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紅の誓い  作者: 弌祈
第一章
6/17

■□■□六話□■□■


 捕らえられて二週間、私は城の奥まった場所に連れていかれた。何をしにいくのか何も聞かされていない。

 美しい庭なのに、何の感動もわかない。今、ルフェは何をしているのだろう。


 先導していた騎士が立ち止まり、私も止まった。空気がにわかに緊張している。どうしたのだろうと視線を巡らせたとき、表情がようやく解るといった離れた距離にルフェがいた。ルフェから放たれる猛々しい雰囲気が、私と視線があうとほっと和む。


「ルフェ……!」


 涙で視界がぼやける。嫌だ、ちゃんとあの人の姿を見せて。

 最後に会った時よりぐんと伸びた背、すっかり大人びている。鋭い眦は驚くほど野性味に溢れていて、この二年彼が過ごした世界を垣間見せる。


 ルフェの隣には、ヴェルデがいた。ヴェルデがルフェに何かを言う。ルフェは頷くと、私に背を向けた。


 あまりに短い邂逅。

 気がついたら私は叫んでいた。


「ルフェ!」


 一瞬立ち止まったが、振り返ることはなくまた進む。

 私はがむしゃらに叫んだ。


「私は、誰を敵にしても貴方を裏切ったりしない!」

「待ってる! ずっと! 今までみたいに!」

「私も、ルフェの帰る場所でいたいから!」

「だから絶対」

「生きて……!」


 ルフェの後ろ姿が見えなくなり、私は立っていられなくなりそこに蹲った。嗚咽が止まらない。

 ごめんなさい、ルフェ。ごめんなさい。

 利用されるだけと分かっていても、それでも、この気持ちを伝えずにはいられない。


「行かないで……」


 一番言いたかったことを、けれど絶対に口にしないとあの日誓った言葉を、誰にも聞こえないように囁いた。


 三日後、部屋の窓からあの人が旅立っていくのを見送った。あの人の傍には三人の男女がいた。後でその三人がエルフの男と、国の姫巫女、聖騎士であるとヴェルデから教えられた。

 こうしてルフェは、勇者として魔王討伐に旅だったのだ。



◆◆◆◆ 8 ◆◆◆◆



「イルシェ」

 また、あの男が来た。

「ご機嫌はいかがかな」

 ヴェルデはわりとまめに私を尋ねてくる。三日も明けたことはないんじゃないだろうか。


 彼は私の傍に来る。彼は両手に抱える程度の、そんなに重たくはなさそうな荷物を机の上に置いて、定位置である椅子に腰かけた。


「ザルエスとの話は、君の心に潤いを与えてくれたかな」

「えぇ。とても、楽しかったわ」

「それはよかった」といってヴェルデは微笑む。


「死んだのは、勇者だけ……」

 小さく呟いて、ヴェルデをみやる。

「貴方にしたら、姫巫女が帰ってくるのは誤算だったかしら。新しい巫女はすでに用意していたのに」

「どうにでもなる。あるものを有効に使うだけだ」

「あなたらしいわ……」


 相変わらずだと思って小さく息を吐いた。


「机の上の荷物はあいつのものだ」


 思わずヴェルデを見ると、爽やかに言う。


「遺品整理だよ。死んだ奴のものを、そのままにしておくわけにはいかない」

「本当、性格が悪いわね。そんな言い方して」

「私にそんな口を利くのはお前だけだよ」


 何がおかしいのかヴェルデが小さく笑う。

 私は立ち上がり机に近寄ると、荷物をそっと開けた。

 中には私が出した手紙と、添えた小さなプレゼント達。あの日プレゼントしたマフラー。そして。


「ルフェの字……」


 結局送られることはなかった、私宛の手紙が今、届いた。


「それだけ書いて、一通も送れないとは。あの男は君のこととなると奥手になるのだな」


 ヴェルデはどこか呆れたように言う。この男は、私の前だと随分と素を出すようだ。会ったときは優しい人だと思ったが、こちらのほうが人間味がある。


 私はルフェの字をじっと見つめ、ポツリと呟いた。


「一通だけ、ルフェから手紙が届いたの」

「ふぅん?」

「一旦帰るって、それだけ。でも、ルフェの名前で出されたけど、この字じゃなかった。あの手紙の字はもっと、流麗な字だったわ」

「……」


 私はルフェからの手紙を読むことにした。



 親愛なるイルシェへ


 今日、魔法学校へ来た。これからここで過ごすんだと思うと気が重い。イルシェに会いたい。またあの頃みたいに、二人で本を読んで。俺はあの時間、イルシェの横顔を見るのが幸せだったんだ。こんな手紙を見たら、イルシェはガッカリするかな? イルシェのために、頑張るよ。だから、待っていて。



