。
あぁこれが夢でも構わない。死神が最後に見せるまやかしでも、悪魔が私を惑わす幻でも。
「イルシェ。俺と、来てくれないか」
どこか緊張したように、男がいう。
「もう、元の生活に戻れないが。幸せに、してあげられないかもしれないけれど、でも」
私を抱く腕に力がこもる。
「愛してるんだ。この気持ちは一生変わらない。ずっと傍にいて欲しい」
もう、離れたくない。言葉はたどたどしいけれど、けれど……精一杯の想いが私を抱く腕から感じられた。
勿論だよ。私は、あなたが連れていってくれるなら、あなたが守ってくれるから、どこへでもついていったのに。あなたは、私に気を使ってばかりで。私と同じ世界にいようとしてくれたのね。でも、もういいの。
「私も、もう、待っていたくない」
私はルフェにしがみついた。
「連れていって、ルフェ」
そのあと私が連れられたのは、地上と月の間の世界だった。そこにはルフェに負けないくらいボロボロの魔人と、沢山の魔人と、沢山の人間がいて、二つの種族はなかよく共存している不思議な場所だった。
「君が来てくれて助かったよ。そこの馬鹿がこんなに大人しくなるなんて。もう鬱陶しくて鬱陶しくて」
「うるさい。黙れ」
「ルフェったらもう、駄目よ、そんなに冷たくしては。ほら、横になって。こんなにボロボロなんだから……。でも、無理して迎えに来てくれて嬉しかったよ」
「…………」
「うわぁ……」
「殺すぞ魔王」
「も~!そうよぶのやめてよね」