 親愛なるイルシェへ


 手紙を書いたんだけど、出さなくてごめん。なんだか照れ臭くて。手袋、凄く嬉しかった。ありがとう。

 学校生活は、やっぱり少し、辛い。

 でもイルシェがいるから頑張れる。イルシェが凄いって言ってくれるから頑張れるんだ。

 イルシェは、俺の目の色、綺麗だって言ってくれたよね。俺はイルシェの色の方が綺麗だと思うけど。もし同じ色だったら、もっと一緒にいられたのかな……。変なことかいてごめん。なんか、弱音ばっかりだ。ごめん。



 親愛なるイルシェへ


 学校生活も、少し慣れてきたよ。なんでかは言いにくいけど。でも大丈夫。元気にしてるよ。

 最近、変な奴と知り合った。ザルエスっていうエルフの男。たまに振り替えると、後ろにいたり、遠くから見てきたり、なんなんだろうな。気持ち悪いね。



……………………………………………………。



 親愛なるイルシェへ

  

 夏も帰らなかったけど。冬も帰らないことにした。勉強したいことがたくさんあるんだ。もの凄くイルシェにあいたい。けど、はやく凄い魔法つかいになりたいから、我慢して頑張る。でも、自分で決めたけど、やっぱり会いたいよ、イルシェ。



 親愛なるイルシェへ


 元気にしているかな? いつも手紙の返事は書いているんだけど、結局出せなくて、今までごめん。イルシェからの手紙はいつもも読んでる。これがあるから頑張れるんだよ。いつもありがとう。



 親愛なるイルシェへ


 俺に近寄る奴は最近めっきり減ったけど、一人、変わった奴がいるんだ。こんな風に書いてるってばれたら不敬罪になるかもしれないくらい、偉い奴なんだけど。……イルシェみたいに、俺が綺麗だっていうんだ。

 びっくりして、その時は逃げてしまったけど。今度会えたら、少し話をしてみたいな……。



親愛なるイルシェへ

親愛なるイルシェへ

親愛なるイルシェへ


………………………………。

……………………………………………………………………。


  *


「イルシェ。脱け殻になっているのか」


 いつのまにかヴェルデが私を見下ろしていた。

 視線があうと彼は小さく息を吐き出して、ベットの縁に腰かける。


「イルシェ。君が望むなら、ルフェの記憶を消してやろう」

 彼は穏やかな手付きで私の髪を撫でた。

「難しいが、出来ないことではない」


「あいつを忘れて、新しい人生を歩んだらどうだ」

「そんなの、できないわ」

 私は手紙を大事に抱える。

「全部、手放すつもりはないの」

「そうか」

 静かに呟いて、私の髪を撫でていた手が離れる。


「君がここにいる理由は、もうない」

「えぇ」

「出ていくのも、残るのも好きにしたらいい。五年、君をここに縛り付けたからな。出ていくのなら、あるものは何でも持っていって構わない。細かい金銭も用意しよう」


 ヴェルデは立ち上がり、また来る、といって去っていった。


「ここを出て、」

 何処に行こうか。ずっと、ここにいるつもりはない。

 何も、考えていなかったな。

 ルフェが、連れていってくれると思ってた。

 …………いつのまにか、私は独りでは生きられなくなったんだな。孤独でも構わなかったのに。ルフェが来てから、ルフェを独りにさせたくないと思ったあの頃から、私もまた、独りではなくなったのか。


「ルフェ……」


 黄昏の空が、目に染みるほど目映い。

とても美しい景色なのに、私が焦がれるのは……。









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